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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第3章 佐藤綾香の秘密

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佐藤綾香の秘密①:偏愛義姉、襲い掛かる

 我が家のリビング。

 フローリングの床の上で、ぼくは仰向けになっていた。

 そして、一人の女性が、覆いかぶさるような体勢で、ぼくを見下ろしている。


「凪ちゃん。もっと、近付こう?」

「これ以上近付いたら、シャレにならないことになるだろ!?」

「私は……いいよ?」


 艶のある声で、目の前の女性は言った。

 目の前――本当に、数センチ先の距離。

 今にも唇同士が触れ合いそうになる距離に、彼女の顔がある。

 その相貌は中性的で、ショートカットの黒髪に縁どられている。

 普段は感情の起伏が少ない彼女だが、今は妙にテンションが高い。

 興奮により、笑顔が歪んだものになっている。


 何も、好き好んでこんな体勢でいるわけじゃない。

 これには止むに止まれぬ事情があるのだ。


 この状況の原因は、桐島先輩にある。

 責任の九分九厘はあの人にあると言っていい。

 残りは、ぼくの運の悪さだろうか。

 だが、それを言っても仕方がない。

 何も変わらない。


「大丈夫、凪ちゃんの気持ちは、分かっているから。口には出さないけれど、その気持ちは昨日受け取っている」

「昨日のアレは、完全に誤解だ!」

「誤解? どこが?」

「全てだよ! 一から百まで、全て誤解なんだ!」

「納得のいく説明を――しなくていいや」

「説明させてください!」


 アレは、完全なる事故だった。

 しかも、ぼくに過失のない貰い事故だ。

 だけど――。


「どうしたの? 説明は?」

「説明は……出来ない」


 考えてみれば、説明は出来ないのだ。

 そこには、例によって桐島先輩の秘密が関わっているのだから。

 言いあぐねるぼくに、女性は優しい表情を向けた。


「照れなくていいよ。全部、分かっているから」

「この顔が、照れている顔に見えるのか?」

「見える」

「よし、眼科か脳神経外科に行ってこい。アンタは、何も分かってない」


 さて――。

 この状況を説明させてもらおう。


 まず、眼前の女性は『佐藤綾香』。

 ぼくの姉である。

 とはいっても、血のつながらない義理の姉だ。

 小説では、よく『義姉』と表記されることが多い。


 そんな彼女が今、ぼくに迫ってきている。

 これだけでも、混沌とした状況と言えるだろう。

 だが、カオスはこれだけでは収まらない。


「ほら、もっと密着して! 押しとどめることが出来ない感情と欲望を爆発させて!」


 ぼくたちの横では、パンツスーツ姿の女性がカメラを構えていた。

 彼女もまた、興奮した面持ちをしていた。

 というか――。


「いつの間に現れた!?」

「凪の破廉恥な姿を写真撮影するよう、五分前に連絡が来た」

「五分で準備してきたんですか?」

「諸々の準備に40秒。気分を高めるのにコンマ1秒。残りは、移動時間だね」

「いや、でも、鍵がかかっていたんじゃ――」

「綾香さんが予め開けておいてくれたよ」


 随分と用意周到なことだ。


「そもそも、写真撮影は重要な要素だ。私抜きでくんずほぐれつを始めようだなんて、許されざることだとは思わないのかい?」

「全く思いません――いえ、そもそも、くんずほぐれつするのがおかしいんです」

「その状況では、説得力がないね!」


 彼女は、密着するぼくたちの写真を撮り始めた。

 連続写真で。何枚も、何十枚も、何百枚も。


「いいねー、背徳感。出ているよ! でも、足りない! ナギ、もっと強引に行っちゃおう!」


 彼女の名は、宇佐美あかり。

 姉さんの大学時代の友人だ。

 眼鏡をかけており、一見理知的な女性のようにも見える。

 だが、彼女の言動は、理知とはかけ離れていた。


「それじゃあ、凪ちゃん。覚悟して」


 そう言いながら、姉さんは情熱的な瞳をぼくに向けた。

 一体、何の覚悟をしろというのだろうか。

 ろくでもないものであるということだけは確定しているが。


「安心して。これから起こることは、全て有効活用するから」

「それで、何を安心しろと!?」


 姉さんは、抵抗できないぼくに身体を擦り付けて来た。

 その柔らかな感触が、ぼくの中に妙な感情を生む。


「いいねー、その困惑した表情!」


 とまどうぼくの姿を、宇佐美さんが写真に収め続ける。


「良くありません!」

「必死になって否定する姿も最高!」

「この変態!」

「ありがとうございます!」

「何でお礼を言ったんですか!?」

「『変態』と言われたら『ありがとう』と返す。この業界では、常識だよ!」

「ろくでもない業界ですね!?」


 これで、状況は理解してもらえただろうか。

 正直、厳しいものがあると思う。

 少なくとも、納得はしがたいだろう。


 今の状況を端的に言ってしまえば――。

 ぼくは今、義理の姉に押し倒されている。

 そして、その姿を姉の友人に撮影されている。

 こういうことだ。

 全く――。


「……どうして、こうなった」


 ぼくは呟いた。

 だが、その原因は分かっている。

 分かり切っている。

 それを一言で言ってしまえば――。


『桐島先輩が悪い』


 やはり、こういうことになる。

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