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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第4章 桐島エリスの消失

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桐島エリスの消失①:氷の姫君、軟禁される

 桐島先輩が学校に来なくなってから、一週間が経過した。

 学校には『家庭の事情』で欠席するという連絡が来ているらしい。

 桐島家のお嬢様なのだから、様々な家の事情があることだろう。

 そこは疑われず、学校では騒ぎにならなかった。


 先輩が、どこで何をしているのか。

 少しだけ気になっていたが、探したりはしなかった。

 家庭の事情とやらに他人が踏み込むべきではないだろう。


 だが――事はそう単純なものではなかった。


     ×××


 この日、先輩の関係者がぼくの家を訪ねて来た。

 家に帰ると、家の前にメイドさんがいた。

 メイドさんである。

 エプロンドレスに身を包んだ、まごう事なきメイドさんである。

 己の生み出した幻覚か。

 まさかぼくの深層心理にメイド萌えが存在したとは。

 そう思いもしたが――実際にそこにいた。

 非実在メイドではなく、実在するメイドだった。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「え?」


 ぼくはメイドを雇った覚えはない。

 何事かと思ったが、よく見たら秋山さんだった。

 秋山公子――桐島家に雇われた使用人だ。

 文藝部からぼくの家に本を運んだ時に、軽トラを運転していた人。


「冗談です」

「冗談って。その恰好は――」

「佐藤様の趣味に合わせてみました」

「そんな趣味はありませんが!?」

「冗談です。そして、念のため申し上げておきますが、私の趣味でもありません。断じて」


 断じて、の部分に力が入っていた。


「それで、その恰好はどういうことなんですか?」

「まずは、部屋の中に入れていただけませんか? ここは人目に付きます。私を辱めたいというのであれば、嫌々お付き合いしますが」

「どうぞ、中へ!」


 秋山さんを家の中に入れる。

 我が家に、メイドさんを連れ込んでしまった。

 何だか、超えてはいけない一線を越えてしまったような気がする。


 まぁ、冗談はここまでにしておいて――。

 この人が来るのは、本を運び込んだ時以来だ。

 時折先輩の家には来ていたらしいが、詳しくは知らない。


「それで、お話というのは?」

「エリスお嬢様に頼まれて、鍵をお渡しに参りました」


 秋山さんは、鍵をぼくに手渡した。

 これは『秘密の部屋』の鍵だ。

 ぼくも同じものを持っている。

 だから、先輩が持っているままでも問題ない。

 それを敢えて渡したということは――。


「先輩は、もうここに来る気がないということですか?」

「おそらくは、そういう意味かと。それと、お嬢様からの伝言です。『この部屋にあるものは、自由にしていただいて構いません。ただ、押し入れにある物だけは改宗させていただきます』だそうです」

「物まねする必要ありました?」

「そちらの方が伝わるかと思いまして」


 何だか、メイド服バージョンの秋山さんは、ノリがおかしい。

 そのあたりに言及したら、怒るだろうか。

 それよりも気になるのが――。


「押し入れにあるもの?」

「はい。あの部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

「それは、構いませんが」


 ぼくは秋山さんを『秘密の部屋』に案内した。

 部屋の中を見た秋山さんは、ほんの一瞬目を見開いた。


「前より悪化……いえ、個性的になっていませんか?」

「そうですね……」


 制限のなくなった先輩が、次々と持ち込んできたのだ。

 この部屋に来ないなら、引き取って欲しいのだが――。


「それでは、失礼します」


 秋山さんは、押し入れを開けた。

 そして、そこから封筒を取り出した。

 A4サイズくらいのもので、それなりに厚みがある。

 一体、何が入っているのだろうか。


「なんですか、それ」

「私も中身は知りません。ただ『中を見ることなく確保してほしい』と仰っていました」

「……こっそり開けてみるというのは」

「駄目です」

「ですよねー」


 中身は気になるけれど、まぁいい。

 それよりも、この機会に先輩の現状について聞いておくことにしよう。


「桐島先輩は、どうしているんですか? どうして突然いなくなったのですか? 学校にも来ていませんし」


 あの時ぼくが拾った本――『未だ熟せず』。

 あれに、何らかの原因があるのではないかと思っていたのだが――。


「エリス様は今、家に『幽閉』されています」

「幽閉?」

「この家に入り浸っていることが、父親である桐島権蔵にバレました。同時に、この部屋の存在もバレてしまいました」

「この部屋……」


 ぼくは改めて部屋の中を見回す。

 18禁の本。

 美少女の姿のフィギュア。

 タペストリーやポスター。

 うん、酷いな。


「どこまでバレたんですか?」

「どこまで、と仰いますと?」

「ただの漫画部屋だと思われているのか。それとも、過激な漫画や小説が沢山ある部屋だとバレているのか」

「全てです」


 端的な答えだった。

 だが、その端的さが自体の深刻さを物語っていた。

 委細漏らさず。問題ないところから致命的な所まで。

 その全てがバレてしまっている。


「でも、どうやって調べたのですか? この部屋の中身は、ぼくと桐島先輩と秋山さんしか知らないはずです」

「私が話しました」


 躊躇なく、秋山さんは答えた。


「何故ですか?」

「そうしなければ、佐藤様の立場が悪くなっていました」

「ぼくの?」

「お嬢様は、ここで卑猥なコンテンツに耽溺しています。それが佐藤様に強いられているものであるなら、桐島権蔵は佐藤様をただでは済まさないでしょう。その義姉である佐藤綾香様のお仕事にも、影響が出るかもしれません。ですから、お嬢様の意思であること、佐藤様は巻き込まれただけであることを伝えました」


 何をされるか分からない。

 だから、事実を話した。


「……ぼくのために」

「お嬢様のためでもありました。この件で佐藤様に害が及ぶようであれば、お嬢様は気に病むことになります。ですから、この件でお嬢様が私を恨むということはあり得ません」

「でも、趣味はバレてしまった」


 バレた相手は、先輩の父親だ。

 こういう趣味は、特に身内には知られたくないだろう。


「以前もあったのです」

「え?」

「お嬢様の趣味が桐島権蔵にバレてしまったことがありました。あの時、お嬢様は傷つきました。私達はお嬢様のために尽力したのですが、それでも足りなかった」


 予想はつく。

 先輩は、自宅でも安心することが出来なかった。

 一人暮らしであるはずなのに、勝手に入られ、調べられた。

 だから、ぼくの家に入り浸るようになった。

 それほどまでに厳格な家なのだろう。

 漫画やアニメなどの趣味は有害認定されるに違いない。

 ましてや、過激な表現のあるものはなおさらだ。


「あの、それじゃあ、桐島先輩は、自分の意思で出ていったわけではないのですか?」

「全ては、桐島権蔵様が決められました」


 桐島権蔵――桐島先輩の父親。

 日本に大きな影響を持つ桐島重工の社長。

 彼の意向には、桐島先輩も逆らえないのだろう。


「あの方は恐ろしい方です。あの方は、自らの欲望のためにエリス様を利用するおつもりなのです」


 ぼくの脳裏に『政略結婚』というワードが浮かんだ。

 見目麗しいお嬢様――政略結婚にはこの上ない人材だ。

 だが、それで先輩は幸せになれるのだろうか。

 父親の都合で結婚をさせられる。

 それが彼女の幸せなのだろうか。


「ぼくに出来ることはありますか?」


 相手は、桐島重工の社長だ。

 ぼくごときに何か出来るとも思えない。

 だけど、気が付けばそう尋ねていた。

 先輩のために、何かしたいと思っていた。

 だけど――。


「……さぁ?」

「さぁ!?」


 おいおい、いくらなんでも、そりゃないだろう。

 ちょっとだけ覚悟を固めて尋ねたというのに。


「あくまでも、部屋からこの荷物を引き上げるついでにお話ししたまでです。佐藤様に何かをしていただくということは期待していません」

「……そうですか」

「ですが、何もするな、ということでもありません」

「え?」

「佐藤様には伝えておいた方がいいように思えたのです。何も知らないまま全てが終わってしまうというのは、佐藤様のためにもお嬢様のためにもならないと考えました」


 秋山さんは言った。

 おそらく、ぼくが何らかの行動に出ることを期待しているのだろう。

 でも、これは、家庭の問題だ。

 ぼくが何かをしたとして――。

 現実的に考えて、それが迷惑にしかならないことも考えられる。

 この問題に介入する資格はぼくにはない。

 桐島先輩とぼくの関係は、ただの先輩と後輩でしかないのだ。


「秋山さんは、何かしないのですか?」

「私には何もできません。私は一介のメイドでしかありませんから」


 一介のメイド。

 すごく気になる単語だ。

 自分の意思でメイド服を着ているわけではないとは言っていた。

 だが、もしかしたら気に入っているのかもしれない。


「既にエリス様の担当も外されています。このメイド服は、桐島家の一般使用人の制服です。私以外にも、この服を着ている使用人は沢山います」


 秋山さんは、釘をさすように言った。


「それでは、私は失礼します」


 秋山さんは、帰って行った。

 軽トラだった。

 メイド服に軽トラ。

 似合わないにも程があった。

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