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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第2章 朝比奈澪の秘密

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図書室の謎④:陸上少女、後悔する

 ぼくたちは、図書室の中に戻った。

 邪魔が入らないように、鍵を閉める。


「それで、何をしたの?」


 澪の声には、不安と覚悟が入り混じっていた。

 ここまで来たら、誤魔化すのは難しいだろう。


 さて――。

 望まぬ『解決編』の始まりだ。

 あるいは『犯行の自白』と言ってもいい。


「対処した」

「何に?」

「お前に仕事を押し付けていた奴に、報復した」

「押し付けていた?」


 澪は首を傾げた。

 彼女は、これが事件だということに気づいていないのだ。


「そもそも、お前が当番の時だけ倍近い時間がかかるというのはおかしいだろ」


 澪は手を抜いていない。

 勿論、仕事が遅いわけでもない。

 それでも、通常に比べて多くの時間がかかる。

 だとすれば――考えられる理由はただ一つ。


「お前が当番の時だけ、返却された本の数が多い。だから、時間がかかる。そうとしか考えられない」

「でも、だとしたら、何で――」


 そう、そこが問題だ。

 何故澪が当番の時だけ、返却される本の数が多くなるのか。


「可能性その1。土日で読む本を借りるために図書室に来る人が多くなる。だから、返却数も多い」

「その可能性はあるわね」

「はい、却下」

「自分で言っておいて却下!?」

「多少多くなる可能性はある。でも、多すぎる。倍近く時間がかかるのはおかしいだろ」

「……まぁ、そうね」


 曜日によって量が異なることはあるだろう。

 だけど、それだけが原因ということにはならない。

 もっと根本的な原因があるのだ。


「可能性その2。何者かが、大量の返却本を悪意を持って返却ボックスに入れている」

「その可能性は――ないわね。危ない危ない、引っかかるところだったわ。大体、そんなこと出来ないでしょ?」

「何でそう思うんだ?」

「一人で借りられる本は三冊まで。そんなことをやる必要はない。やったところで、何の意味があるの?」

「意味については、後回しにしよう。それよりも、どうすれば大量の本を返却できると思う?」

「……仲間を募ってやる、とか。たとえば、陸上部全員とか」

「陸上部だって、それほどの人数はいない。澪を陥れるにしても、複数の人に協力を求めるのは現実的じゃない」


 結論を言ってしまえば、これは単独犯によるものだ。

 一人で大量の返却本を手に入れる方法があるのだ。


「あ……」


 桐島先輩が小さく声を漏らした。


「返却ボックスですね」


 桐島先輩の言うとおりだ。

 返却ボックスこそが、鍵となる。

 澪は、まだ追いつけていないようだ。


「金曜日の放課後までに、返却前の本を大量に手に入れることが出来る人間がいる。誰だか分かるか?」

「分からない」

「少しは考えろよ」

「そういうの、いらないから。結論だけ教えて」

「お前、全ての推理小説を敵に回したぞ」

「いいから、早く教えて」

「はいはい」


 答えは単純だ。

 勿体つけるほどのものではない。


「『木曜日の図書委員』だ」

「……どういうこと?」


 澪はまだ分からないらしい。

 少し丁寧に説明する必要があるようだ。

 ぼくは情報を整理しながら、話を続けた。


「返却ボックスにある本は、システム上、全て返却前の本ということになるだろ?」

「うん」

「木曜日の担当が返却処理をしなければ、それらは未返却のままということになる」

「木曜日の図書委員が、サボっているってこと?」

「そうだ」


 木曜日の当番こそが、全ての元凶だ。

 それが事実であることは、昨日のうちに確認してある。


「でも、そんなことをしたら、司書さんにバレるんじゃ……」

「どうやって?」

「朝の時点で、返却ボックスが空になっているか司書さんが確認する。もしも、当番をサボっていたら、返却ボックスに本が残っていることに気づくわ。でも、実際はそうなっていないでしょ?」


 確かに、司書は不正に気付いていない。

 その点だけは、正しい。

 だけど、それは必ずしも不正がなかったということを意味しない。

 つまり――。


「司書さえ騙せれば、後はやりたい放題ってことだ」

「でも、そんなことが出来るの?」

「出来る」


 実際にやっていた。

 ぼくは、その証拠を握っている。


「犯人は返却ボックスに入っていた本を、空き教室のロッカーに隠しておいたんだ。翌朝、司書がチェックした時には、返却ボックスは空になっている」

「でも、その後はどうするの?」

「司書のチェックが終わった後に、隠しておいた本を再び返却ボックスに入れる」


 これで、木曜日の返却本を金曜日の担当に押し付けることが出来る。

 澪は毎回、これをやられていたのだ。


「でも、今日はなかったよね?」


 そこが、大切な所なのだ。

 昨日のうちにぼくが手を打っていた。

 あるいは『犯行』に及んでいた結果がこれなのだ。


「何故今回はないの? もしかして、注意してくれた?」

「いいや」

「それじゃあ、どうして今日は返却本がないの?」

「別の場所に隠した」

「え?」

「昨日の放課後、空き教室に隠してあった本を、ぼくは更に別の場所に隠しておいたんだ」


 澪は目を見開いた。


「犯人は今朝、隠しておいた本を返却ボックスに入れるつもりだった。それがなくなっていて驚いただろうね」


 それがぼくの計画だ。

 こうしておけば、木曜日の当番は次からちゃんと仕事をするだろう。

 だけど、澪は納得しなかった。

 その表情には、後悔が伺える。


「そこまでやる必要、あった?」


 その言葉には、どこか責めるような響きがあった。


「……ぼくの自己満足だよ」


 ただ一言、木曜日の担当を注意するだけでもよかったのかもしれない。

 でも、ぼくはそれをしなかった。

 木曜日の担当――『黒野しおり』を追い詰めるための計画を立てた。

 そして、桐島先輩に協力してもらったうえで、実行に移した。

 あの時、澪の涙を見て『ほどほどにする』という選択肢は消えていた。

 だけど――。


「そこまでやってほしくなかった」


 澪は苦しそうに言う。


「だから、ぼくの自己満足だって。澪は、気にしなくていい。何かあったら、ぼくが対処するから」


 これは、ぼくの本音だ。

 これ以上、澪に負担をかけたくなかった。

 出来ることなら、この計画自体、澪に知られたくなかった。

 だけど、その思惑は外れてしまった。


 重苦しい沈黙が落ちる。

 そんな中、澪から微かな嗚咽が漏れた。

 彼女の身体は震えていて――。


「……気にするよ」


 ぽつりと、絞り出すように言った。

 その瞳には、既に涙が溜まっている。


「私のせいで凪が傷つくのは、嫌なの。あの時みたいに、また凪が悪く言われるようなことになったら、私は……」


 言葉が途切れる。

 澪は唇を噛み、身体を震わせた。


「ごめん。ありがとう。でも、もう頼まないから」


 澪は、震える手で鍵を差し出した。


「澪、あの――」

「一人にして」


 澪はぼくの手に、無理矢理鍵を握らせた。

 そして、それ以上何も言わずに、その場を離れていった。

 追いかけたかった。

 でも、追いかけたとして――。

 ぼくに何が言えるのか分からなかった。

 ただ、その後姿を見送ることしか出来なかった。


「凪、ごめんなさい。私のせいで……」


 澪が立ち去った後、申し訳なさそうに桐島先輩が言った。


「構いませんよ。そのうちバレていたでしょうし」

「……ごめんなさい」


 先輩は再度謝罪の言葉を口にした。

 この人は、何も悪くないのに。

 ただ、ぼくの計画に巻き込まれただけ。


 ――また、失敗した。


 そうだ、失敗してしまった。

 だけど、後悔はない。

 同じことがあったら、ぼくはまた同じことをするだろう。

 それが澪の意思に反していたとしても。

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