↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第3章 佐藤綾香の秘密

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/31

佐藤綾香の秘密②:陸上少女、謝罪する




 そもそもの始まりは、昨夜のことだった。

 この日、澪が夜八時にこの家にやってくることになっていた。

 そして、我が家にはいつものように桐島先輩がいた。

 18禁小説と様々なグッズで囲まれた『秘密の部屋』。

 そこで、自宅のようにくつろいでいる。

 もしかしたら、自宅以上にくつろいでいるのかもしれない。


「先輩、もうそろそろ帰ってください」


 ぼくがこう言った時の時刻は午後七時。

 澪が早めに来る可能性もある。

 だから、先輩には早めに帰ってもらうことになっていた。

 先輩もそのことを了承していたはずなのだが――。


「……今、いいところなのですが」

「家に持って帰ったらどうですか? 一冊くらいなら、大丈夫でしょう?」

「自分の家って、そういう気分にならないのです」

「そういう気分って、どういう気分ですか」

「こういった『素晴らしい芸術』を鑑賞する気分です」


 先輩は堂々と告げた。

 その言動に、先輩の無駄な成長を感じる。

 これまでは、ただ恥ずかしがっていただけなのに。

 18禁要素は、そうやって表現することにしたらしい。


「とにかく、今日は帰ってください」

「はいはい、分かりました。今日は、朝比奈さんが来るのですよね?」

「はい、そうです」

「仲直りは出来そうですか?」

「それは、微妙なところですけど」

「話をするためにわざわざ来てくれるのですよね? でしたら、安心して大丈夫ですよ。完全に仲直りをすることが前提です」

「そうだといいですけど」

「そうに決まっています」


 先輩は、優しい言葉をかけてくれた。

 ぼくを気遣ってくれているのだろう――。


「つまり、前の女と復縁したから、新しい女は用済みということですね」

「言い方が悪い!?」


 気のせいだった。

 最近の先輩は、タチが悪い。


「ここで朝比奈さんといかがわしいことをするおつもりなのですよね?」

「違います」

「本当に?」

「本当です」

「では、昨日おススメした『幼馴染との××な関係』は、読まれていないと?」


 ぼくは言葉に詰まる。

 先輩に勧められて、つい読み始めてしまった。

 全体的にコメディタッチな物語で、割と面白かった。

 ちなみに、性描写もガッツリあるので、人には勧めにくい。

 まぁ、先輩はそれをぼくに勧めたわけだけど。


「……途中まで読みました」

「あら、まだ途中でしたか」

「昨日は疲れていたので、読んでいる最終に眠ってしまったんです」

「楽しく読んでいただいているようで、何よりです。ところで――アレを読んでも、まだ朝比奈さんとアレコレすることはないと?」

「ありません!」

「でしたら、そこの押し入れに隠れていてもよろしいでしょうか? おかしなことはいたしませんので」

「押し入れに隠れること自体、おかしなことなんですよ」

「これは盲点でした」


 先輩は白々しく言った。


「それよりも、早く帰ってください」

「ここまで私を邪険にするとは」

「いいから」

「分かりました。本を回収してから――」


 先輩の言葉は、最後まで続かなかった。

 そのタイミングで、玄関チャイムが鳴ったのだ。


 この時、ぼくは言葉の続きを聞いておきべきだった。

 だけど、チャイムに気を取られ、それを失念してしまっていた。

 後から考えれば、これは痛恨の『判断ミス』だった。


 この時、この言葉を最後まで聞いていれば――。

 後々、ぼくはあんな目にあわずに済んだのかもしれない。


     2


 チャイムの音で、先輩は動きを止めた。

 そして、指示を求めてぼくの方に振り返る。


「とりあえず、ドアに鍵をかけておいてください」


 小声でそう伝えてから、ぼくは『秘密の部屋』を出た。

 すぐに、内側から鍵のかかる音がした。

 これ、前回と同じパターンだ。


 玄関の覗き窓から外を見ると、そこには澪がいた。

 ぼくはすぐにドアを開けた。


「どうしたんだ? 早かったな」

「え?」


 澪は時計を見て、首をかしげる。


「今日って、七時じゃなかったっけ?」

「八時だったはずだけど」


 どうやら、澪は約束の時間を間違えたらしい。

 危うく、先輩と遭遇してしまうところだった。


「ゴメン。出直そうか?」


 困惑した様子で澪は尋ねた。

 出来ればそうしてもらいたいところだ。

 だが、折角来てもらったのに、帰れとは言いにくい。

 というか言いたくない。

 出直してもらう必要性も説明できないし。


「大丈夫だよ。とりあえず、上がってくれ」


 ぼくは澪をリビングに連れて行った。

 この時、ようやく雰囲気がいつもと違うことに気づいた。

 白のブラウスに、涼し気な水色のロングスカート。

 いつものスポーティーな雰囲気とは違う。


「それ、似合ってるな」

「え? あ、服?」

「うん、なんだか『女の子』って感じがする」

「……これまでは何だと思っていたの?」


 澪が軽くこちらを睨んだ。

 口元は笑っており、その仕草が少し可愛く思えた。


「ほら、澪ってやたら走りたがるだろ。だから、動きやすそうな服ばかり着ているイメージがあったんだ。少なくとも、ロングスカートを穿いているのを見たのは初めてだ」

「それは……否定できないけど」

「まぁ、それはいい。とりあえず、座ってくれ」


 澪に椅子を勧めた。

 麦茶を出し、向かい合って座る。

 部屋の中は静まりかえっていて、妙な緊張感があった。


「それで、話っていうのは?」

「……謝りたくて」


 澪は視線を床に落とした。


「昨日のこと。本当にごめんなさい」

「別に気にしていないよ」


 実のところ、昨日までは気にしていた。

 また疎遠になってしまうと思っていた。

 でも、桐島先輩の言葉で、ぼくは救われた。


 それに、重要なのは、澪がここにいることだ。

 昔のように、ここに来てくれた。

 それだけで十分だ。


「お前は、ぼくを心配してくれたんだろ?」

「それは、そうだけど……」

「だったら、謝る必要なんてない」

「でも――」

「それでもお前が気にするというのなら、細部まで分析したうえで徹底的に責め立ててもいいけど」

「それは止めて。再起不能になりそう」

「なるだろうな」


 そう言ってぼくは笑った。

 澪も同じように笑う。

 二人の間にあるわだかまりが、消えていく。


「何だか、悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えるわ。私達が疎遠になる必要なんて、全くなかったのにね」


 本当に、その通りだった。

 でも、当時はそう考えることが出来なかった。

 人生が終わったような気になっていた。

 澪との関係を修復したら、事態が悪化すると思い込んでいた。

 何の根拠もないのに。


「まぁ、中学生なんて、そういうものだろ。無駄に格好つけて、失敗して、落ち込んで」

「高校生だって同じようなものじゃない」

「確かに」


 高校生になっても、あの時のことを引きずっていた。

 中学生から高校生になって、特に成長をしたとも思えない。


「それに――」


 澪は言う。


「格好良かったよ」

「……え?」


 その言葉に、ほんの一瞬だけ思考が停止した。

 澪は、照れ臭そうにしながら言葉を続ける。


「あの時、私を助けようとしてくれた凪は、格好良かった。今でも、格好いいと思ってる。ずっと……。ずっと、そう思ってる」

「ああ、うん。……はい」


 身体が熱くて仕方がない。

 正面から褒められて、何だか妙な気分になる。

 いや、正直に言おう。

 嬉しかった。とても嬉しかった。

 澪に褒められて、認められて、それを言葉にしてもらえて。

 思わず、頬が緩みそうになってしまった。


「お前、澪だよな?」

「そうやって誤魔化すのは止めて」

「……ごめん」


 澪はぼくをまっすぐ見据えた。

 ぼくも居住まいを正して、それに応じる。


「やっぱり、ちゃんと謝っておきたい。凪にしてみれば、もう終わったことなのかもしれない。きちんと整理して、吹っ切ったことなのかもしれない。でも、私の中では、まだ終わってないの。だから、ちゃんと終わらせるために、ちゃんと話をさせてほしい」

「分かった」

「あの時から、ずっと謝りたかった。でも、謝る切欠を掴めなかった。今回のことは、辛い思いをしたけど、凪と話をする切欠に出来た。だから、このチャンスを逃せない」


 澪の瞳がぼくを捕らえる。


「あの時は――いえ、あの時から今にかけて、ずっと、ごめんなさい」


 そう言って、澪は頭を下げた。

 テーブルに額が付きそうなほど、深く頭を下げていた。


「許すよ」

「本当に?」

「本当だ」

「それじゃあ、仲直りをしてくれる?」

「ああ、勿論だ」


 こうして、ぼくと澪は仲直りをした。

 何だか、目の前が明るくなったような気がした。

 悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 少し前とは、世界が変わったとさえ思えるほどに――。


「何だか、一区切りって感じだな」

「うん、そうね。でも――」

「でも?」

「もう一つ、謝らないといけないことが――」


 澪は目をそらし、苦笑した。

 そして――。


「実はね――」


 澪は、あまりにバカバカしい告白をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。