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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第1章 桐島エリスの秘密

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桐島エリスの秘密④:氷の姫君、お願いする

 部屋はそこに住む人を表す。

 そこで長時間過ごすことになるのだから、当然だ。

 住人の癖や生活様式がどうしても現れることになる。


 では――。

 氷の姫君と呼ばれる桐島先輩の部屋は、いかなるものなのだろうか。

 

 貴族風の豪奢な部屋か。

 あるいは、桃色の家具に囲まれたファンシーな部屋か。

 はたまた、桃色の図書に囲まれた不埒な部屋か。

 否応なしに期待は高まっていったわけだが――。


 ここで、一つ。

 大変なことが発覚することになった。


「ようこそ、我が家へ」


 先輩の部屋は、303号室だったのだ。

 つまりは、ぼくの家の隣だ。


 ――この人、ずっと隣に住んでいたのか。


 これまでずっと気づかなかった。

 登校も下校もタイミングが合わなかったのだろう。

 それにしても、実は隣に美少女が住んでいたとか。

 どんなラノベだよ! 色々、期待しちゃうだろ! いや、冗談だけど。


 家の中に入ると、廊下を抜けてリビングに行く。

 内装は、とてもシンプルなものだった。

 置かれている家具も、高級そうなものではない。

 家具類に詳しいわけではないが、どれでもその辺で売っていそうなものばかりだ。

 西洋の城にあるような派手なものは一つもなかった。


 特に変わったところのない無個性な部屋。

 構造もぼくの部屋の逆になっているだけだった。


 だけど――。

 ぼくの家とは決定的に違うところがあった。


 ――なんだか、甘い匂いがする。


 春に咲く花の様な匂い。

 先ほど先輩から漂ってきた匂いと同じものだ。

 女の子の家というのは、普通こういうものなのだろうか。

 それとも、桐島先輩が特別なのだろうか。

 それは分からない。


 匂いのせいか、心臓がドキドキしてきた。

 こっそり、深呼吸をしてみる。

 なんだか、健康に良い栄養を摂取できたような気分になった。

 うん、気持ち悪い発想だったね。

 自分で自分にドン引きしている。


 ちなみに、普段のぼくは自制心に溢れた人間だ。

 自制心を失った陰キャは、痛い人間扱いされることになる。

 陰キャにとって、自制心はなくてはならない装備なのだ。

 ゆえに、この度の奇行は桐島先輩の魅力ゆえのことだとご理解いただきたい。

 それほどまでに抗いがたい魅力が、この人にはあるのだ。


「どうぞ、お掛けください」


 勧められ、リビングの椅子に座る。

 桐島先輩はその正面に座った。

 クールなすまし顔が、ぼくに向けられる。

 少し前までの紅潮は、完全に引いていた。

 これが『氷の姫君』モードなのだろうか。


「まずは――本を拾っていただき、ありがとうございました」


 先輩は、深々と頭を下げた。

 その美しい所作に、思わず見とれてしまう。


「アナタが拾ってくれたおかげで、命拾いしました」

「大げさです」

「大げさではないありません。拾ったのが他の人だったら、今頃言いふらされていたかもしれませんし……」


 確かに、その可能性はある。

 何せ、学校一のお嬢様のスキャンダルだ。

 それを面白がって拡散する人もいるだろう。

 ぼくが拾ったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。


「ところで、名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 この時、ようやく気付いた。

 そう言えば、名乗っていなかった。


 ぼくは当然のように桐島先輩を知っていた。

 けれど、あちらがぼくを知っているわけではない。

 むしろ、知っているわけがない。

 存在感のない陰キャとしての配慮が欠けていたね。

 反省、反省。


「佐藤凪と申します」

「佐藤さん、素敵な響きですね」

「日本でトップクラスにありふれた響きですけど!?」

「そうですね。この国には、素敵なものが沢山あるということですね」

「ポジティブシンキング!?」


 なんだか、上手く纏められてしまった。

 クールなうえに、知略にも富んでいる。

 そんな話術に長けた桐島先輩だったが――。


「ところで、佐藤さんはあの……」


 何やら、歯切れが悪くなった。


「佐藤さんは、あのような本をよく読まれるのですか?」

「あのような本、とは?」


 ぼくが問い返すと、先輩は顔を赤くした。


「その、ああいった、性的要素が含まれる小説を……」


 小さな声で、恥ずかしそうに先輩が言う。

 なんだか、嗜虐心がそそられる。

「聞こえなかったので、もう一度行ってください」とか言ってみたい。

 嫌われたくないから言わないけれど。

 そんなことを言う人間がいたら、見てみたいものだ。

 って、ぼくだ。エントランスで、似たようなことを言ってしまった。


 まぁ、いい。それは置いておこう。

 ぼくは正直に答える。


「実は、初めて読みました」


 何せ、18禁小説だ。

 これまで、触れる機会がなかった。

 偶々拾わなければ、一生読むことはなかっただろう。


「そう……。では、あの時言っていたこと。あれは、本当なのでしょうか?」

「あれって、何のことですか?」

「あの本が『とても面白かった』とおっしゃっていました」


 前のめりになって尋ねる先輩。

 ぼくの目を至近距離から見つめてくる。


「ええ、勿論です。廊下で読み始めたら止まらなくて、立ったまま最後まで読んでしまいました」


 そう答えると、先輩はぼくの手を取った。

 小さくて柔らかい手――いかにも『女の子』といった感じだ。


 顔が熱くなるのを感じる。

 おいおい、好きになったらどうしてくれる。

 責任取ってくれるのだろうか。まぁ、無理だろうけど。


「そう言っていただけて、とても嬉しいです!」


 先輩は天使のような笑顔を浮かべながら言った。

 先ほどまでのクールモードは、一瞬でどこかに行ってしまった。

 ぼくは、その表情に見惚れていた。


 学校での先輩は、クールで孤高の存在だ。

 笑顔がかわいいとか、そんな噂は聞いたことがない。

 あの表情のまま頬を叩いて欲しい、という願いは聞いたことがあるけど。


 だとすれば――。

 この素敵な笑顔は、おそらく誰も見たことがないのだろう。

 こんなものを見せられたら、噂になるに決まっている。

 誰もが虜になってしまう。

 それほどまでに素敵なものなのだが――。


 嘘みたいだろ。

 18禁小説について語っているんだぜ、この顔で。


「本当に、拾ってくれたのが佐藤さんでよかった。結果的に、こうして仲良くなることも出来ました」


 先輩は、本当に嬉しそうに言う。

 そこに『氷の姫君』と呼ばれた怜悧さは全く残っていない。


 この人、本当に桐島エリス先輩だよな?

 双子の妹とか、そっくりさんじゃないよな?


 そんな阿呆なことを考えていると、先輩は少しだけ声を低くして告げる。


「ですが、一つだけ苦言を呈さなければならないことがあります」

「……なんでしょう?」

「私はまだ、読んでいないのです。ネタバレはよくありません」

「……すみません」


 それは悪いことをしてしまった。

 漫画でも映画でも、ネタバレは大きなマナー違反だ。

 だが、先輩も本気で怒っていたわけではないらしく――。


「冗談です」


 そう言って、クスリと笑った。

 冗談だったらしい。

 全く、心臓に悪いぜ!


「それで、佐藤さん。不躾で申し訳ないのですが――佐藤さんさえよければ、これからも、話をさせていただきたいのですが……」


 先輩は、こちらを伺うように、上目遣いで言った。

 この仕草、意識してやっているなら、とんだ悪女と言わざるを得ない。

 それほどまでに、庇護欲をそそられる仕草だった。


 それを見たぼくは、当然のように「はい、喜んで」と答えた。

 すると、先輩は嬉しそうに表情をほころばせた。

 マジで癒される。


「それと――厚かましいとは思うのですが、お願いしたいことがあります」

「何でしょう?」

「まず、私の趣味については秘密にしてください」


 先輩は再び頭を下げた。

 わざわざ頭を下げられるほどのことではない。

 人の嫌がることをしない――それは、当然のことだ。

 でも、先輩は不安なのだろう。

 再度「お願いします」と念押しをして来た。

 ぼくが「勿論です」と答えると、少しだけ安心してくれたようだった。


「もう一つ、お願いがあります」

「……はい」


 何だか、少しだけ声の真剣味が増したような気がする。

 ぼくは姿勢を正し、傾聴する。


「実は、私は家族にもこの趣味のことを隠しています。特に、父に知られると大(・)変(・)な(・)こ(・)と(・)になります」


 確かに、この趣味は知られたくないだろう。

 桐島先輩の親となれば、社会的地位のある人物だ。

 先輩の理解をしてもらうのは中々難しいように思える。


「ですから――。申し訳ないのですが、私が所有する漫画や小説を佐藤さんの家に避難させていただけないでしょうか? 一部だけでも構いませんので」


 先輩は、本当に申し訳なさそうに言った。

 部屋に隠してあるものを預かるくらい、大したことではないのに。

 ぼくは「別に構いませんけど」と軽く返事をした。


「ぼくは一人暮らしをしているので、部屋が余っています。何なら、その部屋を丸ごと使っていただいても構いませんよ」


 この時のぼくは分かっていなかったのだ。

 先輩の所有する本が、どれだけ存在するのか。

 そして――抑圧されてきた先輩の『反動』がどれほどのものか。


「ありがとうございます」


 先輩は礼の言葉を告げた。

 そして「それでは、早速準備しますね」と言葉をつづけた。


 ――準備?


 ぼくがその言葉に引っかかった。

 だけど、先輩はスマホを手に取り、移動してしまった。


 これは、どういうことだろう。

 隠してある漫画類があるなら、それを持って来ればいいだけだ。

 どこかに連絡する必要はないはず。

 そもそも『準備』とはなんなのだろうか。

 そう考えていると――。


「手配が出来ました!」


 そう言いながら、先輩が戻ってきた。

 それはいいのだが――。


「……手配って、何を?」

【次回】

桐島エリスの秘密④:氷の姫君、手配する

 エリスが所有する秘密の書物。

 その数々は、学校の部室に隠されていた。

 二人はそれを回収しに向かうのだが――。


【お願い】

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