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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第4章 桐島エリスの消失

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桐島エリスの消失②:陸上少女、おめかしさせる

 先輩が家に来なくなってから、一週間が経過した。。

 その間、ぼくは動くことが出来なかった。

 元々、先輩とは最近知り合ったばかりだ。

 それなのに、空虚感というか、喪失感というか。

 何かが足りないような気分になっていた。


 先輩に電話をかけてみたが、先輩が出ることはなかった。

 ラインも既読にすらならない。


 そんなぼくに『別件』が襲い掛かってきた。


『また、話がしたいんだけど』


 夏の暑い日。

 澪から電話があった。


『例の事業を進めたいの』

「事業って……」

『録音』


 あれかー。

 確かに、約束してしまっていた。

 出来れば有耶無耶のままにしておきたかったけど。

 この様子だと、それは無理なようだ。


『一度、そっちに行くから』

「こっちに来る必要あるのか?」

『あるわ』

「あるのか。何か用意しておくものとか、あるか?」

『それはいいわ。こちらで用意するから。それじゃ、今から行くわ』

「分かった」


     ×××


 澪はすぐに家に来た。

 その手には、大きな紙袋があった。

 家の中に入るなり、澪はその中身を取り出した。


「これに着替えて」

「え?」


 紙袋の中身は服だった。

 奇麗に折りたたまれている。

 サイズは澪のものにしては大きい。

 まさか、今日のために買ったのだろうか。


「凪は普段、身だしなみに気を使わないでしょ?」

「まぁ」

「今日は本格的にやるから」


 澪の言うとおり、ぼくは身嗜みに気を使わない。

 そりゃあ、寝癖を直すくらいはする。

 でも、それ以上のことはしない。

 ぼくのような陰キャは、色気づくだけ無駄なのだ。

 そんな陰キャに対し、澪は『改造』を試みた。


 まず、髪にワックスをかけて整える。

 眉の手入れも行い、顔の雰囲気に爽やかさを加えた。

 これだけで、普段とは全く違う顔つきになった。

 思わず「これが、ぼく……」とか言いそうになったほどだ。


 澪による改造は終わらない。

 次は服装だ。

 普段はいつも同じデニムパンツを穿いている。

 だけど、今日は澪が用意したスキニーパンチに脚を通した。

 これで、足のラインがシュッと奇麗に見えるらしい。


 上は、黒のパーカーだ。

 これだけなら、これまでと同じだと言っていい。

 だが、今日はその上にジャケットを羽織った。

 これが一段上のおしゃれだというのだ。


「よし、完璧!」


 そう言って、澪はぼくの背中をパンッと叩いた。

 その表情は、とても満足げだった。


「うん、綾香さんを姉に持つ以上、磨けば光ると思っていたわ」


 鏡に映った自分の姿を見る。

 今どきのお洒落な男子高校生といった雰囲気になっていた。

 まさに『変身』と言ってもいいくらいだ。


「これで、完全に私の『彼氏』ね」

「彼氏って……」

「ほら、この前、付き合ってるって言っちゃったじゃない。今日は、私の家に来てもらうんだから、当然私の家族とも会うことになるわ。だから、しっかりと、そういう格好をさせておきたかったの」


 あー、あったなー。

 朝比奈家では、ぼくはそう言うことになっていた。


「それに、こっちのほうが気分がアガるじゃない。これから、凪のイケボを録音するのよ。声だけじゃなく、見た目にもこだわりたいわよね!」

「さいですか」


 まぁ、ぼくとしても悪い体験ではない。

 これまでとは違うスタイルも新鮮だ。

 再現性はないかもしれないけれど、


「ああ、そうだ。あの本を持ってきて」

「あの本?」

「私が落とした本。『未だ熟せず』ってやつ。何故か、凪が拾って『ぼくの本だ』って言ってたよね?」

「あれ、お前のだったのか!?」

「そうだけど?」


 澪は不思議そうにしている。

 あの小説は、性的描写のある小説だった。

 表紙を一目見ただけで分かる。

 だから、てっきり桐島先輩のものだと思っていた。

 先輩の秘密がバレないように、ぼくのものということにしておいたのだが。


「言っておくけど、それは変な内容じゃないからね。ちょっとアレなシーンもあるけど、実写映画化もされたベストセラーなんだから」

「ああ、知ってるよ」

「今日の収録は、アレを使うから。そもそも、学校に持って行ったのも、アレを事前に読ませるためだったんだからね」

「……どういうこと?」

「とりあえず、私の家に行くわよ」


 有無を言わせない口調で澪は言った。

 ぼくは言われるがまま、澪についていった。


     ×××


 ぼくたちは、一緒に澪の家に行った。

 家の中に入ると、澪の母親が出てきた。


「あら、いらっしゃい」

「おじゃまします」


 ぼくは頭を下げた。

 澪の母親は、ニマニマとぼくの姿を見た。

 今日は、彼氏として澪の家族に紹介されることになる。


 ――うん、帰りたい。


 だが、ここまでおぜん立てされたのだ。

 帰るわけにはいかない。

 ぼくはリビングに連れていかれた。

 そこには、朝比奈家の面々が勢ぞろいしていた。


「父の太郎です」

「母の花子です」

「弟の三郎です」

「本人の澪です」


 一斉に自己紹介をされた。

 面食らっていると、澪が目配せをして来た。

 そう言えば、一つ目の目的は『彼氏』の紹介だった。


「初めまして。澪さんとお付き合いさせていただいている、佐藤凪です」


 出来る限りしっかりした声で、ぼくは言った。

 四人の視線が集まってくる。


「それにしても、格好いいじゃない」

「イケメンや。イケメンが我が家におる」


 澪の両親が感想を言う。

 概ね好評のようで、一安心だ。

 ここまでやって悪く言われたら、立ち直れない。


「ところで、いつから付き合っているのかな?(朝比奈父)」

「中間テストが終わったあたりですね。テスト前は部活動が休止されていたので、一緒に勉強をしていました。その時に意気投合し、付き合うことになりました」

「お互いに、どのように呼び合っているの?(朝比奈母)」

「互いに名前を敬称なしで呼んでいます」


 想定される問題に対して、予め用意した回答をしていく。

 高校入試の時の面接がこんな感じだったな。


 ――付き合ってもない人の家族を相手に、何をしているんだろうな。


 そんな思いがよぎった。

 だが、面談はつつがなく進んでいく。


 そして――。

 一区切りついた辺りで、澪の弟がふと漏らす。


「どこかで聞いたことがある声……。あ、そうだ。姉ちゃんの部屋から聞こえてくる声だ」

「澪の部屋から?」


 ぼくの声を編集でもしているのだろうか。

 そう思っていたのだが、話は思っていたよりもディープだった。


「目覚まし時計とか、色々な所に使われている」

「色々な所って……」

「部屋に入ると『お帰り』って声が流れたり――」


 弟君の言葉は、途中で止まった。

 いつの間にか、澪は弟君の背後に回っていた。

 そして、爪を喉元に突きつけながら、耳元で何かを囁いている。

 弟君は、無言のまま首を縦に振っていた。

 何これ、怖い。暗殺者のやり口だろ!


「もう、これくらいでいいでしょ?」

「そうね。大体満足したわ」

「またいつでも遊びに来てくれ」


 澪の両親が親切に言ってくれた。

 ぼくに対しても、好意的に接してくれている。

 でも――。


 ――偽物の彼氏なんだけどな。


 彼らを騙していることに、少しだけ罪悪感を持った。

 これは、このままにしておいていいのだろうか。

 放置しておくと、後で面倒なことになる気がする。


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