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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第1章 桐島エリスの秘密

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桐島エリスの秘密③:氷の姫君、立ち直る

 ぼくはしゃがみ込み、視線を桐島先輩に合わせた。

 顔を真っ赤にした先輩は、横目でこちらを見やる。


「この小説、面白かったです」

「……え?」


 ぼくは『感想』を述べた。

 慰めるでも、許容するでもない。

 そんなことをしても、先輩の絶望はぬぐえない。


 共感を示し、共犯関係となる。

 そうすることで、悪意を向けられていないと理解してもらう。

 それが、先輩の心を軽くする唯一の方法なのだ――とぼくは思う。

 まぁ、友達がいないから、そのあたりに確信はないけど。


 先輩は、不安と期待の入り混じった目をこちらに向けている。

 とりあえず、話は聞いてもらえそうだ。


「厳しい環境下で淑女となるべく、人格を否定するような教育を受ける主人公たち。その中で、二人の生徒が出会う。人付き合いの経験がないゆえに、官能小説を勧めるという異常な方法で、風紀委員にアプローチする主人公。最初は反発されながらも、次第に打ち解けていく。そして、密かに友情を培い、最後には学校を変革する。とても面白い小説でした」


 これは紛れもない本音だ。

 この小説は、とても面白く感動的なものだった。

 登場人物たちの心情は美しく、その動きはぼくの心を打った。

 主人公たちが結ばれたシーンでは、涙が出そうになるほどに感動した。


「確かに、18禁要素はありました。ですが、それは二人の関係がどれだけ深くなったかを示す要素です。必要な描写でした。淫猥な要素がないとは言いません。でも、それ以上に――美しい描写でした。身体を通して、互いの心に触れる。こうして、互いを理解していく様子が、本当に美しいものに思えました」


 アパートのエントランスにて。

 18禁小説について、ぼくは熱く語り続けた。


 夢中になって読んでしまったこと。

 二人の関係が羨ましく思えたこと。

 物語の構造の巧みさ、筆致の美しさ。

 ぼくの中で燻っていた衝動のようなものを吐き出した。


 ――ぼくは一体、何をやっているのだろう。


 冷静な部分が、時折ツッコミを入れてはいた。

 だが、そのツッコミは見て見ぬふりをして話を続けた。

 そして最後に――。


「ぼくは、好きです!」


 こう言って、感想を締めた。

 それを聞いた先輩は、白い肌を一層赤くした。


「え、あの……」


 なんだか、愛の告白のようなことを言ってしまった。

 もしかして、勘違いさせてしまっただろうか。


「あの、好きというのは、勿論この本のことで」

「私のことは軽蔑していると?」

「いえ、先輩のことは尊敬しています!」


 焦りながらそう答えると、先輩は微かに微笑んだ。

 それを見て、ぼくは少しだけ安心した。

 どうやら、少しは先輩の気を楽にすることが出来たようだ。


 だが、それだけではなかった。

 氷の天使の微笑――それは、見る人を夢中にさせるほどに可愛らしくて。

 ついつい、それをずっと見ていたいと思ってしまった。


 もっとも、それで自制できるのが陰キャぼっちの特性だ。

 ぼくは努めて冷静に、先輩の表情を見ていた。

 その顔には、生気が戻っていた。

 瞳が輝きを取り戻し、全身が活力で溢れている。

 どうやら、普段通りの――いや、普段以上の状態になったらしい。


「心の友よ!」


 先輩は、小さな両手で、ぼくの手を取った。

 浮かんだ笑顔は、喜びに満ち溢れていた。


「もう終わりだと思っていました。でも、理解してくれる人がいた。これほど嬉しいことはありません!」


 先輩は、最高の笑顔をこちらに向けた。

 それは、これまで見たどんなものよりも美しく輝いていた。

 蛍光灯に照らされているだけのエントランスが、光で包まれたように錯覚する。


 いつの間にか、心臓が早鐘を打っていた。

 顔が熱くなり、額から汗が出る。

 目が離せず、思わず夢中に――。


 ――って、待て!


 危ない危ない。

 危うく恋に落ちるところだったぜ!


 だけど、それはすんでのところで回避した。

 陰キャの回避スキルは伊達ではないのだ。

 回避性能+2は標準装備だ。


 ついでに言えば――。

 この顔は、R指定の存在しない場面で見せてほしかった。

 魅力的な表情ではあるが、原材料が18禁小説なのはいただけない。

 いや、感動したのは本当だし、文句をつけるつもりはないのだけど。


「アナタは、いい人ですね」

「そんなことはないですよ」

「いいえ。アナタは、とてもいい人です」

「はぁ……」


 何故だか『いい人』認定されてしまった。

 まぁ、特に害はないから、それ自体はどうでもいい。

 ただ――先輩の言葉には、続きがあった。


「つきましては、お話したいことがあるのですが」


 こう言った。

 これが、ぼくたちの新たな関係の第一歩だった。


「とりあえず、私の部屋にいらしていただけませんか?」


 成程、ぼくが桐島先輩の部屋に――。

 え、いいの?

 ぼくごときが、先輩の家にお邪魔していいの?


 急展開が過ぎる。

 拾った18禁小説を読んだら、美少女の部屋に招かれてしまった。

 最後に『件』とつければ、ラノベのタイトルになりそうだ。


「あの、ぼくなんかがお邪魔していいのですか?」

「ええ、勿論です。というか、これ以上の会話は、ここでは憚られます」

「あー。ですよね」

「それで、いかがでしょうか?」


 桐島先輩は、懇願するような上目遣いで尋ねた。

 その魅力に対抗する術を持たないぼくは「うかがいます」と即答した。


 かくして、ぼくは先輩宅へと出向くことになった。

 勿論、邪な下心などは存在しない。

 知的探求心によるものだ。

 氷の姫君と呼ばれるお方。

 桐島エリス先輩の部屋が、気になって仕方がなかったのである。


 それが、桐島先輩の『沼』への招待だったとは。

 この時は気づくことが出来なかった。

【次回】

桐島エリスの秘密④:氷の姫君、お願いする

 エリスの部屋を訪問する凪。

 そこでエリスから、あるお願いをされることになる。

 気軽に引き受けた凪は、そのお願いの本質に気づいておらず――。


【お願い】

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