消えたUSB③:学園王子、提案する
USB紛失事件。
ぼくは、この事件に関わるつもりはなかった。
というより、あらゆる事件に関わるつもりはなかった。
かかわったところで、澪を心配させるだけだ。
だが――。
「はい、今日の出席番号は――出席番号? ああ、違う」
桜井先生は、ボロボロになっていた。
紛失したUSBは桜井先生のものだった。
情報筋の生徒によると、桜井先生は職員室で責められているらしい。
この情報、どうやって手に入れているのだろうか。
気になるところではあるが、それよりも――。
「ああ、もう辞めたい」
口から魂が抜けそうになっている桜井先生が心配だった。
やる気がないが、やることはやる。
明るい性格と距離感が人気の先生だったのに。
その明るさは消え失せていた。
心ここにあらずと言った様子で、魂が抜けていた。
授業中には、何度もミスをしていた。
ここまで憔悴した先生を見るのは初めてだ。
×××
この日、ぼくは日直となっていた。
放課後になり、日直の仕事を終えたぼくは職員室に向かった
日誌を担任である桜井先生に届けなければいけないのだ。
職員室に入ると、先生の席を見る。
だが、そこに桜井先生の姿はなかった。
――日誌だけ置いて、帰るか。
ぼくは日誌を先生の机の上に置いた。
すると、少し離れたところから、男性の声が聞こえて来た。
その声の主は、この高校の教頭だった。
机を挟んだその正面には、教頭の前に桜井先生が立っていた。
どうやら、桜井先生が教頭に責められているらしい。
『授業に身が入っていないのではないか』
『教師になって三年も経っているのに、切り替えも出来ないのか』
『他の先生方も非常に迷惑している』
その他にも、色々とぐちぐち言われていた。
桜井先生は、それに耐え続けていた。
立場上、反論は出来ないのだろう。
教頭は『お説教』という名目の憂さ晴らしを続けた。
その上で、USBの紛失にも触れる。
「そもそもの原因は、桜井先生がUSBを紛失したことだ。普段から気を付けていないからこうなるんだ。もう少し、やる気を出しなさい!」
「……申し訳ありません」
散々な言われようだった。
まぁ、仕方がないだろう。
紛失をしたのは、桜井先生の責任だ。
だが――果たして、他の職員は出来ているのだろうか。
ぼくは、職員室の机の上を見やる。
奇麗に整頓されている机もあるが、そうでないものも多い。
中には、個人情報が入った書類が机の上に放置されている机もある。
この状況下で、桜井先生だけ責めるのは違うだろう。
あまりに理不尽だ。
だから――気が付けば、身体が動いていた。
ぼくは桜井先生の隣に立ち、教頭に向かって告げる。
「いじめ、ってあるじゃないですか」
「え?」
教頭が怪訝そうにぼくを見た。
USBの紛失について怒っていたら、突然生徒から声をかけられたのだ。
しかも、何故か『いじめ』についての話をしている。
その意図が分からないのだろう。
「学校でいじめが起きたりすると、後になって学校や教育委員会が記者会見をして頭を下げるのをたまに見かけます」
「ああ、うん」
「被害者も、学校や教育委員会を訴えて賠償金を得ようとします」
「何の話だ?」
「どうして、誰もいじめを行った生徒を責めないのか、不思議でしかたがないんです。いじめを行った犯人を放置して、それを止めきれなかった人たちを責める。それは、正しい事でしょうか?」
「それは……」
教頭は歯切れが悪かった。
立場上、正しくないとは言えないのだろう。
だけど、本音のところでは間違っていると思っているはずだ。
「教育委員会や学校は、その対応や発言について徹底的に叩かれます。でも、いじめを行った生徒たちは、無罪放免。たまにネットで晒されたりしますが、マスコミは基本的に放置します。それって、おかしいと思うんですよ。責められるべきはいじめを行った生徒です。それを止められなかった教師も、かなりの心労があったはずです。でも、責められるのは教師陣ばかり」
「まだ続くかね?」
「もう少し続きます。何故学校が叩かれるのか。それは、叩きやすいからだと思うんですよ。学校なら叩いたところで反撃してこない。一応、いじめを止められなかったという負い目がありますから」
「何が言いたいんだね?」
「ここでも、同じことが起きていると思うんです。責めるなら、犯人を責めればいい。でも、誰が犯人だか分からないから叩けない。だったら、叩きやすい紛失者をたたけばいい。そうすれば溜飲が下がる。ストレスを発散できる」
これが言いたかった。
USBの紛失は、確かに大変なことだ。
だが、この状況下で前田先生だけが責められるのは間違っている。
「犯人は、この職員室の中にいる誰かでしょう。金田一少年風に言うなら『犯人はこの中にいる』というやつです。だから、セキュリティを強化したところで無駄なんですよ。犯人は強化されたセキュリティの内側にいる人間なのですから。だったら、やるべきことは一つであるはずです。USBを盗まれた『被害者』である前田先生を責めるのではなく、USBを盗んだ『犯人』を見つけ出すことです」
ぼくがそう言うと、教頭は気まずそうに顔をしかめた。
そして、この場を誤魔化すように言う。
「生徒は黙っていなさい。君には、関係ない」
「関係ない? 生徒の個人情報が流出したのに、関係ないと?」
「事件については、こちらで対処する」
「あてに出来ません」
ぼくははっきりと言った。
「この職員室には、悪意ある何者かがいます。その何者かによって、既に事件は起きています。生徒に被害も出ています」
「被害?」
「預けていたスマホのケースを取り換えるという『犯行』が以前行われました。体育の授業では、スマホなどの貴重品は教師が安全に管理をするはずです。体育教師の先生、管理は適切に行われていましたか?」
体育教師に注目が集まる。
体育教師は一瞬怯む様子を見せたが「適切だった」と答えた。
どことなく自信なさげな声だった。
だが、それでいい。
その答えこそが、ぼくが求めたものだった。
「ええ、勿論そうでしょう。適切に保管されていたにもかかわらず、窃盗事件は起きた。では、やはり職員室に明確な悪意を持った人間がいます。適切な管理をしていても、それをモノともしない内部犯がいるんです」
これが言いたかった。
この中に、犯人がいるのだ。
そのことをはっきりさせておきたかった。
そうすれば、桜井先生へのヘイトを分散させることが出来る。
「ぼくからは、以上です」
そう言って、ぼくは立ち去ろうとした。
だが、背後に一人の教師が立った。
学園王子こと、前田先生だ。
前田先生はぼくの肩に手を置き――。
「この生徒に調べさせてみたらどうでしょう?」
そう告げた。
――何言ってんの、この人。
これは、職員室で起きた事件だ。
それを生徒に調べさせるというのは、通常ではあり得ない。
というか、ぼくが調べたところで何かが分かるとは思えない。
「しかし――」
「何か出てきたら儲けものです。いえ、こうしましょう。私がこの事件について調べます。佐藤凪さんには、その手伝いをしてもらうことにします。皆さんのお手を煩わせることにはしませんので、ご安心下さい」
前田先生は、淡々と言った。
それに反対する者はいなかった。
やらせたところ、害はないと判断されたのだろうか。
いや、このやりとりに関わりたくないだけだろう。
「いや、そんなことを言われても――」
「やってくれますよね?」
前田先生の圧は凄まじかった。
実を言えば――ぼくは、この人に『弱み』を握られている。
ここで逆らうのは、止めておこう。
駄目で元々ということで、適当に切り上げてしまえばいい。
というわけで――。
「分かりました」
ぼくはUSBの窃盗について調べることになった。
本当に、勘弁してほしいのだけれど。




