桐島エリスの秘密⑤:氷の姫君、手配する
十分後。
アパートの前に軽トラックが止まった。
――なぜ軽トラ?
先輩の家からぼくの家に漫画類を移動させるのではなかったのか。
隣同士なのだから、車なんてあってもしかたがないだろう。
「先輩」
「はい」
「これは?」
「荷物を運ぶための車です。軽トラックといいます」
それは知っている。
ぼくが聞きたかったのは、何故それが必要になるのか、ということだ。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
軽トラから、一人の女性が降りて来た。
髪を後ろでまとめた、二十代後半くらいの女性。
皴一つないスーツがよく似合う、仕事が出来そうな人だ。
軽トラとの組み合わせが、なんだかちぐはぐだった。
「ありがとう、アキさん」
先輩はごく自然にお礼を言った。
「佐藤さん、紹介しますね。桐島家の使用人で、お世話になっている秋山公子さんです」
「どうも、佐藤凪です」
ぼくは軽く頭を下げた。
アキさんこと秋山さんは丁寧にお辞儀を返す。
その所作の美しさに、少しだけ驚いた。
桐島家の関係者は、皆こんな感じなのだろうか。
「本日は荷物の搬出及びこちらのお部屋への搬入ですね」
「ええ。文藝部の部室からお願いします」
「畏まりました」
文藝部の部室?
その言葉を聞き、ぼくは口を挟む。
「先輩」
「何でしょう?」
「漫画って家にあるんじゃないんですか?」
ぼくがそう問いかけると、先輩は首を傾げた。
そして――。
「そんなわけありません」
当然のように言った。
そんなわけがないらしい。
「家は調べられる可能性がありますから」
「家の中まで調べられるんですか?」
「……父は、私のプライバシーを尊重する気がありませんので。一応、調査に来るのは女性ですが。むしろ、女性だからこそ遠慮なく調べられるのかもしれませんね」
先輩はうんざりした様子で言った。
「隠せるのは、精々本一冊分程度。この前なんて、布面積の小さい大人びた下着が発見されてしまいました」
「明け透けに言いすぎです」
「いいのです。あれは本命から目をそらすために敢えて見つかりやすい場所に隠しておいたものだったのですから」
デスノートを隠すためのカモフラージュに、グラビア写真集を隠しておくようなものか。
何だか、家族間で得体の知れない頭脳戦が行われている。
とても馬鹿馬鹿しいようにも聞こえるが、事態は深刻だ。
娘のプライバシーを全く尊重しない父親。
部屋を勝手に調べるなんて、非常識にも程がある。
だけど――。
それについては、ぼくが踏み込むべき場所ではないだろう。
桐島家には桐島家のルールがあるのだ。
おいそれと、他人が口を出しても仕方がない。
――まぁ、それで秘密にされたら逆効果だろうけど。
そんなことを考えていると、先輩がぼくの顔を覗き込んできた。
至近距離に近づいた芸術品の様な相貌に、思わず仰け反る。
「佐藤さん、どうかされました?」
「……なんでもありません」
ぼくは心臓をドキドキさせながら答えた。
この人、パーソナルスペースが狭すぎるだろ!
まぁ、それだけぼくに心を開いてくれているのかもしれないけれど。
多少の気まずさを覚え、話題を変える。
「それよりも、部室は、誰も使わないのですか?」
「現在、文藝部の部員は私一人しかいません。それに、旧部室棟にあるので、誰も寄り付きません」
旧部室棟。
言われてみれば、そんなものがあったな。
校庭の片隅にポツンと建っている古い木造建築だ。
そのボロさたるや、子供向けホラー映画の舞台になりそうなほどだ。
あそこに入っている部活動があったのか。
「あの建物は、夏に取り壊されることが決まっています。ですから、あそこに保管している漫画や小説は処分するしかないかと思って悩んでいました」
「それは……、まぁ、お力になれて、光栄です」
今更断ることは出来なかった。
こんな純粋な笑みを浮かべる少女を前に、それは出来ない。
その笑みの原材料が、18禁小説だとしても。
「ところで、どれくらいの量になりそうですか?」
「そうですね」
先輩はあごに指をあてながら考える。
ここで考える時点で、尋常ではない量が予想されるのだが――。
「二往復もすれば、十分だと思います」
「……そうですか」
ダンボールいくつ分とか聞きたかったのだが。
二往復ということは、トラック二台分――。
うん、単位が違ったね。
どうやら――。
ぼくの部屋は、漫画で埋め尽くされることになりそうだった。




