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お隣の氷姫は、ぼくにだけ微笑む  作者: こねこねこ
第2章 朝比奈澪の秘密

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朝比奈澪の秘密②:氷の姫君、襲来する

 教室に入ると、いつもと空気が違うことに気づいた。

 ちら、とさりげない視線が突き刺さる。

 それも一人や二人ではない。

 教室のあちこちから、ぼくを観察するような目が向けられていた。

 ぼくは目立たない人間。

 いてもいなくても変わらない。

 そんな空気の様な人間。

 そのはずだったのに。

 いや、だからこそ――なのだろう。


『地味で目立たない『陰キャ』のところに、あの桐島エリスが来た』


 そんな珍事が同級生たちの好奇心を刺激したらしい。

 事情を聞きたそうにしているのが見て取れる。

 だけど、そう簡単にはいかない。

 何故なら、ぼくには友達がいないから。

 このタイミングで、友達でもない僕に声をかけたとしよう。

 それがゴシップの詳細を知るためだということは丸わかりだ。

 それは失礼な事であり、避けるべきこと。

 実にお行儀の悪い、褒められない行動と言っていい。

 そんな奴には『ゴシップ好き』の烙印が押されることになるだろう。

 誰だって、それは避けたい。


 もっとも、何事にも例外はある。

 烙印を避けながら、ぼくに声をかける方法も存在する。

 それは『遥かなる高み』から、情報を聞き出すということだ。

 ぼくが情報を差し出すのは当たり前。

 だから、無遠慮に聞き出しても『失礼』にはならない。

 何故なら、相手は格下なのだから。

 そんな態度で話しかけるのだ。

 何故分かるかって? 勿論、経験則だ。


 実際に、一人の生徒が声をかけてきた。

 特段親しくもない奴だ。

 だから、名前も覚えていない。

 あちらも、ぼくの名前を知らないだろう。


「なぁ、佐藤」


 名前は憶えてくれていた。

 ちょっと反省――いや、昨日覚えたばかりかもしれないな。


「昨日のアレは、何なんだ?」


 そいつは、嫌らしいニヤけ顔で尋ねてきた。

 これが『遥かなる高み』から、人を見下す表情だ。

 実に醜い。


「アレって?」

「桐島先輩だよ。どういう関係なんだ?」


 この、何とかさんの質問内容は、予想通りだった。

 当然、昨日のうちに回答は考えてある。


「以前、スマホの設定で困っていたのを見かけて、簡単な設定を教えたことがあったんだ。昨日は、スマホが壊れたと思ってやって来ただけ」

「それだけで教室まで来るのか?」


 生徒の目が、意地悪く細められる。

 周囲の連中も、聞き耳を立てているのが分かる。

 ぼくは愛想笑いを交えて答えた。


「スマホは重要だよ」

「まぁ、それはそうだけど……」

「とにかく、大した関係じゃないよ。あの人と親しくなる理由がないからね」

「なんだ、つまんねぇな。でも、納得したぜ。お前みたいな『陰キャ』が、桐島先輩と親しくなれるわけがないからな」


 その言葉が、ぼくの気分を重くした。

 陰キャ――ぼくも自分のことをそう称している。

 だが、それは自己防衛のようなものだ。

 他人に言われて傷つく前に、自分で言ってしまう。

 だから、ダメージの軽減は出来ても、無傷というわけにはいかない。


 ――でも、仕方がないよな。


 これまで、ずっと否定してこなかった。

 友達がいるわけでもないし、性格も暗い。

 反論できる点がない。

 そう思っていたら――。


「凪」


 声がした。

 聞いているだけで癒されるせせらぎのような声。

 その音だけで、教室の空気が浄化されたように錯覚する。

 その声の主は、間違えようがない。


「先日はありがとうございました。とても助かりました。それと、私達は友達だと思っていたのですが」

「先輩!?」

「先輩? どこのどの先輩のことですか?」

「桐島先輩」

「どこの桐島さんでしょうか? ああ、それと。あの時のやり取りをここで再現して、私を辱めたいという欲望がないのであれば、素直に名前を呼んでいただけますか」

「……エリス」

「はい」


 そう答えて、先輩はぼくの腕を掴んだ。

 小さな騒めきが起きる。

 教室中の視線が、ぼくと先輩に突き刺さった。


「え、あ、あの……」

「内緒の話があるので、廊下に来ていただけませんか?」


 先輩は、周りに聞こえるように言った。

 そして、ぼくの手を引き、廊下に連れだした。


「全く、失礼な人ですね」

「でも、ぼくが陰キャであることには間違いはありませんから」

「あの人が言う『陰キャ』には悪意しかありません。言葉に悪意を込めるのは、褒められたことではありません」


 先輩は怒ってくれていた。

 ぼくのために。

 そのおかげか、ぼくの心は随分と晴れていた。

 今は、少しだけむず痒い熱が残っている。


「先輩、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

「ところで、先輩はどうしてここに?」

「ああ、そうでしたね。大切なことをお伝えするのを忘れていました」

「大切な事?」


 先輩は、ぼくの耳元に口を近づけ――。


「実は、今日は用事があるのです。ですから、家にうかがうのが遅くなりそうです」


 そう告げた。

 まるで、重大な秘密を伝えるかのように。

 そして、それをクラスの連中に見せつけるかのように。


「以上」

「……それだけですか?」

「はい、それだけです」


 先輩は面白そうに言った。


「そんなもの、スマホでメッセージを送っておいてくれればよかったのに」

「一応、直接来た理由はあります」

「何故ですか?」

「アナタの声が聞きたくなったから」


 その言葉に、一瞬呼吸が止まった。

 冗談で言っていることは分かる。

 だけど、魅力的な笑顔と共に言われ、動揺せずにはいられなかった。


「家に帰れば、嫌というほど聞かせてあげますよ」


 ぼくは冗談交じりにそう返した。

 すると、先輩は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。


「何だか、意味深なセリフですね」

「う……」


 指摘されて初めて気づいた。

 何だか、恥ずかしいことを言ってしまったような気がする。

 というか、確実に言っている。

 やばい。叫びだしたい。


「ごめんなさい、迷惑でしたね」

「いえ、そんなことは――」

「でしたら、また来てもいいでしょうか?」

「何故来たがるんですか?」

「私が来ると、凪が注目されることになります」

「そうですね」

「とても面白いです」

「悪質!?」


 桐島先輩は、楽しそうに言った。

 その表情には全く警戒心が見当たらない。

 ここは一つ、反省を促さなければならないだろう。


「そんなことをしていると、ぼくから秘密が漏れるかもしれませんよ」

「そんなことにはならないと一緒にいて確信しました」


 先輩は、分かってやっているらしい。

 それほどまでに、ぼくを信用してくれているらしい。

 何故だか、心がムズムズしてきた。

 認めがたい嬉しさがこみあげてくる。


「そういうことですので、今後はもう少し表立って会いに来ようかと思います」

「何故です?」

「凪の価値を私が認めていることを示したいのです」


 それは、とてもありがたく感じた。

 事件解決の対価としては、大きすぎるほどだ。

 そんなことを考えていたのだが――。


「ちなみに、これは私がやりたくてやっていることです。お礼にはなりませんので、ご注意を」


 先輩は、色々とお見通しだったらしい。

 ぼくは、そこまで分かりやすいのだろうか。


「お礼については、考えておきます」

「なるはやでお願いしますね」


 そう言って、先輩は自分の教室へと戻っていった。

 何故だか、少しだけ落ち着かない。

 むず痒いような。

 心の奥が熱くなるような。


 ――この気分は、何なのだろうか。


 そんなことを考えながら、教室に戻る。


 すると――。

 同級生たちが、ぼくを待ち構えていた。

 当然こうなることは予想出来ていた。


「成程、これか」


 結局、担任が来るまで詰め寄られた。

 ぼくは終始その言い訳に明け暮れた。

 クラスの中で、一か月分は話をしたような気がする。


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