↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第3章 佐藤綾香の秘密

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/41

佐藤綾香の秘密⑥:陸上少女、発見する

 姉さんは大人しく浴室に入った。

 これで、リビングから玄関までが無人となる。


 ――この隙に、澪を脱出させてしまおう。


 ぼくは自室のドアを開けた。

 すると、ドアの前にいた澪が身体をビクリと震わせた。

 澪はこちらを見て狼狽えながら、身体の後ろに何かを隠した。


「何を隠したんだ?」

「べ、別に何でもないわ」

「……怪しい」

「怪しくないわ!」


 必死の弁明だった。

 だが、明らかに何かを隠している。

 手に持っていただけで、マイナスになってしまう物。

 部屋の中にある物の中で、該当するものといえば下着くらいしか思いつかない。

 まさか、ぼくの下着を漁って、鑑賞しているわけではないだろう。

 先輩の小説じゃないんだから。


 ――なにかが、引っかかった。


 なにか、致命的なミスをした――そんな気がした。

 だけど、その正体が分からない。

 そう思っていると、澪が言葉をつづけた。


「お互いのために、この件については見なかったことにしましょう。私の後ろを調べると、友情を失うことになるわよ」

「どこの吸血鬼だよ」


 ぼくは遠慮なく、澪が後ろ手に隠したものを取り上げようとした。

 早い所、家から出て行ってもらわなければならないのだ。

 多少強引な手を取らせてもらうことにした。

 こうしてもみ合っているうちに、ぼくたちはベッドに倒れ込んだ。

 身体が重なり合う。

 唇が近づいている。

 澪は目をつぶった。

 これは、キスをしてほしいという合図ではなかろうか。

 どう対応するか悩んでいたのだが――。


 ――んん!?


 視界に、とんでもないものが入った。

 それは、一冊の本だった。


『幼馴染との××な関係』


 表紙には、半裸の女性のイラストが描かれている。

 しまったあああああ!

 先輩にお勧めされてから、寝る前に読んでいたのを忘れていた!

 最悪だ! よりによって、澪に見られた!

 やっべー。これ、完全に誤解されてるよな?

 幼馴染に対する只ならぬ想いを感じ取っているよな?

 というか、誤解した上で澪はなんで目をつぶっているんだよ!?

 その唇に、妙な色気を感じてしまう。


「あー、澪」


 澪はゆっくりと目を開けた。


「その本につきましては、ぼくの趣味じゃないというか」

「……つまり?」

「誤解があるようでして」

「つまり、凪は『幼馴染との××な関係』という本を読むことで、私とのあれこれを想像していたわけではないって事ね?」

「はい」

「私は関係ないということね?」

「おっしゃるとおりでございます」


 澪はぼくの身体をどかし、起き上がる。

 そして、桐島先輩イチオシの文庫本をパラパラとめくった。

 時折、ぼくの顔をちらりと見ている。


「へー、そうなんだ」

「何がでございましょう」

「凪って、こういう小説が好きなんだね」


 好き――というわけではない。

 ただ、事情を話すわけにはいかない。

 ぼくは「まぁ、そうかな?」と曖昧に返した。

 すると、澪はニヨニヨと嫌らしい笑みをこちらに向けた。

 人は他人の弱みを握ると、かくも卑しい顔になるのか。


「とりあえず、ここで見聞きしたことは内密にしてくれ」

「ええ、勿論よ」

「それは助かる」

「ところで、私からもお願いがあるのだけど」

「言ってみてくれ」

「プレイリストの充実に全面協力してくれない?」


 プレイリストの充実。

 ということは、先日の様な録音作業をお望みなのだろう。

 あの時のことは、思い出すたびに顔から火が出そうになる。

 作りに作ったぼくの声が、澪のスマホには入っているのだ。

 その量が倍増するとなると、さすがに考えずには――。


「ところで、××な関係って、どういうことなの?」

「謹んでお受けいたします」

「よろしい」


 こうして、地獄の収録第二弾の開催が決定された。

 ちなみに、開催日には更なる厄介ごとが追加されることになるのだが。

 それはまた、後の話である。


     ×××


 話がついたので、澪の脱出にとりかかった。

 足音を立てずに、ぼくたちは玄関へ行った。

 そして靴を履き、ドアを開ける。


「姉さん、ちょっと、買い物に行ってくる」

「分かった。早く帰って来てね~」


 ドアの開閉穏は、風呂場まで響くだろう。

 それなのに、ぼくが家の中に残っていたら不自然だ。

 だから、ぼくも一緒に出ていき、それを誤魔化すことにした。


 ぼくと澪は、玄関から外に出た。

 外はすっかり暗くなっていたが、まだ温かい。

 散歩をするにはいい気候だ。


「ねぇ、凪。買い物、一緒に行っていい?」

「ああ、うん」


 澪も一緒にスーパーに行くことになった。

 その道中を、一緒に歩く。

 その間、ぼくはスマホを取り出した。

 そして、桐島先輩にメッセージを送った。


『玄関の鍵は開けないように。窓から脱出して、自分の部屋へ』


 メッセージには、すぐに既読がついた。

 先輩からは『了解です!』という返事があった。

 これでミッションコンプリート――だと思ったのだが。

 先輩からは追加でメッセージが届いた。


『申し訳ありません。

 本の片づけがまだ途中になっていました。

 脱衣所に一冊残っています』


 脱衣所に残っている?

 脱衣所に残っている!?

 何してくれてんだよ!?

 おそらく――いや、確実に姉さんの目に留まっただろう。

 だが、諦めるのはまだ早い。

 家には、全年齢向けの健全な本も大量にあるのだ。

 むしろ、そちらのほうがメインだ。

 脱衣所に置いてあるのが、そちらであれば――。


『タイトルは『義姉の濡れた眼差し』です』

「ピンポイントオオオオ!?」


 思わず叫んでしまった。

 隣にいた澪が、驚いたようにこちらを見ている。

 まるで不審者を見るような目――いや、今のぼくは不審者そのものだ。


「ど、どうしたの?」

「何でもない――と思いたい」


 帰ったら、大変なことになるかもしれない。

 この件については、これ以上考えないようにしよう。

 ぼくはスマホをポケットにしまった。


「終わった?」

「ああ、うん」


 僕が答えると、澪が手をつないできた。

 小さくて可愛らしい手の感触が伝わって来る。

 それに胸が高まってしまう。


「人に見られたら、面倒なことになるぞ」

「気にしない、気にしない」

「気にしろよ」


 そのせいで、面倒な状況になっているのだ。

 偽の恋人、今からでも断れないだろうか。


「それにしても、今日は驚くことばかりだわ」

「……なにが?」

「凪があんな趣味をしていたとは」

「それについては、追及を止めてください」

「どうしようかな~」


 澪は楽しげに言った。

 一方的に弱みを握ったことが、それほど嬉しいのだろうか。


「まぁ、あの件については、プレイリストで話がついたからこれ以上の追及は止めておくわ」

「そうしてくれ」

「それと、綾香さんが家ではあんな感じだったのも驚きだったわ」


 澪の知っている姉さんは『社会人モード』の姿だ。

 今のような酔っ払い状態を見せたのは初めてだった。

 もっとも、本人も見せたくて見せたわけではないが。


「その件についても、見なかったことに」

「ええ、大丈夫よ。でも、一つだけ教えて」


 澪はぼくの目を見る。

 何だか、嫌な予感がする――。


「綾香さんと、お風呂で何をしたの?」

「……何もしてないよ」

「怪しいわね。もしかして、怪しい関係になっているんじゃ――」

「ありえないから!」

「『××』とかしてない?」

「してない!」

「っていうか『××』って何なの?」

「それを説明させようって言うのか!?」


 どんな拷問だよ。

 幼馴染に対して、卑猥な内容を説明しなければならないとか。

 それに興奮できるような嗜好は持っていないぞ!


     ×××


 そうこうしているうちに、澪の家に到着した。

 以前は、ここで手をつないでいる姿を澪の母親に見られてしまった。

 今日はいないようだ――いないよな?


「それじゃあ、また学校で」


 それがそう言うと、澪は無言でぼくを見つめた。

 そして、タックルするような勢いでぼくに抱き着いてきた。


「……これ、何?」

「なんとなく。何も聞かないで」


 ぼくは黙っていた。

 少しすると、澪は離れた。

 かすかに残った体温が、少しだけ名残惜しい。


「えっと……」

「それじゃ、忘れて」

「何だそれ!?」

「つい、勢いでやっちゃったのよ。恥ずかしいから、即座に忘れて」

「分かった。忘れた」

「失礼ね!?」


 どうしろというのだ。

 忘れても忘れなくても怒られる。

 避けたら、もっと怒られていただろう。


「それじゃあ。また、明日」

「明日は日曜日だけど」

「また、明後日!」


 こうして、別れた。

 あのハグはなんだったのだろうか。

 好意のようにも思える。

 だが、下手に期待をするのはよくない。

 合理的推察をするための材料がない以上、これ以上の推理は意味を持たない。

 なるべく考えないようにしよう。

 そう思っていたら――。


「……あ」


 朝比奈家の玄関。

 そのドアが、僅かに空いていた。

 その隙間から、こちらを除く視線が突き刺さる。

 そこには、澪の母親がいて――。


「あら、いらっしゃい」


 満面の笑みをしながら、抑揚のない声で言われた。

 こええ~! ホラー映画みたいな雰囲気だ!

 これ、いつから見られていたんだろ。


 その後、ぼくは朝比奈家への訪問を打診されたが、断固として断った。

 一度家に入ったら、引き返せなくなる。

 そう思えて仕方がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。