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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第4章 桐島エリスの消失

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桐島エリスの消失⑦:氷の姫君、悶え苦しむ

 冗談はさておき――。

 とりあえず、状況を整理しよう。


 桐島エリスは、18禁小説を愛している。

 彼女のいる場で、性描写のある小説が床に落ちた。

 そして「私の……」とも言っていた。

 だから、ぼくはあの本が桐島先輩のものだと思った。

 そう思い込んでしまっていた。

 実際は、澪のものだったのだが――。


 では、先輩の反応は何だったのだろうか。

 普通であれば、先輩は何も反応しなかっただろう。

 それなのに、先輩は異様な動揺を見せていた。


 それを考えていたら――。


「謎は全て解けた」


 解けてしまった。

 にわかには信じがたいことだけれど。

 不可能なことを取り去って、残ったものが真実なのだ。


「何が分かったというのです?」


 秋山さんが尋ねる。

 この場でそれを言っていいものかと、一瞬ためらう。

 だけど――ぼくの推理が正しければ、ここには関係者しかいない。

 ぼくは某名探偵の孫のように、関係者たちに告げる。


「映画化もされた小説を書き上げた『お耽美ナス』は、この中にいます」

「そうですか。では、卑猥な語彙力に長けている並外れたエロスの持ち主は、一体誰なのですか?」


 秋山さん――意外とノリが良いじゃないか。

 あの推理漫画の流れを完璧に汲んだ返しをしてくれている。


「素晴らしい小説を書き、日本中を感動と官能の渦に落とし込んだ人間――『お耽美ナス』は、アナタだ! 桐島エリス先輩!」


 ぼくは、先輩を指さして言った。

 すると、先輩は顔を真っ赤にしながら反論する。


「な、何を根拠にそんなことを言うんですか?」


 これだけで答え合わせは終わったようなものだけど。

 一応、謎解きはしておこう。


「先輩。この本は、先輩の所有物ではありませんね?」

「……はい」

「ですが、先輩はこの本が落ちた時『私の』と言っていました。それは何故ですか?」

「私も、その小説を持っていたから、勘違いをしてしまったのです」

「いいえ、それはあり得ません。あの時の先輩は手ぶらでした。何も持っていないにもかかわらず、自分のものだと考えるのには無理があります」

「ですが、そう思ったのです」


 言い訳が苦しくなってきた。

 ここから一気にたたみかけてしまおう。


「ぼくは別の可能性を考えました。先輩は『私の』と言っていました。これには、二通りの捉え方があります。一つは、桐島先輩の所有物だという意味。もう一つは――桐島先輩が書いたもの、という意味です」


 所有物ではなく、創作物。

 所有者ではなく、作者。

 そう考えれば、この反応にも説明がつく。


「な、何か証拠はあるのですか?」

「物的証拠はありません。ですが、状況証拠を提示することは出来ます」

「どうやって……」


 そんなものは簡単だ。

 創作活動をしたことがある人間なら、誰でも分かっている。


「『それが、ぼくたちの運命の出会いだった』」

「ひぎぃ!?」

「『青春は、柑橘の香りがする』」

「うぎゃあ!?」

「『君がいないなら、世界なんて意味がない』」

「あべしっ!?」

「『君のこと、大好きだよ』」

「ううう……」


 小説の執筆は、己の脳内をさらけ出す行為だ。

 格好いいと思う行動、言葉。

 面白いと思った展開。

 そういったものが、如実に表れる。

 それを読まれるのは、かなりの羞恥を感じる。

 つまり――。


「『貴女のことを、愛しています』」

「うぎゃああああああああ」


 作者の目の前で、朗読をすることだ。

 こうすると、作者は羞恥心によって死ぬことになる。

 ぼくが持っているものは、澪がお勧めポイントに付箋を貼ってある。

 その上、散々演技指導もされている。

 今のぼくは、言葉で先輩を再起不能に出来るかもしれない。

 いや、しないけれど。

 ここに来た目的に逆行するからね。


「先輩、まだ認めませんか」

「な、何のことやら……」

「では、続けます」


 ぼくは読み進めた。


(『未だ熟せず』にあるセリフを追加する)


 その度に、先輩はもだえ苦しんでいる。

 それはさながら、エクソシストの聖書を読まれた悪魔のようなものであった。

 それが十分ほど続き――。


「認めます。私が書きました」


 先輩は、そう言って両手を前に出した。


「いや、逮捕とかしませんから」


 それにしても――。

 本人が認めた今でも、信じられない。

 これは三年前に出版された小説だ。

 つまり、これを書いたのは、中学二年生の先輩だということだ。

 いや、違う。

 出版が三年前なら、書かれたのはもっと前なのだろう。

 それにも関わらず、この文体。

 そしてエロス。

 この人は、やはり文学の神に愛された人なのだ。


「三年前、何があったんですか?」

「私があの小説を書いていたことが、お父様にバレてしまったのです。そして、お父様は私のファンになりました」

「……は?」

「お父様は、自らが持つネットワークを使い、即座に出版を決定しました。勿論、私は嫌がりました。あんな、えっちなシーンのある小説を沢山の人に読まれるだなんて、想像しただけで恐ろしくなります」


 作者としては、そういう物らしい。

 あの文章力があれば、そんなことは気にしなくていいのに。


「私は引きこもりました。それでも、お父様は、どんどん話を進めていきました」


 権蔵の気持ちもわかる。

 あの文章を見て、何もせずにはいられなかったのだろう。

 実際、あの人のおかげで、この小説に出会うことが出来た人は沢山いるはずだ。


「秋山さんたちが説得をしてくださいましたが、無駄でした。いえ、全て無駄だったというわけではありませんが」

「成果はあったんですね」

「秋山さんたちがいなければ、ペンネームが『きりしま♥えろす』になるところでした」

「身バレの心配してないな!」

「むしろ、サイン会を開く勢いでした」


 そんなことになったら、先輩は死ぬだろう。

 秋山さん、ナイスフォローです。


「帯に描かれていた文は、本当にギリギリでした」


 帯? 本の下部分を覆うもののことか。

 確か『日本よ、これがエロスだ』と書かれていたはずだ。

 ぼくは、手元の本を見る。

 よく見れば「エロス」だけ書体が違う。

 そのせいか『ロ』がただの四角に見える。

 まるで穴埋め問題のような――。


「日本よ、これがエリスだ?」


 先輩は首肯した。

 うわ、マジで?


「お父様は、本当にそれをやりそうになりました。秋山さんたちが苦肉の策で、別案として今の形式を提示してくれたから、それに落ち着いたのですが――」


 ギリギリにも程がある!

 権蔵は先輩を大々的に売り出すつもりだったのだろうか。

 そんなことになったら、先輩は外に出られなくなってしまう。


「あれ以来、私はトラウマで小説を書けなくなっていました。でも、少しずつ書けるようにはなっていたのです。アナタの家の押し入れには、その原稿を隠していました。私が本当に隠したかったのは、そちらのほうなのです」


 だから、押し入れを開けることは許さなかったのか。

 てっきり、よりディープな性癖のブツが隠されているのかと思っていた。


「それでは、あの過剰なほどにオタク然とした内装はカモフラージュだったわけですね」

「いえ、あれは普通に私の趣味です」


 この人は、いつもぼくの予想を外してくる。


「でも、バレてしまいました。私が18禁小説を愛していることを知ったお父様は、私に無理矢理小説を書かせようとしました。それが終わるまで、学校に行くことは禁じられました」


 ぼくは権蔵を見た。

 これでは、軟禁状態だ。

 そこまでする権利はないだろう。


「それが、家庭の事情というわけですか」


 ぼくは権蔵を見る。

 だが、彼は態度を全く崩さない。


「エリスの書いた小説は、大ヒットとなった。映画化され、大きな利益をもたらした。だから、もう一度書かせたかったのだよ」

「利益のために?」

「ああ、そうだ」


 権蔵氏は尊大な態度で言った。

 他人の家の事情に口を挟むのはよくない。

 そう思ってはいたさ。でも、限度という物がある。

 会社の利益のために、娘の自由を奪うような人間を――。

 そんなド阿呆を父親として認めるわけにはいかない。

 そう、ぼくは認めない――だから、これは、家庭の事情とは認めない。


 ぼくは一歩前に出た。

 不退転の覚悟で、桐島権蔵に対峙する。

 そして、物申そうとしたのだが――。


 秋山さんに遮られた。

 秋山さんはぼくの前に立ち、権蔵に注進する。


「旦那様。佐藤様は、本音を話してくださいました。先ほど感動された時点で、取り繕う必要はなくなったかと存じます」

「それはそうだが……」

「恥ずかしがってないで、さっさと本音をぶちまけてください」

「しかし……」

「権蔵様が仰らないのであれば、私から言わせていただきます」

「それは止めろ!」

「では、どうぞ」


 秋山さんに言われ、権蔵氏は言葉に窮していた。

 一体、何が起きているというのだろうか。

 不思議に思いながら待っていると、権蔵氏が声を絞り出した。


「儂も――」

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