消えたUSB④:学園王子、アドバイスをする
犯人を捕まえる――というのは、簡単なことではない。
今回のような窃盗事件では、手掛かりはほぼゼロ。
職員室内に監視カメラでもあれば話は別だが――。
「ないよ」
前田先生は、あっさりと言った。
まぁ、ないのが普通だろう。
期待はしていない。
「それじゃあ、どうやって調べるんですか?」
「それは君が決めてくれればいい」
ぼくが決めるって……。
そんなことを言われても、どうしようもない。
警察のような科学捜査が出来るわけでもないのだ。
そもそも、ぼくは「以上です」と言ったのだ。
あれは「これ以上は、警察を呼んでください」という意味だったのに。
「どうしてこんなことに……」
「無理なら無理だと言ってくれていいよ」
前田先生が言う。
だったら、最初からぼくの調査を提案しないでほしい。
この流れで「無理です」とは言いにくい。
教頭に対して色々と言ってしまった手前、即時撤退は避けたいところだ。
「それじゃあ、とりあえず、桜井先生に話を聞かせてもらいたいと思います」
×××
調べ物の基本は、情報収集だ。
そこで得られた情報を使って、結論までたどり着く。
あるいは、結論に近づくためのするべきことを探す。
それは事件の捜査でも変わらないはず。
というわけで、まずは桜井先生に話を聞くことになった。
桜井先生は、自席で真っ白に燃え尽きていた。
「悪いな、佐藤。こんなことに巻き込んで」
「いえ、どちらかというと、巻き込んだのは前田先生ですし」
「ああ、そうだな。それで、事件のことを話せばいいのか?」
「はい、お願いします」
桜井先生は、覇気のない声で話しはじめた。
「職員が使うUSBは、共有の鍵付きロッカーに入れて保管することになっているんだ。そこのロッカーな」
桜井先生は、ロッカーを指さした。
ありふれた金属製のロッカーだった。
三段の引き出しがあり、右上には小さな鍵穴があった。
「鍵は一つだけですか?」
「そのはずだよ」
「鍵の管理は誰が?」
「教頭先生がしている」
「教頭先生が?」
「うん。でも、鍵は関係ないと思うぞ。勤務時間内は、ロッカーは開けっ放しだから。こんな緩いセキュリティでは、鍵がかかっているかどうかなんて、問題にならないだろう?」
そのとおりだ。
今回は、たまたま桜井先生が被害に遭った。
でも、誰が被害に遭ってもおかしくない。
ただ――。
「いつ盗られたのかを把握するために、少しは参考になるかと思います」
「あー、そだねー」
先生は軽い調子で言った。
まるで、自分は関係ないと言わんばかりだ。
既に、心は退職済みなのかもしれない。
「あの、先生。大丈夫ですか?」
「千の風になって、どこかに飛んでいきたい」
「駄目っぽい」
早く何とかしないと、本当に教師を辞めてしまいかねない。
この人は、悪い先生ではないのだ。
辞めたら悲しむ生徒がいるはずだ。
桐島先輩とか。他にも、多分いるはず。
いるよね? いるといいな。
「そもそも、どうして桜井先生が責められているんですか?」
「どういうこと?」
「そこのロッカーに入れておいたUSBがなくなったんですよね? だとしたら、責任を問われるべきは教頭なのでは?」
数人の教師が反応した。
彼らも分かっているのだろう。
だが、立場上言えないだけなのだ。
「ロッカーは適切に管理されていた」
教頭が口を挟んできた。
この人、どこかに行っていてくれないだろうか。
そう思ったが――。
考えてみれば、鍵を管理している以上、この人も事件当時者だ。
折角いるのだから、この人からも情報を貰うことにした。
「適切? 具体的にはどのような管理を?」
「鍵が掛けられている」
「勤務時間内は、鍵がかかってないんですよね?」
「職員たちの目がある」
「四六時中見張っているわけではないですよね? 内部にいる悪意ある犯人に対しては、無意味です」
教頭が睨みつけて来た。
だが、そんなものをイチイチ気にしていられない。
さて、他に何を聞いたものか――。
「桜井先生は、誰が怪しいと思っていますか?」
「え?」
「犯人はこの中にいます。ですから、この中で最も犯行に及びそうな人を教えてください」
「そ、それは分からないな」
先生は目をそらしながら言った。
犯人の心当たりはあるけど、証拠がないといった感じだろう。
ただ、ここで口にすると問題になるので、言えないのだ。
後でもう一度聞いてみることにしよう。
「教頭先生はどう思いますか?」
「私か?」
「はい。誰が犯人だと思います?」
「そもそも、これを窃盗事件だとは思っていない。これは紛失事故だ」
「ですが、脅迫状が貼られていました。USBは盗まれた。これは確定です。その前提で考えてください。誰が犯人だと思いますか?」
「見当もつかない」
「そうですか」
まぁ、予想の範囲内。
それどころか、予想通りの回答だ。
そういえば、今ので思い出した。
「脅迫状はどうしました?」
「それなら、ここにあるよ」
前田先生はクリアファイルに入った脅迫状を取り出した。
あの時見たのと同じで、これといった特徴のないA4コピー用紙だ。
文字も明朝体で、変わったところは一つもない。
「名簿もついていたと思いますけど」
「そちらについては、シュレッダーにかけさせてもらったよ」
「え? なんでそんなことを……」
「個人情報だからね。使わない個人情報は、即座に破棄すべきだ」
使わない個人情報は、即座に破棄する。
それは原理原則であり、正論でもあるのだろう。
だけど、あの名簿は脅迫文と一セットだ。
脅迫の証拠の一つとなる。
もしかしたら、何か手掛かりが得られたかもしれないのに。
「破棄は、前田先生がしたのですか?」
「そうだよ」
「人目につかないように保管できるなら、破棄は必要なかったんじゃないですか?」
「いつまでも残しておくわけにも行かないだろう」
前田先生は、平然と答えた。
実物が存在すると困る事情でもあったのだろうか。
考えてみたが、何思い浮かばなかった。
ぼくは大きく息を吐いた。
何だか、行き詰ってしまった感がある。
「……情報が少なすぎる」
「おや、そうかい?」
「そうですよ。推理をしようにも、手掛かりがありません。このままでは、全く進みません」
「ふむ」
前田先生は腕を組む。
「だったら、少し考え方を変えてみてはどうかな?」
「考え方を変える?」
「視点を変えてみるのだよ」
視点を変える。
確かに、それはアリだ。
では、誰の視点で考えればいいだろうか。
それは勿論、犯人の視点だろう。
もしもぼくが、この事件の犯人だったら。
何のために、この事件を起こすだろうか。
USBを何のために盗むだろうか。
生徒の個人情報――正直、いらない。
売却しようにも、売却する相手がいない。
脅迫状が貼られたりもしていたが、どうでもいい。
仮説――。
この行為に、悪戯以上の意味は存在しない。
悪戯。
その言葉に、思い至ることがあった。
それは、桐島先輩のスマホ入れ替え事件だ。
スマホを壊したりするのではなく、ただ入れ替えた。
ケースを勝手に交換し、所有者を混乱させた。
これもまた、ただの『悪戯』と言える。
あの事件も職員室で起きた。
職員室で保管されている間に起きた。
もしも犯人が同一人物だとすれば――。
ぼくはもう一度、引き出しを開けた。
桜井先生のUSBは、やはり引き出しの中にはないようだ。
「そこは何度も探したよ」
桜井先生が言う。
確かに、ロッカーの引き出しの中は探したのだろう。
だけど、こういうロッカーにはまだスペースがあるのだ。
ぼくは、引き出しを少しだけ持ち上げ、ロッカーから引き抜く。
すると――。
ロッカーの底の部分に一本のUSBメモリがあった。
紫色のスケルトンのUSBだ。
「これじゃないですか?」




