図書室の謎③:氷の姫君、大ピンチ
金曜日。
放課後になると、ぼくは図書室に行った。
ドアの前で少し待っていると、澪が鍵を持ってやって来た。
図書室の鍵を開け、中に入る。
今日の流れは、単純だ。
澪が通常業務を行う。
その間に、ぼくが返却ボックスに入っている本の処理をする。
それだけだ。
返却ボックスの処理については、通常図書室を閉めたあとに行う。
それをぼくがやっておくことで、手早く終わらせることが出来るというわけだ。
「澪、返却ボックスの鍵は?」
「これ。私が開けるから、中身をカウンターまで持ってきちゃって」
澪は返却ボックスを開ける。
そして、中を覗き込むと「あれ?」と声を漏らした。
「どうした?」
「今日は返却ボックスに入っている本が少ない」
澪は不思議そうに言った。
ぼくが「へぇ、そうなんだ」と返す。
すると、澪は疑わし気に目を細め、ぼくを見た。
「何をしたの?」
「解説は後回しだ」
それから一時間、ぼくたちは図書委員の仕事をした。
澪が貸出と返却の処理をする。
ぼくは、返却された本を元の位置に戻していった。
そして――。
定時になり、図書館の鍵が閉められた。
本棚に戻す作業については、大体終わっている。
残りの作業も、五分で全て終わった。
「何だか、あっさり終わっちゃった」
「何よりだ。それじゃあ、鍵を返して部活に行け。あと、手伝ってもらったことは言っておいたほうがいい」
「恩を着させる気?」
「そうしないと『やっぱりやろうとすれば早く終わらせることが出来た』とか思われるだろ」
「あ、そっか」
澪は納得したようだった。
「細かい所に気が付くわね」
「そういうのは得意なんだよ」
「とにかく、ありがと。後でお礼はさせてもらうわ」
こうして、今日の仕事は無事に終了した。
そのはずだったのだが――。
図書室を出たところに、桐島先輩がいた。
「凪。相談したいことがあるのですが」
桐島先輩は、澪に視線を向ける。
澪には聞かれたくない話なのだろう。
「私、先に行くから」
それを察したのか、澪は立ち去ろうとする。
だが――。
「いえ、待ってください」
離れようとする澪を桐島先輩が呼び止めた。
これは意外な展開だ。
「申し訳ありませんが、朝比奈さんも話を聞いていただけないでしょうか?」
「私、ですか?」
「はい、そうです」
先輩は肯定した。
澪にも聞いて欲しい話。
一体、なんなのだろうか。
ぼくはそこを疑問に思った。
だが、澪は別の点が引っかかっていたようだ。
「あの、どうして私の名前を知っているのですか?」
「え?」
しまった!
澪と先輩との間には、接点がなかったはずだ。
それじゃあ、何故知っているかって?
あの日、秘密の部屋に隠れていたからだよ!
あれがバレたら大変なことになる。
「朝比奈さんは、以前表彰されていましたから。確か、陸上の大会で入賞されていましたよね?」
「あ、はい。ありがとうございます」
何とか誤魔化せた。
ナイスです、先輩!
急なことに対処できないポンコツだと思っていました。
「それで、私も話を聞いていいんですか?」
「はい、是非」
先輩は必死だった。
それなりに重要な理由があるのだろう。
「実は、本が返却されていないことになっているのです」
「返却されていない?」
「はい、そうなのです。実は、昨日図書館で借りたもの以外に、もう一冊借りていたのですが……。借りたのは先週の金曜日。貸出期間は一週間だから、今日が返却期限だったでした。昨日の朝、返却ボックスに入れて返却したはずなのですが――」
先輩は、手に持っていたスマホを操作する。
この高校の図書室は、貸出状況の確認をスマホで行うことが出来る。
無駄にハイテクなのだ。
「これを見てください」
先輩は、ぼくだけにスマホの画面を見せた。
そこには二冊の本が表示されていた。
『官能小説の歴史』
『夏への扉』
後の方は、昨日借りたものだ。
両方とも『貸出中』になっている。
それにしても『官能小説の歴史』って。
普通、そんなものを高校の図書室に置くか?
記録的な側面が強そうなタイトルだが、弾くだろ。
まぁ、こうして借りる人がいる以上、全否定は出来ないけれど。
「二冊とも『貸出中』のままになっています。本来であれば、昨日のうちに返却されたことになっているはずなのに。このままでは、前に借りたものについて、督促状が貼りだされてしまいます」
督促状――確かに、それは問題だ。
督促状は、借りている本と借りている人の名前を晒上げる仕組みだ。
返却期限を過ぎたら、図書館前の掲示板に貼られることになる。
わざわざ見に行く者もいないだろう。
だが、図書室を利用する生徒や通りがかりの目につくことはある。
金曜日に借りていれば、返却期限は翌週の金曜日。
つまりは、今日ということになる。
督促状は、月曜日には張り出されることになるだろう。
そこに桐島エリスの名前があったら、どうなるだろうか。
しかも『官能小説の歴史』というタイトルと一緒だ。
「どうしましょう……」
「先輩は、定期的にピンチに陥りますね」
「何とかしてください!」
桐島先輩は、必死になって言った。
これで、澪を呼び止めた理由も分かった。
桐島先輩の状況は、今この場で何とかする必要があるのだ。
鍵を持っている澪が帰ってしまったら、対処不可能になってしまう。
そうなったら、先輩のイメージ瓦解は必至だ。
「お願いします! 何故返却済になっていないのか。どうすれば返却済に出来るのかを考えてください!」
声が震えていた。
彼女は、孤高のお嬢様ということになっている。
誰にも頼らず、何でも自分で何とかしてしまう存在。
だが、そんな人間がいるわけがない。
それは、周囲が勝手に持ったイメージだ。
本人もそう思われることを望んでいない。
それでも――。
呆れられるのは怖いのだ。
偏見を持たれたくなくとも、その偏見を裏切るのも嫌なのだ。
そういう気持ちは、とてもよく分かる。
「分かりました。とりあえず、落ち着いてください」
「……はい」
ぼくはどう対処すべきか考える。
このまま放置しても解決しないことは分かっている。
「澪、鍵を渡してくれないか?」
「何で?」
「ちょっと問題が発生した。それを何とかしておきたいんだ。鍵はぼくから職員室に返しておくから」
「嫌よ」
澪は即答した。
不安げな表情を浮かべ、鍵を握りしめる。
彼女は既に理解しているのだろう。
この事態の原因をぼくが知っていることを。
そして、どうすれば解決するのかも知っていることを。
「何がどうなっているのか、説明して頂戴」
どうやら、逃げ道は残されていないようだ。
ぼくは観念した。
今回は、上手くやったと思ったのだ。
決してバレない計画だったはず。
だが、失敗してしまったようだ。
「桐島先輩。結論から言います」
「はい」
「犯人は、ぼくです」
「……はい?」




