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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第4章 桐島エリスの消失

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桐島エリスの消失⑧:氷の姫君、公開する

「……儂も、読みたいのだよ」

「え?」

「エリスが書いた小説を読みたいのだ! あれを読んでいると、胸がキュンキュンするのだ!」


 権蔵は、自棄になったかのように叫んだ。

 胸がキュンキュンする――だと。

 昭和の極道映画に出てきそうな人が、少女漫画のようなことを言いだした。


「あのトキメキを何度でも味わいたいのだ! 貴様にも分かるだろう! 体中がレモン果汁で満たされるような感覚が!」


 分からんでもない。

 だが、この風体の人間に言われると、ドン引きするしかない。

 レモン果汁で満たされている姿が全く想像できない。


「儂はただ、エリスが書いたえっちで甘酸っぱい小説を読みたかったのだ!」


 桐島権蔵は、慟哭した。

 それを目のあたりにしたぼくは、何も言えなかった。

 こういう時、何を言えばいいのだろうか。

 素直に「何言ってんだお前」と言っていいものだろうか。


「そのためなら、手段を選ばない! だから、書けるまで学校には通わせないと言ったのだ!」

「何言ってんだお前!?」


 言っちゃった。

 でも、これは仕方がないだろう。

 色々な意味で酷すぎた。

 色々ズレている。

 話にならない。

 ズレすぎていて、説得できない。


 権蔵は、先輩に言う。


「だが、お前は書けずにいるのだ。必要なものは与えたはずだ。書けるようになるためには、あと何が必要なのだ!?」

「……常識?」

「お前は常識をわきまえた人間だ!」

「お父様の常識です」

「儂の!?」


 権蔵は意外そうに叫んだ。

 ここまでのことを言っておきながら、常識人だとでも思っていたのだろうか。

 桐島先輩は、深く大きなため息をついた。

 彼女にしては珍しい行動だ。


「凪、色々とありがとう。実を言えば、この状況を脱するための方法は考えてあったのです。そして、その『用意』もしていました」

「そうなんですか?」

「ええ。ですが、それを実行に移す決心がついていなかったのです。でも、ようやく決心しました。あるいは、自棄になったと言ってもいいかもしれません」


 一体、何をする気なんだ。

 桐島先輩は、封筒を取り出した。

 あれは、ぼくの家の押し入れにあったものだ。


 先輩は、封筒を権蔵に渡した。


「これは……」

「実は、既に書いていたのです。そこには、第一稿が入っています」


 先輩がそう言うと、権蔵は即座に中身を取り出した。

 そして、食い入るように読み始める。

 最初は歓喜に打ち震えていた。

 念願の新作が手に入ったのだ。

 その気持ちは分からんでもない。


 ――これで、満足してもらえれば解決か?


 権蔵氏は、次々とページを捲っていく。

 すると、徐々に顔が赤くなっていった。

 レモン果汁にアルコールでも入っていたのだろうか。


「これは、どういうことだね!?」


 権蔵氏は、歯を食いしばりながら笑っていた。

 意味が分からない。これ、どういう感情なんだよ。

 そう思っていると、権蔵氏はその原因を告げる。


「どうして、お前とそこにいる佐藤凪が登場しているのだ!」


 なんだそれ。

 いや、本当になんだそれ。

 まさか、ぼくと先輩が登場人物として出ているというのか。


「しかも、過激なシーン満載で!」


 そう言いながら、権蔵氏はちらりとこちらを見る。

 いや、こっち見るなよ。

 この流れで見られると気持ち悪いのだが。

 それにしても――先輩とぼくの過激なシーンか。

 それを読ませることで、ダメージを与えようとしたのだろう。。

 まさに肉を切らせて骨を断つ。

 うん、馬鹿らしく思えてきた。


「私の新作を読めたら、アパートに戻していただけるんですよね? 約束は守っていただきます」


 そう宣言する桐島先輩。

 権蔵氏は「ぐぎぎぎぎ……」と声にならない声を上げていた。

 そんな状態でも、ページを捲る手は止まらない。

 次々とページは捲られていき――。

 少しすると「いいだろう」とだけ言った。


「ありがとうございます」


 桐島先輩はそう答えた。

 そして、こちらを振り返り――。


「凪、ここまで来てくれてありがとうございます」

「結局、役には立てませんでしたけど」

「そんなことはありません。凪が来ていなければ、私は原稿を父に見せる気になりませんでした。凪が声高に主張をしてくれたから、私はこれを人に見せる勇気を手に入れることが出来たのです」


 なんだか、空回りばかりしていた気がするけれど。

 まぁ、先輩がこれでいいなら、よしとしよう。

 それよりも――。


「ところで、権蔵さん」

「何だね?」

「その小説、後で読ませていただけますか?」


 先輩が書いた小説の内容が気になる。

 あのお耽美ナス先生の新作だ。

 権蔵でなくとも、読んでみたいと思うのは当然だ。


「……いいだろう。貴様には、その資格がある」

「絶対に止めて下さい!」


 桐島先輩は叫んだ。


「そんなことをしたら、恥ずかしくて本当に死にますよ、私!」

「でも、お父さんには読ませていますよね?」

「それは嫌がらせ目的だからです!」


 嫌がらせになっているのだろうか。

 権蔵は百面相のように、表情を次々と変えていた。

 いずれ、この苦境を乗り越えてしまいそうだ。


「とにかく、これで一件落着ということで。はい、終わり! 終了!」


 先輩はそう叫んだ。

 こうして、この騒動は終了した。


 ――かのように思えた。

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