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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第2章 朝比奈澪の秘密

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朝比奈澪の秘密③:陸上少女、秘密がバレる

 昼休みになると、ぼくは自席から離れた。

 これまでは、自席で昼食を食べていた。

 だけど、桐島先輩の件で質問攻めになりそうだったから、早めに消えておくことにしたのだ。

 先輩の心遣い自体はありがたい。

 だけど、ぼくには少々レベルが高すぎる。


 向かった先は、旧部室棟。

 校内はどこも人だらけで、一人になれる場所を見つけるのは困難だ。

 その点、旧部室棟はよかった。

 そもそも、入ってもいいものかどうかが分からない。

 だから、人が寄り付かない。


 そのはずだったのだが――。


 いざ行ってみたら、人の姿があった。

 そこにいたのは、小柄な女子生徒。

 廊下の椅子に腰かけて、昼食を食べている。

 耳にはイヤホンをしており、こちらには気づいていないようだった。


 ――なんで、アイツがこんなところに。


 そこにいたのは、朝比奈澪だった。

 予想外の人物の登場に、ぼくは驚いた。

 彼女は、こんなところで一人で昼食をとるような人間ではない。

 陽キャの中の陽キャ。

 いつでも人の中心にいる人間。

 そうであるべき人間だ。


 ぼくは、気づかれる前に立ち去ることを検討した。

 三十六計逃げるに如かず。

 気まずい思いをする前に、即時撤退。

 これこそが陰キャの生存戦略というものなのだが――。


 気づかれてしまったようだ。

 目と目があってしまった。

 りくじょうしょうじょ の みお が あらわれた。

 ポケモンバトルの開始だぜ!


 さて、冗談はさておき――。

 澪は驚いた様子でこちらを見ていた。

 そして、慌ててスマホを操作しイヤホンを外した。


 いかがわしいサイトでも見ていたのだろうか。

 そんなわけないか。

 最近、物事の判断基準が桐島先輩に侵食されてきている。


「……やぁ」

「どうも」


 会話が成立してしまった。

 このままどこかに行くのも感じが悪いだろう。

 ぼくはもう少しだけ、話を続けることにした。


「何でこんなところに?」

「そっちこそ」

「ぼくは、一人が好きなんだよ」

「……私も」

「嘘つけ」


 こいつは、集団の中心にいる人物だ。

 一人でいることが好きなわけがない。


 そう思っていた。

 そう思い込んでいた。

 だけど――。


「……ここなら、誰も探しに来ないから」


 澪の表情に影が差した。

 その一言に、はっとした。

 思い出す。

 小学生の頃の澪は、人見知りで、ぼく以外と話すのが苦手だった。

 それが変わったのは、中学生になってから。

 彼女が人気者になったのは、中学に入って陸上を始めてからだ。

 性格も明るくなった。

 多くの人と仲良く話すようにもなっていた。

 それで変わったように思っていた。


 だけど、そうではなかったのかもしれない。

 ずっと虚勢を張っていただけなのかもしれない。


 沈黙が落ちる。

 それを破るように、澪が話し始めた。


「桐島先輩とは、どういう関係なの?」

「どうって、スマホの――」

「それ、嘘でしょ?」

「いや、嘘じゃないよ」


 澪の瞳が、まっすぐぼくに向けられる。

 なんだか、見透かされているような気になった。


「嘘じゃないけど、本当のことも言っていない」


 正解だった。

 流石は幼馴染だ。

 ぼくのことをよく知っている。


「もしかして、本当に深い仲になっているの?」

「そんなわけないだろ」

「そ、そうよね。ま、何でもいいけど」


 澪は笑みを浮かべながら言った。

 その笑みは、どこかぎこちないように思えた。


「どうして、そこまで他人のことが気になるんだろうな」

「べ、別に、アンタのことなんて気になってないわよ!」

「いや、澪のことじゃなくて。ぼくが言ったのは、クラスの連中だよ。口を開けば、他人の噂話ばかりしている。自分には関係ないのに、他人の粗探しばかりしている」


 勿論、他の話題もあるだろう。

 だけど、噂話が圧倒的に多い。

 放っておいてくれればいいのに。


「……調整しているからでしょ」

「調整?」

「佐藤凪という存在を、どう扱えばいいのか分からないのよ。クラスの人たちは、凪のことを一段下に見ているんだけど――自覚ある?」

「もっと下に見られていると思っていたよ」

「もっとって……」

「九段下とか」

「逆に格調高くなっているわね」


 澪は律儀にツッコミを入れてくれた。


「話を戻すわ。クラスの中って、人間関係が複雑でしょ?」

「そうなのか?」

「そうなのよ! どうして分からないの?」

「ぼくには関係のない話だからね」

「一応、クラスメイトなのに……」


 澪は呆れたように言う。

 だけど、事実は事実なので問題ない。

 ぼくレベルの陰キャになると、他人への関心がなくなる。

 クラス内の人間関係など、全く気にならなくなるのだ。


「とにかく、普通の人は、周囲の様子をうかがいながら人間関係を構築していくのよ。一つ選択を誤れば、一気に最下層に落とされる可能性もある。だから、何が正しくて、何が間違っているのか――それを噂話や陰口で確認し合っているの。そうしておかないと、不安で仕方がないの」

「……成程」


 澪は人間関係をよく見ているようだ。

 無敵の陽キャ様となってしまったと思っていたけれど――。

 それはどうやら、間違っていたらしい。


「陰キャの魂は失っていないようだな」

「そんなものいらないわよ!」


 澪はツッコミを入れた。

 その拍子に、澪の手元が狂い、スマホに触れてしまう。

 すると――。


『お前のこと、愛しているぜ』


 スマホから、甘い声が聞こえてきた。

 耳触りの良い男性の声。

 どこかで聞いたことがあるような気もするが。


 ――どこだったかな。


 澪は慌ててそれを止めようとした。

 だが、手が滑って床に落としてしまう。


『誰が否定しても、ぼくはお前のことを肯定するぜ』

『お前は最高だ』

『アイ ラブ ユー なんてな』


 静かな旧部室棟に、甘い言葉が響き渡る。

 澪は慌ててスマホを拾い上げて、音声を止めた。

 沈黙が落ちる。

 そして、ぽつりと――。


「何か、文句ある?」


 顔を真っ赤にして言った。


「いや、別に……」

「嘘ね! 馬鹿にしているでしょ!」

「してないよ」

「絶対に馬鹿にしているわ! そして、ばらすわ!」


 澪は目に涙を浮かべながら言った。

 ぼくがそんなことをするわけがない。

 彼女なら、それを分かってくれるはずだ。

 だけど、今は冷静に考えるだけの余裕がないらしい。


「ちょっと待ってなさい。『記憶 消去』で検索しているから」

「方法が分かったとして、実行するつもりか!?」

「勿論よ!」


 冗談なのか本気なのか分からなかった。

 混乱している彼女なら、やりかねないような気もする。

 ここは、いったん逃げておいた方がいいかもしれない。


「それじゃあ、ぼくはこれで――」

「ちょっと、待ちなさい」


 立ち去ろうとするぼくの腕を澪が掴んだ。

 手にこめられた力に、絶対に逃がさないという意思を感じる。


「何だよ?」

「佐藤の恥ずかしい秘密を教えて! それで、口止めということにするから」

「ぼくに何のメリットがあるんだ?」

「それは……」


 澪は口ごもる。

 ぼくにメリットはない。

 だが、このままでは不安なのだろう。

 このことがバレたら、色者扱いされる。

 安心するための担保が欲しいのだ。

 その気持ちは、桐島先輩の件でよく分かっている。

 だから――。


「前からずっと、お前と仲直りしたいと思っていた」


 ぼくはそう言った。

 これがぼくの『恥ずかしい秘密』だ。

 澪は少し驚いた様子だった。

 それが良かったのか、冷静になってくれたようだ。

 澪はぼくの腕から手を離した。


「……そう」

「それじゃ、ぼくはこれで――」


 澪は、立ち去ろうとするぼくの服を掴んだ。

 まさか、ぼくの記憶を消すのを諦めていないのだろうか。


「あの、澪……?」

「この状況で、どっかに行く気なの?」

「えっと――」

「仲直りしたいって、言い捨てて行く気?」

「ぼくはどうすれば?」


 澪は、目をそらしながら「一緒に食べていきなさい」と言った。

 もしかしたら、これはぼくの言葉に対する返答なのかもしれない。


「分かった」


 ぼくは澪の隣に腰かける。

 ぼくたちは、久しぶりに会話らしい会話をした。

 その途切れぬ音が、静かな旧部室棟に響いていた。

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