↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第3章 佐藤綾香の秘密

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/39

佐藤綾香の秘密⑦:偏愛義姉、グルメを楽しむ

 朝比奈家を後にしたぼくは、まだ開いているスーパーに立ち寄った。

 時刻は午後八時――丁度、色々なものが割引になっている時間帯だ。

 ぼくは適当な総菜をいくつかカゴに入れ、購入した。


 家に帰ると、買ってきた総菜をテーブルの上に置いた。

 脱衣所へ行くと、浴室の電気はまだついていた。

 浴室内にいるようだが、水音はしない。


「姉さん、今帰ったよ」


 心配になったぼくは、声をかけた。

 すると「あ、うん」という返事が返ってきた。

 風呂の中で眠ってしまっているわけではないらしい。

 元々、姉さんは長風呂だ。

 一時間以上も風呂に入ることだってある。

 まだしばらく出てこないだろう。


「あまり長く入り過ぎるなよ」

「は~い」


 さて、それでは後始末――もとい、工作活動だ。

 ぼくは『秘密の部屋』の鍵を開け、中に入った。


 ――いない。


 桐島先輩の姿は消えていた。

 窓の鍵が開いたままになっている。

 指示通り、そこから出て言ってくれたのだろう。

 とりあえずは、一安心だ。

 ぼくは窓の鍵を閉め、部屋を出て再び施錠した。

 任務完了。

 任務――完了?

 いや、まだ終わっていない。


 先輩が置いていった『義姉の濡れた眼差し』を回収しなければ。

 あれ、でも、さっきは見当たらなかった気がするぞ。


 ぼくはもう一度脱衣所に行き、見回した。

 先輩が本を置き忘れてしまったと伝えてきたが、どこにもない。

 やはり、先輩の気のせいだったのだろう。

 例の本は、秘密の部屋のどこかにあるに違いない。

 そう考えた。

 それ以上考えるのを止めていた。


     ×××


 ぼくが帰ってから一時間が経過した。

 姉さんは、まだ風呂に入っていた。

 長風呂にしても、程がある。

 何度か「大丈夫か?」と聞いたが「大丈夫だ、問題ない」と返された。

 まだまだ余裕はあるようだ。


 しばらくして――。

 ようやく、姉さんが風呂から出てきた。

 ぼくはそちらに視線をやると「またか」と嘆息した。

 姉さんは、裸にバスタオルを巻いただけの姿で出てきた。

 何度注意しても、これは変わらない。

 ぼくはもう、諦めていた。

 桐島先輩も澪もいないのだから、好きにさせてあげよう。


「いいお湯でした~」


 化粧が落ちたせいか、雰囲気が一段と柔らかくなっている。

 姉さんは、テーブルの上の総菜を見ると、目を輝かせた。


「おお、美味しそ〜。ありがと〜」


 そう言って、ごく自然な動作で冷蔵庫を開けた。

 そこから鼻歌交じりに缶ビールを三本取り出した。


「ちょっと待て!」

「何?」

「どうしてビールが冷蔵庫にあるんだよ?」

「持ってきたからだけど?」


 当然のように言う。


「リュックの荷物、作業のための道具が入っているんじゃないのか?」

「入ってるよ? ビールも一緒に持ってきたの。それで、凪が出かけている間に、一度お風呂から出て、持ってきたビールを冷蔵庫に入れておいたんだ。あと、お風呂に入りながら少し飲んだ」


 成程、ろくでもないことをしやがる。


「それじゃあ『作業』はどうするんだ?」

「明日の朝から始めるよ」

「今日からやれよ!?」


 姉さんはへらっと笑った。


「へたっぴ。気分転換のやり方がへたっぴだね、凪は」

「何を言っているんだ」

「私は今、とても疲れている。こんな状態じゃ、いいものなんて作れないの。インポッシブル」

「で?」

「つまり、今夜は作業できない。だったら、この時間を有意義にするべき。私にできることは、欲望の発散に全力で取り組むこと」


 姉さんはビールを開け、ぐびぐびと飲み始めた。


「ぷはーっ。このために生きてるねぇ!」

「大人が生きるって、そんなにつまらないのか?」

「つまらないから、面白くするために頑張るんだよ」


 酒カス――もとい、姉さんは腕を組みながら言った。

 今回は、少しだけいいことを言ったような気がする。

 酔っ払いの言葉という時点で、聞く価値はないけれど。


「いいかい、少年。お酒を飲むときっていうのはね、救われなきゃいけないんだよ。酔っぱらって、いい気分になって、動くのも面倒になって――。そのまま眠っても許される場所じゃなきゃダメなの。眠ったらベッドまで連れてってくれて、布団をかけてくれる人がいる。そういう人に、私はなりたい」

「ダメ人間だな」

「えへへ~」


 ダメ人間は、にへりと笑みを浮かべた。

 そして、箸を手に取って総菜をつまみ始めた。


「風呂上がりの身体に、濃い味の総菜がしみこむ。百点だよ! いや、百点を超えたね」

「それはどうも」

「なにより嬉しいのが、この半額シールだ」

「半額シールが!?」

「美味しい料理っていうのはね、気兼ねなく食べられなきゃダメなの。高級品は美味しいけど、『もったいない』って気持ちが邪魔する。素直に味わえない。だから、半額シールは世界最強の調味料なんだよ」

「酒も高いからやめた方がいいんじゃないか?」

「これは大人のガソリンよ! ないと動けなくなるの!」


 そんなわけあるか!

 でも――。

 大人って、こんなふうに自分を保っているのかもしれない。

 ガソリンでないにしても、オイルくらいにはなっているのかもしれない。

 姉さんは、しみじみとした口調で語り始める。


「大人になると、気分の切替って大変でねぇ。自力で出来なくても、それは恥じゃない。誰かの力を借りて、成し遂げればいいんだよ」


 一瞬だけ、いいことを言ったような気がした。


「でも、人の手を煩わすのは申し訳ない。だから、酒の力を借りた。ただそれだけのことなんだよ」


 気のせいだった。

 これもまた、酔っ払いの戯言だ。

 普段はしっかりした人なのに。

 ぼくは今、アルコールの恐ろしさをまざまざと見せつけられた。


 こうなったら、少しでも早く眠ってもらおう。

 酒とカロリーが入れば、すぐに眠くなるはずだ。


「大変だったな。それじゃあ、たくさん食べてくれ」

「うん、ありがとう。酒池肉林とはまさにこのことだね」

「そこまでじゃない」

「それな~」


 姉さんは、総菜を次々と食べていった。

 こんな時間に食べても、太る心配は一切していないようだ。

 脂肪分は胸と尻にでも集まっていくのだろうか。

 あるいは、隠れて運動を――それはないな。


 結局、姉さんは買ってきた総菜を全て平らげた。

 残ったら明日の嘲笑にしようと思っていたのに。

 まぁ、いいけど。


 少しすると、姉さんはうとうとし始めた。

 計画通り!


「眠い~」

「だったら、もう寝た方がいい。明日も早いんだから」

「遊びたい~」

「子供か!」

「大人だから~」


 そう言いながら、姉さんはソファーで横になった。

 このソファーは、姉さん専用のベッドでもある。

 ぼくは姉さんに毛布を掛けて、部屋の電気を消した。


「ねぇ、凪」

「まだ起きていたか」

「大好きだよ~」

「それはどうも」

「おやすみ~」


 こうして、姉さんは眠りについた。

 ようやく、我が家に静寂が訪れた。

 ――かのように思われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。