消えたUSB⑦:氷の姫君、顛末を聞く
さて――。
突然だが、こんな疑問を持ったことはないだろうか。
『推理小説の探偵役は、何故やたらと謎を解きたがるのか』
そうでないと物語にならないから、というのがメタ的な回答だろう。
では、キャラクターの思想信条を基に考えると、どうなるだろうか。
謎解きのモチベーションは、何を基にしているのだろうか。
難しい謎を解きたければ、数学の問題でも解いていればいい。
推理をしたければ、推理小説を読めばいい。
だが、彼らはそれでは駄目なのだ。
フィクションでは満足できない。
難しい謎を解いても満足できない。
実在の事件でなければ満足できない。
興奮出来ない。
やる気になれない。
それは何故か? 何が違うのか?
実在の事件には、どのような『価値』があるというのか。
答えは――解決できた時の『賞賛』だ。
推理を披露し、頭の良さを称賛されたいのだ。
探偵が最も興奮するのは、推理を披露する時なのだ。
解決編で小洒落た演出をするのも、それが理由であるに違いない。
さて、何故ぼくがこのような話をしたのか。
その答えは簡単――今回、ぼくは『解決編』をしていないのだ。
USBを見つけたことについて。
そして、敢えて脅迫状の犯人の思惑通りに動いたことについて。
筋道だった推理を披露していない。
これでは、不完全燃焼だ。
というわけで――。
「それでは、今回の事件の顛末を委細漏らさずお話しします」
ここからが真の解決編。
あるいは、ぼくの自己満足だ。
×××
桐島先輩は、いつも通りソファーに腰かけている。
最初から、先輩にはすべて話すことになっていた。
もっとも、前田先生が姉さんだということはぼかすつもりでいた。
先程そこで遭遇してしまった以上、その必要はなくなったけれど。
「まず、USB紛失事件の前にも、職員室では色々と事件が起きていました。先輩も以前体験したことがありますよね?」
「スマホの入れ替わりですか?」
「そうです。職員室に預けてあったスマホが、入れ替えられていた。犯人は、ちょっとした悪戯のつもりでやったのでしょう。職員室では、他にも様々な『悪戯』が行われていました」
中身が残ったコップが倒れている。
共有フォルダのファイルが消えている。
机の上に置いてあったはずの書類がなくなっている。
職員室では、このような事件が起きていたらしい。
どれもが、本人の不注意で終わりそうなものだ。
「その悪戯によってもたらされた被害は、大きなものではありません。どれも、取り返しがつくものばかり。本人の不注意だと考えられるようなことばかり。騒ぎになったとしても、大したことにならないラインを見極めたうえで、悪戯で済む程度のことをしていたんです」
「今回も同じということですね」
「はい。USBの紛失は大変な事件です。何せ個人情報が入っていますから。それくらいは誰でも分かります。では、それを踏まえた上で、USBをどうすれば悪戯の範疇で終わらせることが出来るでしょうか?」
「ずっとロッカーの中に入れておく、ということでしょうか?」
「はい、その通りです。それなら、見つかった時に所有者、管理者の過失ということで、騒ぎになりません。その推理に基づき、ぼくはロッカーの中を調べました。一段引き抜いて、ロッカーの底の部分を確認したところ、そこにありました」
これが、USBを見つけるまでの推理だ。
ぼくが考えていた、本当の筋道だ。
だけど、あの時は『偶然見つけた』と言ってごまかした。
「底を調べてそこにあった、というわけですね」
「洒落を言ったわけじゃないですからね!」
「はい」
「通常であれば、これで終わりです。犯人は誰だか分からないまま、これで終わっていました。ですが、今回は別の要因がありました」
「別の要因……」
先輩は考え始めた。
「脅迫状ですね」
「そうです。脅迫状は、明らかにやり過ぎでした。個人情報流出に基づく脅迫――悪戯では済まされません。明らかに、これまでの犯行とは傾向が違います。これまでのものは、物を少し移動させる程度のものでした。しかし、今回はわざわざ脅迫状を作って、それを掲示板に貼っています」
悪戯犯にしては、行動力があり過ぎる。
今回だけの例外――と考えられないこともない。
だが、そうでないとしたら。
「何故犯人はそんなことをしたのか。ぼくはそう考えました。でも、問いが間違っていることに気づきました。傾向が違う、逸脱している。だとしたら、脅迫状だけは別に犯人がいるのではないかと考えました。そして、実際にいました」
問題は、何故犯人はそんなことをしたのか、ということだ。
脅迫状を出すことで、何が変わったのか。
それについては、予想がついていた。
そして、それが正しかったことは確認した。
「脅迫状を貼った犯人の目的は、事件を警察沙汰にすることでした」
「警察沙汰に?」
「職員室内で起きている数々の事件は、調べたところで証拠はありません。警察のように指紋をとったり、それを照合したりすることも出来ません。ですから、警察にやってもらおうとしたのです。ただ、学校というのは警察の介入を嫌がります。よほどのことがない限り、警察を呼んだりはしないでしょう。だから、脅迫状を作り、警察を呼ばざるを得ない状況を作り出した」
「事件をちゃんと調べるために、敢えて大ごとにしたという訳ですね。でも、それでも警察を呼ばないという可能性もあったのではないですか?」
「あったと思います。ただ、脅迫状は生徒たちの目が触れる掲示板に貼られていました。生徒たちから、その保護者たちに情報は流れるでしょう。個人情報流出騒ぎになります。そうなってから警察に介入を頼むのでは、対応が後手になったと批判されます。だから、学校としても警察を呼ばざるを得なくなる。それが犯人の意図だとぼくは思いました」
あの脅迫状は、脅迫をするためのものではなかったのだ。
むしろ、警察の介入を促すためのものだった。
「はい。では、それをやったのは誰か。真っ先に思い当たったのが、ぼくの義姉――前田先生でした」
これに関しては、状況証拠が多すぎた。
だから、すぐに分かった。
「脅迫状を回収したのは前田先生です。そして、前田先生は脅迫状と一緒にあった名簿をシュレッダーで細断しました。何故そんなことをしたのか。答えは、名簿はデタラメだったからです。当然ですよね。本物のデータを使ってしまえば、それは本物の個人情報の流出なのですから。というわけで、脅迫状の犯人は前田先生です。先ほど、本人にも確認しました」
先ほどのやりとりは、この確認のためだった。
犯人である義姉さんからの自白。
これ以上ない証拠だ。
「だから、ぼくは先ほどまでの推理を誰にも話さなかったんです。脅迫状を出した犯人がこれまでとは別人ということになれば、ぼくでなくとも前田先生を疑うことになります。だから、そうならないようにしました。推理を披露すれば、脅迫状を出すという行為が、これまでの悪戯を逸脱していることを悟られてしまいます。ですから、推理の披露も出来なかった。USBを見つけたのも偶然ということにしておきました」
「身内だものね」
「はい」
不完全燃焼だった。
だからこそ、先輩に聞き手をしてもらっているのだ。
「結局、警察を呼ぶ前に、犯人は名乗り出ました。先ほど姉から聞いたところ、犯人は図書室の司書だったそうです」
「司書?」
図書室の管理をしている人だ。
「動機は、この学校が嫌いだから。というよりは、職員室の人間関係が終わっていたから、ということだったそうです。『裏では悪口を言っているのに、表面上仲良くしている振りをしているのが気持ち悪い』と言っていたそうです」
「そうなのですか?」
「うちの高校では、図書室の司書は、非正規雇用です。要は、一般教員に比べて、立場は弱い。だから、沢山の職員が、自分の意見に同調させようとしてきたそうです」
「世知辛い話ですね」
「ただ、どこまでが本当だかは分かりません。供述した内容が、学校に通報をためらわせるための虚偽かもしれませんし。単に、不和の種をまくことを趣味としていただけかもしれません。本当のところは、分かりません」
「それは、そうですね」
内心なんて、分かるはずがない。
分かった気になることは出来るかもしれないが。
「それで、司書は他にも色々やらかしていたそうです。おそらく、先輩のスマホを入れ替えたのも、あの司書の仕業です」
「あら、そうなの」
「それに、澪に仕事が押し付けられていた件についても、司書はある程度気づいていた可能性があります。その上で『そんなに時間はかからない』と言っていたのです。そう言っておけば、澪が責められることになるから。それが面白いから。その後、ぼくが返却本を隠しなおして大量の督促が出た時も、あの人は何が起きているのか分かっていた。少なくとも、何か異常事態が起きていることは分かっていたはずです。それなのに、督促状を貼りだした」
一人で、随分とやらかしてくれた。
司書がやったのは、状況を悪くするための一手。
ただ、それだけだ。
それでも、問題はどんどん大きくなっていった。
「以上が、事の顛末です」
「そう。お疲れ様」
先輩は拍手をしてくれた。
これで、不完全燃焼部分はなくなった。
×××
推理の披露が終わったのち、ぼくたちはいつものように過ごした。
秘密の部屋で漫画や小説を読み、だらだらとした時間を過ごした。
今日は色々とあったせいか、勉強を見てもらう気にもならなかった。
そうしていると――先輩が、声をかけてきた。
「凪。一つ、確認したいことがあるのですが」
「何ですか?」
「あの時『未だ熟せず』という小説が床に落ちた時。凪は、あれを自分のものだとおっしゃっていましたね?」
「ああ、そうでした」
忘れていた。
あの本を返さないといけないな。
ちょうどいいから、今返してしまおう。
ついでに、感想も伝えてしまいたい。
そう思っていたのだが――。
「あれは、本当に凪のものだったのですか?」
「……え?」
あの時、先輩は『私の――』と言っていた。
そして、動揺して去って行ってしまった。
状況から考えれば、あれは先輩の所有物であるはずだ。
だが――。
今の質問は、それと矛盾する。
あれが桐島先輩のものなら、今の問いは出てこない。
「あれは、桐島先輩のものなんじゃ……」
「それは――」
先輩は目を反らした。
また、うっかり何かをやらかしてしまったのかもしれない。
だけど、この件については、更に何かがあるとは思えない。
「違います。アレは、私が落としたものではありません」
「そうなんですか」
結局、この話はここで打ち切りとなった。
疑問は大いに残っている。
だが、先輩が違うと言っているのだ。
これ以上話をしたところで、何の意味もないだろう。
この後、ぼくたちはこれまでと同じように過ごした。
夜遅くなってから、先輩は自宅に帰った。
そして――。
翌日以降、先輩はぼくの家に来なくなった。
それだけではなく、学校にも来なくなっていた。




