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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第4章 桐島エリスの消失

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桐島エリスの消失⑨:氷の姫君、打ち明ける

 翌日、桐島先輩がアパートに戻ってきた。

 そして、当然のようにぼくの部屋にやって来た。


「鍵を返して下さい」

「ぼくの家なんですけど!?」

「その鍵は、私のものです」


 当初の遠慮がなくなっていた。

 ぼくが鍵を渡すと、先輩は『秘密の部屋』に入っていった。

 そして、部屋を見回してから大きく深呼吸をする。


「何だか『帰ってきた』って感じがします」


 美少女が描かれたポスター。

 アクリルケースに入った無数のフィギュア。

 そして、ピンク色の背表紙が目立つ本棚。


 これらに囲まれた空間の中心部に、先輩は立っている。

 異質な光景ではあるが、今となっては懐かしさを感じる光景だ。


「ところで、先輩。諸々の問題は、解決したんですよね?」

「ええ、そうですね」

「でしたら、もうここに来る必要はないのでは?」


 ぼくは尋ねた。

 別に来てほしくないというわけではない。

 ただ、疑問に思ったことを考えなしに聞いてしまっただけだ。

 先輩は、その質問に気を悪くした様子はなかった。


「来たいから来ているのです。問題はありますか?」


 そう答える先輩の表情は、とても魅力的なものだった。

 その言葉への反論は、ぼくは持っていなかった。

 すると、チャイムが鳴る。


「あれ、鍵が開いてる」

「入っていいのだろうな」


 姉さんと澪の声。

 あの二人が今日来るだなんて、聞いていない。

 玄関の施錠は――先輩が来たばかりだから、しているはずがない。

 ドアノブが回され、玄関ドアがゆっくりと開く。


「凪、今のって――」


 先輩が、秘密の部屋から顔を出す。

 その瞬間、ドアの向こうにいる澪たちと目があった。

 ぼくは急いで秘密の部屋に入り、ドアを閉める。


「ちょ、そこにいるんでしょ! 桐島先輩の姿も見えたんだけど!」

「教師として! 教師として確認する必要がある!」


 家の中に入ってきた澪たちが、ドアの扉を叩く。

 ゾンビ映画によくありそうな展開だ。


 ――さて、どうしたものか。


 今回は先輩の姿を見られてしまった。

 だが、この部屋の中まで見られたわけではない。

 先輩の秘密は、ギリギリのところで守られている。


 ――さて、どうしたものか。


 そう考えていると、先輩がドアの前に立った。

 そして、ドアの鍵を開けてしまった。


「前田先生、朝比奈さん。お久しぶりです」


 先輩は、いつも通りの朗らかな雰囲気のまま挨拶をした。

 対する二人は、部屋の中を見回していた。

 まさか、この部屋がこんなことになっているとは思ってもみなかったのだろう。


「この部屋は……。どういうことだ?」

「凪の趣味です」

「何だと!?」


 先輩は堂々と嘘をついた。

 ぼくは一応「信じるなよ」と忠告をするのだが――。


「しかし、それなら『義姉の濡れた瞳』に説明がつく」

「『幼馴染との××な関係』にも」


 姉さんと澪は、ふざけたリアクションをした。

 もしかして、本気でぼくの趣味だと思っているのだろうか。


「凪ちゃん、私は受け入れるぞ!」

「もっと仲良くなれる気がして来たわ!」


 そうだった。

 この二人は、これを見てもドン引きしない側の人間だった。

 なにせ、漫画家にボイスマニアだからな。

 オタク度の濃さは似たようなものなのだろう。


「先輩、説明を」

「説明? 何のことですか?」

「読み上げますよ?」

「今すぐ説明しますね」


 先輩は、これまでの経緯を二人に話した。

 このアパートのエントランスで出会ったこと。

 ここを『秘密の部屋』にしたこと。

 自らが『お耽美ナス』であること。


「以上が、この部屋が出来た経緯です。この部屋は私の趣味を集めたものということになります。ですが、これが私の趣味であるということは、凪の趣味でもあるということと矛盾するわけではありません。それだけは、ご理解ください」


 先輩は、そう締めくくった。

 なんで最後に余計なことを言うのだろうか、この人は。

 ぼくが呆れていると、姉さんが口を開いた。


「事情は分かったよ。でも、

「つまり、いいように利用していると」

「そういうことです。ここは、居心地がいいので」


 先輩は堂々と言った。

 これで、二人は先輩の秘密を知ったことになる。


「でも、どうして教えてくれたんだい? これは、君の秘密なのだろう?」


 姉さんは尋ねた。

 それは当然の疑問だ。

 それに対し、桐島先輩は平然と答えた。


「朝比奈さんは、佐藤さんの声が好きなのですよね? しかも、男装させて彼氏のふりまでさせた上、録音までするとか」

「な、何故それを……」


 澪は戦慄の表情を見せる。


「先生は、漫画家をされているのですよね。『義姉の距離感がバグっている件』、私も楽しく拝読いたしました。義理の姉である『ナギ』が、弟に対して過激なスキンシップをしていく――先生の欲望が垣間見えました」

「はうあ!?」


 姉さんは、顔を赤くしていた。

 この人にも、羞恥心ってあったんだな。

 先輩は言葉を続ける。


「それと、先生はこの家の中では、甘えん坊になるんですよね? 妹さんに甘えるのは結構ですが、限度はあると思いますよ? それに、お風呂で妹さんの身体をまさぐるのは、あまりよくないと思います」

「う……」


 二人は誤魔化す方法を考えているようだった。

 だが、無駄だ。


「ずっと、この部屋にいましたから」


 観念したらしい。


「そういう君はどうなんだ? この部屋を見ると、随分と特別な趣味をしているようではないか」

「そ、そうよ! なんなの、この『18禁百合小説』に溢れた部屋は」


 姉さんと澪からの反撃。

 だが、先輩は動じることなく言葉を返す。


「私はここで、お二人の秘密を知ってしまいました。それはフェアではありません。ですから、私も開示したのです。今回、お二人にもお世話になりました」


 ぼくは、呆れながらそれを見ていた。

 先輩は、ぼくに対して振り返り――。


「それに、私にはまだ、秘密がありますから」


 魅力的な笑顔で言った。

 まだあるのか。


「私にはまだ秘密があるんだから」

「私にも、ある」


 澪と姉さんも張り合うように言った。

 そこは張り合うべきところではないだろうに。


 まぁ、それがどのようなものにせよ――。

 ぼくは、受け入れざるを得なくなるのだろう。


 ――それも悪くない。


 今のぼくには、そう思えた。


     ×××


 後日――。

 アパートに、配達があった。

 配達員は、ぼくの家の後に、隣に向かった。

 ダンボールを開ける。

 そこには、一冊の本が入っており――。


『あの百合小説作家“お耽美ナス”の衝撃の新作。

 最高の感動と官能があなたを襲う』


 タイトルは、今風に改題されたらしい。


『S級美少女の秘密に気づいたら、なぜか懐かれて我が家に入り浸りになった』

(変える?)


 隣の部屋から叫び声が聞こえてきた。

 玄関チャイムが連打される。

 きっと、この本を回収しに来たのだろう。


 とりあえず今回は――。

 居留守でも使ってみることにしよう。

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