断片的な脅迫⑤:氷の姫君、打ち明ける
「……それでは、駄目なのです」
先輩は震える声で言った。
「どういうことですか?」
先輩は言うのをためらっていた。
だが、少しして恥ずかしそうに口を開く。
「私は毎日、午前六時に起きるのですが――その時に流れるアラーム音が、アニメの曲なのです」
「……成程」
アラーム音か。
まだ起きたくない。それでも起きなければならない。
そんな時、好きな曲が流れてくれば、少しはテンションも上がるだろう。
気持ちは分かる。
ぼくも似たようなことをしている。
映画のサントラをかけて、盛り上がるところで起きるのだ。
「でも、アニメの曲と言っても、恥ずかしがることはないと思いますよ。最近は、アニメ映画ばかりが興行収入的に成功していますし。曲自体が有名なものなら、アニメとは無関係に好きになった曲だということにしておけば――」
「先日放送開始されたばかりのアニメ『Hi,情事』の主題歌なのです」
「何ですか、その題名!?」
タイトルはともかく――これは駄目だ。
聞いた人が、何の曲だか分からない可能性はある。
だけど、歌詞を検索すれば、すぐに分かってしまうだろう。
そうなった時、先輩のスマホを持っている人物は、黙っていられるだろうか。
氷の姫君の意外な趣味。
大っぴらに吹聴することはないだろう。
だけど『言いふらしたい』という欲求に逆らえないかもしれない。
こっそりと、友人にだけ話してしまうかもしれない。
ご丁寧に『誰にも言わないで』とか前置きをつけて。
そうなったら、もうお終いだ。
聞かされた人も、他人に話したくなるだろう。
友人から聞かされた以上『誰にも言わないで』の拘束力は非常に弱い。
それは『友人になら教えてもいい情報』ということになる。
友達の友達、友達の友達の友達、友達の友達の友達の友達。
噂はねずみ算的に伝播していくことになる。
それを止めることは、誰にもできない。
つまり――。
この事態に対処するためには『知られない』ことが必要だ。
初動対応に失敗すれば、全てが手遅れになってしまう。
事態は急を要するのだが――。
「『Hi,情事』というのは、私が敬愛する『あまつか☆えんじぇる先生』が原作を務めた少女漫画です。世界最高のピエロとなることを目指した少女が、数多の試練を乗り越えながら成長していく物語ですね」
「青春ものですか」
「……何を仰るのですか?」
先輩は小首をかしげる。
そして、とても可愛らしい顔で告げる。
「エログロホラーに決まっているじゃないですか」
「エログロホラー!?」
「ピエロとホラーは切っても切れない仲ですから」
「それ、常識なんですか?」
「勿論です! 海外ではピエロフォビアという概念もあるくらいです」
確かに、ピエロが悪役になっていることは多い。
ジョーカーだったり、ペニーワイズだったり。
「それで、この名作が、この度アニメ化されることになったのです。まさかこれがアニメ化されるだなんて、夢にも思いませんでした。というのも――」
先輩は、何故か『Hi,情事』の解説を続けた。
緊急時においても、語るのを止められない。
世間よ、これがオタクだ。
先輩は、しばらく夢中になって話し続けた。
ぼくが少し引いているのに、先輩は気づいたらしい。
「……閑話休題と行きましょう」
先輩は突然真顔になって、そう言った。
ところで『かんわきゅうだい』ってなんだろう。
まぁ、なんでもいいか。
「私のスマホを持っている人は、まだ学校にいるでしょうか」
「持って帰っていたとしても、電話をかけ続ければいつかは出てくれると思いますよ」
「……そうですね」
先輩は、少しだけ気が抜けたようだ。
今すぐの解決は無理でも、今日中に解決できるとは思ったのだろう。
だけど、安心するのはまだ早い。
「ただ、それで問題が解決するとは限りません」
「え?」
「連絡がついたのか遅い時間になったりしたら、回収に応じてもらえないかもしれません。『明日、学校で渡す』と言い出すかもしれません。そうなったら、朝のアラームを聞かれてしまいます」
「それは、困ります」
「ですから、出来るだけ早く――出来れば、学校内で見つけ出したいところです」
そう話していたら、スマホに新しい通知が届いた。
そこに書かれていたのは――。
『金曜日の放課後に、全部バラす』
先輩の肩がビクリと震える。
一見して、先輩の秘密を暴露しようとしているようにも見える。
だが、このスマホは別人のものだ。
これは、先輩への脅しではない。
『さつじんの練習をさせる』
『逮捕された後のことを考える』
物騒なメッセージが、次々と送られてきた。
これの送り主は、何者なのだろうか?
闇バイトの元締めか、あるいは、現代の暗殺者か。
この蒼嶺高校は、ごく平凡な進学校だ。
ここに中二病患者が喜びそうな生活をしている生徒がいるのか。
正体を隠しながら、平凡な日常生活を続ける。
凡人からすれば、痺れるし憧れる存在だ。
「これ、警察に届けた方が――」
「駄目です。そんな悠長なことをしている暇はありません」
先輩の声は、必死なものだった。
明日の朝になってしまえば、アラームが鳴ってしまう。
そうなれば、先輩の秘密がバレてしまう。
さて――少し、真面目に考えてみることにしよう。
『お前の秘密を知っている』
『金曜日の放課後に、全部バラす』
『さつじんの練習をさせる』
『逮捕された後のことを考える』
これまで送られてきたメッセージの内容が、これだ。
何だか、犯罪組織の元締めのようなイメージが湧いてきた。
「これは、手掛かりにはなりませんね」
スマホの画面を見ながら、先輩が言った。
だけど、諦めるのはまだ早い。
ぼくは、このメッセージに違和感を覚えていた。
「いくつか気になることがあります」
「気になること?」
「最後に送られてきたメッセージ『逮捕された後のことを考える』とあります。この『考える』とは、誰が考えるということなのでしょうか?」
「え?」
「脅迫だとしたら『考えろ』になるのではないでしょうか。それでも文脈がおかしいとは思いますが」
だとしたら――。
これは、脅迫文ではないのではないだろうか。
「それと、このメッセージって、会話になっていないんですよね」
「……会話に?」
「ラインって、文字で会話をしますよね? それなのに、ここに送られてくるメッセージは、返事を要求していない。相手が見ているかどうかも気にしていない」
「そうですね……」
一方的に送り付ける文。
内容にも一貫性がないように思える。
だとしたら――。
――相手に何かを伝えるためのものではない?
では、このメッセージは何なのだろうか。
誰がどんな意図で送っているのだろうか。
「とりあえず、情報を整理してみましょう」
焦りは禁物だ。
出来ることを一つずつやっていくしかない。
ぼくは胸ポケットからペンとメモ帳を取り出した。
「……あ」
「何か分かったの?」
「多分、分かりました」
というか、偶然答えにたどり着いた。
その答えは、ぼくの手にあった。
一方的で。
他人に伝える必要がなくて。
支離滅裂。
それでも構わない文章。
つまりは、後で清書する予定のもの。
あるいは、そのまま削除するもの。
それは――。




