断片的な脅迫⑦:氷の姫君、肯定する
「職員室です」
ぼくは言った。
それを先輩は不思議そうに聞いていた。
「何故職員室なのですか?」
「このスマホの持ち主は、先輩のスマホを持っていることになります。ロックがかかっているでしょうから、勿論、使うことは出来ません」
「そうですね」
「では、どうやってこのメッセージを送ってきているのでしょうか」
「……あ」
先輩が声を漏らす。
手元のスマホは使えない。
では、どうやってメッセージを送っているのか。
その方法は限られている。
「既に、家に帰って、パソコンから送っているのでは?」
「それはないと思います。演劇部は、三十分前に解散となっていました。先輩が持っているスマホには、その時間から何度もメッセージが送られています」
「つまり……?」
「メッセージを送り始めたのは、学校内でのことだったということです。メッセージはひっきりなしに来ています。ですから、移動もしていないでしょう。だとしたら、東雲さんが、どうやってメッセージを送っているのか、ということが問題になります」
「どうって……」
自前のスマホは使えない。
他人からスマホを借りているという可能性も低いだろう。
だとすれば――。
「二台目のスマホを持っているのだと思います」
「二台目……」
「とはいっても、一人で通話のできるスマホを二台持っているとは考えにくいです。一台はWi-Fiのある場所でしか使えない機種変更前のものではないでしょうか」
機種変更をしても、前のスマホが使えなくなるわけではない。
Wi-Fiにつなげば、インターネットに繋げることも出来る。
そうなれば、アプリでメッセージを送ることも出来るだろう。
「この学校の中で、Wi-Fiのある場所」
「……あ」
「それは、職員室周辺だけです」
「行ってみましょう!」
ぼくと先輩は職員室周辺へ向かった。
職員室から死角となる位置に、生徒たちが集まっている。
その大半は、スマホを片手に雑談にふけっていた。
「あ、あの人。東雲さんがいました!」
お目当ての人物が見つかったようだ。
先輩はその人のところへ、小走りで向かっていく。
ぼくはそれを見送った。
ここまで先輩と一緒に行動してしまったけれど、外では必要以上に近づかないほうがいい。
それが、先輩のためなのだ。
東雲さんは、眼鏡をかけた黒髪の女生徒だった。
スマホを持ちながら、数人と一緒に話をしていた。
おそらく、演劇部の仲間なのだろう。
先輩は事情を説明して、東雲さんが持つスマホを交換した。
無事にロックは解除出来たらしい。
先輩の態度は、外面モードのクールなものだ。
だけど、安堵しているのが分かった。
これで、事件は解決した。
それを見届けたぼくは、すぐにその場を離れた。
佐藤凪は、クールに去るぜ! と頭の中で呟いて。
ぼくは教室に戻り鞄を取ってから、一人で家に帰った。
×××
ぼくが家に帰ってから三十分後。
先輩がぼくの家のチャイムを鳴らした。
走って来たのか、息が荒くなっている。
「今日は、本当にありがとうございました」
先輩は深々と頭を下げた。
「東雲さんに会って、無事にスマホを確保することが出来ました」
「よかったです」
「すぐにお礼を言いたかったのですが、いつの間にかいなくなってしまっていたので――」
それは分かっている。
先輩と一緒にいる姿を見られたら、面倒なことになる。
だから、先に一人で帰ったのだ。
既に見られてはいるけれど、これ以上目撃者を増やす必要もない。
「東雲さん、驚いていました。どうして分かったのかって。また後で説明することになりました」
先輩は嬉しそうに言う。
それを見ていると、ぼくも嬉しくなってくる。
だが、一つだけ――。
頼まなければならないことがある。
「そのことについて、一つお願いがあるのですが」
「何でしょうか? 佐藤さんは恩人です。出来ることなら、何でもして差し上げます」
この人『何でも』って言ったぞ。
まぁ、ぼくとしても無茶な要望をする気はない。
「ぼくのことは、内緒にしてください」
「……え?」
先輩は言葉に詰まっていた。
まるで理解できないというように、眉を顰める。
「中学生の頃、学校で推理のようなことをしたことがありました。詳しくはお話ししたくないので、しません。とにかく、そのせいで、ぼくは酷い目に遭いました」
「そうだったのですね……」
「それを繰り返したくないのです」
あの時の苦痛を思い出す。
自分だけではなく、大切な友達も傷つけた。
その友達とは、疎遠になってしまった。
それでも――彼女がこれを知ったら、どう思うだろうか
また同じことをしている、と呆れられてしまうかもしれない。
「はい、分かりました」
先輩は申し訳なさそうに言った。
「でも、忘れないで下さい。私だけは知っていますから」
「はい?」
「アナタは、私を助けてくれました。私はとても助かりました。命拾いしたといってもいいくらいです」
「それは、大げさでは?」
「そんなことはありません!」
先輩は語気を強めて言う。
確かに、それは大げさではないのかもしれない。
氷の姫君――桐島エリス。
彼女についたイメージは、オタク趣味とは結び付きにくい。
それがバレた時、周囲は先輩に対し失望することになるだろう。
更に、嘲笑が向けられることになるかもしれない。
勝手に思い込み、勝手に失望する。
迷惑千万な話ではあるのだけれど――。
それを恐れる気持ちは、よく分かる。
誰だって、失望されるのは怖いのだ。
「本当に、ありがとう」
そう言って、先輩はぼくに抱き着いた。
柔らかな身体の感触が伝わってくる。
同時に、甘く爽やかな香りがぼくを包み込んだ。
その突然の行動に、心臓が跳ね上がった。
「あの、先輩?」
「何でしょうか?」
「これは、問題なのでは?」
「そんなことはありません」
問題ないらしい。
この人にそう言われたら――ぼくは従うしかない。
まぁ、これくらいの役得はあっていいだろう。




