消えたUSB⑥:偏愛義姉、遭遇する
結局、犯人の女性は校長室に連れていかれた。
教頭、桜井先生、前田先生も一緒だ。
これで事件は終了。
ぼくは職員室を出た。
家に帰ると、姉さんからメールが来ていた。
ぼくに用事があるので、今日はこの家に寄るらしい。
面倒ではあるけれど、事前に連絡をしてくれるだけマシだろう。
ぼくはとりあえず、桐島先輩に今日は家に来ないよう連絡した。
姉さんは、七時過ぎにやって来た。
連絡があったので、夕食は準備しておいた。
とはいっても、冷凍食品ばかりだ。
ぼくに桐島先輩のような料理スキルはないのだ。
それでも、姉さんは「凪の料理は最高だね」と言ってくれた。
「全部冷凍ものだよ」
「凪ちゃんの愛情が入っているから、美味しいんだよ」
「そんなものは1gも入っていない。企業努力の賜物だ」
姉さんとは、食事の後に少しだけ雑談をした。
漫画の仕事は順調で、今度3冊目の単行本が出るらしい。
打ち切られる心配はないと、嬉しそうに言っていた。
ついでに、またモデルをやってくれるよう要求をしてきた。
ぼくは断固として、それを拒否した。
そんな話をした後――。
姉さんは『本題』に入った。
本題と言っても、大したことではない。
ただの簡易報告だ。
その話は五分程度で終わってしまった。
「これ、電話でよかったんじゃないか?」
「来たかったから来たんだよ」
そう言って、姉さんはソファーでだらけ始めた。
この家には、人をだらけさせる何かがあるのだろうか。
そう思い、口にすると――。
「そりゃあ、凪ちゃんでしょ」
姉さんはそう言った。
その手には、ゲームのコントローラーがある。
「凪ちゃんが甘やかしてくれるから、私はここに来るんだよ」
「ぼくのせいだとでも?」
「凪ちゃんのせいじゃないよ。凪ちゃんのおかげってだけ」
「同じじゃないか!」
「違うよ~」
「何が違うんだよ?」
「……ニュアンス?」
反論するのは諦めた。
「それよりも、凪ちゃん。久しぶりに、一緒にゲームをやろーよ」
「はいはい」
姉さんはゲーム機の電源を入れた。
そして、有名なレースゲームを選択した。
これは、アイテムを使って加速や妨害をすることが出来るゲームだ。
運転技術だけでなく、駆け引きも重要となってくるものだ。
時として、駆け引きの末に友情が破壊されることもあるとか。
まぁ、ぼくには一緒にやる友達が――。
――今は、いるのか。
そう思うと、少し心が温かくなった。
その内、先輩と一緒にこのゲームをやってみよう。
あの先輩なら、怒って気まずくなるなんてことはないはずだ。
多分。ないよね?
「始まるよ」
「ああ、うん」
ぼくはコントローラーを手に取った。
その時、ようやく思い出した。
姉さんはゲームが異様に上手いのだ。
本気を出した姉さんに、ぼくは一度も勝ったことがない。
とはいっても、これは最新のゲームだ。
いくら姉さんでも、練習をする間がなかっただろう。
これなら、勝ち目があるのではないだろうか。
×××
ゲームを始めてから三十分が経過した。
ぼくはまだ一勝も出来ていない。
綾香姉さん――このゲーム、やり込んでいるな。
忙しいはずなのに、どうやって時間を作っているのだろうか。
少し不思議に思ったけれど、今はそれどころではなかった。
このままでは、ボコボコにされて全てが終わってしまう。
このゲームは、プレイヤーの技術がものを言う。
熟練プレイヤーに勝てる可能性は低い。
だが――。
ここに来て、ようやく勝てそうな状況がやって来た。
姉さんのキャラクターは、ぼくの一つ前の順位にいる。
それにめがけて、攻撃アイテムを投げつけた。
アイテムは見事命中し。姉さんの車はクラッシュした。
「あ、何で私に攻撃するの~」
「ぼくの前にいるからだけど」
「だったら、他の人を攻撃してよ~」
「断る」
姉さんの順位は、みるみる下がっていく。
初めてゲームで姉さんに勝てる。
ぼくは勝利を確信していた。
「だったら、私も凪を攻撃するからね~」
そう言ったものの、姉さんはアイテムを持っていない。
反撃能力がないことを見極めたうえで、ぼくは攻撃をしていたのだ。
ぼくの勝利は揺るがない――そのはずだったのだが。
「えい」
姉さんは、物理攻撃を仕掛けてきた。
無駄に大きな胸を、ぼくの顔に押し付ける。
やわらかな物体に視界が隠され、画面が見えなくなってしまう。
「邪魔するなよ!?」
「攻撃~」
「現実で物理攻撃をするのは止めろ!」
身体をずらして画面を見ると、ぼくの車はコースアウトしていた。
皇族の車が、次々とぼくを抜かしていく。
ほんの数秒で、順位は後ろから数えた方が速くなってしまった。
最後のアイテムは弱いものしかない。
ここから逆転できる可能性はゼロだろう。
だったら――。
「よくもやったな」
ぼくはコントローラーを置いた。
そして、姉さんの身体をくすぐった。
姉さんは昔から、くすぐられるのが弱いのだ。
「あはははっはは」
姉さんは、くすぐられて笑った。
息も絶え絶えになるほどだ。
「ちょ、止めて。これ以上は、無理」
「駄目だ」
姉さんソファーの上で転げ回っていた。
ぼくはソファーの前に位置取り、転落だけは防止する。
だが、そのせいで姉さんは逃げ場を失った。
それを三十秒ほど続けると、姉さんは「降参」と言った。
まぁ、いいだろう。
正直なところ、止め時を見失って困っていたのだ。
ぼくはくすぐるのを止め、姉さんから手を放した。
姉さんは呼吸を荒げながら、ソファーの上でぐったりしていた。
服が乱れ、色々な所が大きく露出している。
「これに懲りたら、反省しろ」
そう言って、ぼくは手を離す。
すると、息も絶え絶えの姉さんが、ゆっくりと起き上がった。
少しの間呼吸を整え――その後、おもむろに告げた。
「今日は、色々と助けてくれて、ありがとう」
その言葉の意味は、分かっている。
「別に、大したことはしていないよ」
ぼくはそう答えた。
少しすると、スマホのアラームが鳴った。
姉さんは少しだけ寂しそうにしていた。
「残念、帰る時間だ」
「送ろうか?」
「いいよ、一人で帰れるから」
そう言って、姉さんは上着を羽織った。
そして、荷物を持って玄関に向かおうとしたのだが――。
「姉さん」
ぼくはそれを呼び止めた。
姉さんは、振り返ってぼくを見る。
「帰る前に、ちょっとだけいいかな?」
「何?」
「『脅迫状』の件だけど、あれやったの、姉さんだよね?」
唐突な言葉に、姉さんは目を丸くした。
だけど、すぐにぼくの意図は伝わったらしい。
「やっぱり、分かった?」
姉さんは、悪戯がバレた子供のような顔をした。
この人は、こういうことを平気でやる。
「それじゃあ、また明日」
そう言って、姉さんは家を出た。
そこで――桐島先輩と遭遇していた。
×××
「あれ、どうしてここに?」
桐島先輩は驚いているようだった。
そりゃそうだろう。
先輩は、この家で姉さんを見ていないのだから。
声は聴いていても、姿は見ていないのだ。
「私は、ここに住んでいる佐藤凪の姉なんだ」
姉さんは、瞬時に外面モードに切り替わる。
爽やかな笑顔と作った声で、先輩に説明をした。
「君は、二年生の桐島エリス君だったね」
「はい」
「凪をよろしく頼むよ」
「はい、任せてください」
桐島先輩の答えを聞き、姉さんは眉を顰めた。
「この様子だと、以前から凪と親交があったのか?」
「あ……」
桐島先輩が固まった。
この人は、アドリブに弱いのだ。
「この件については、後で詳しく話を聞かせてもらいたいところだね。いや、今からでも――」
「姉さん!」
ぼくが介入する。
「明日も仕事なんだから、早く帰れ」
「ああ、分かっている。だが、くれぐれも間違いを犯さないように」
「はいはい」
「犯すときは姉さんと――何でもない」
姉さんは渋々帰っていった。
その後姿をぼくたちは見送った。
先輩は驚いているようだった。
「先輩、お帰りなさい」
「ああ、ただいまです。それよりも――驚きました」
それはそうだろう。
あの人は、ぼくの家の中でだけ別人のようにだらける。
「まさか『前田先生』が佐藤さんのお姉さんだったとは」
そう。
前田先生は、ぼくの姉――前田綾香だ。
学校では、凛々しい姿を見せている王子様。
だけど、家ではだらしのないダメ人間。
「言われてみれば、顔が似ているような気がします。でも、名字が違うんですね」
「そうですね。ぼくたちの両親は、再婚をしました。でも、姉さんは名字を変えなかったんです」
ただし――。
ペンネームとして佐藤綾香を使っている。
教師・前田綾香。
漫画家・佐藤綾香。
この二つの顔を姉さんは持っている。
まぁ、後者は知られないほうがいいだろう。
学校に許可はとっているが、身内以外には言わないようにしている。
教師が漫画家をしているとなると、騒ぐ人間が出てくるだろう。
「それじゃあ、家の中で甘えていたのは――」
「忘れてあげてください」
「はい」
先輩は苦笑した。




