05話『惨敗』
惨敗。まさにその一言が相応しかった。
ある日の昼休み。
信幸は撃沈して机に突っ伏していた。その机の中には自分にも自分の身内にも災厄をもたらす遺物が封印されていた。ちなみにこの遺物は、他でもない信幸自身が作り出したものであった。
「さかきー、何してんの?大丈夫?テスト悪かった?」
右斜め前の席からやけに明るい声が飛んでくる。この無駄に陽気で能天気な声は顔を確認するまでもなくわかる。
「清水……」
「どした?」
「お前コソ勉野郎だな…?」
「まっさか!たとえ俺がテスト前にノー勉やべーって言ってた数Iが93点だったとしても!」
「コソ勉じゃねーかー!!」
「いいや!断じて違うぜ!これはただな——」
「なんだよ」
「俺が、天才なだけ」
「ええてほんまに」
清水は、あまりカッコよくない決めポーズをとってなんともこちらを不快にさせてくる。
「まあまあ。二人ともいったん落ち着こー」
どうやって清水を懲らしめてやろうかと考えていると、右肩にポンと手が置かれた。それに清水が反応する。
「む。吉田か。お前は数Iどうだったんだ?」
「僕は86だよ。さかきーはどうなの?」
「ぶち殴るぞてめえらーー!!」
言えない。平均68点で自分が38点だなどと、言えるわけがなかった。
「なんで!?」
「やめろよ榊原。ご乱心か〜?」
「どっちかというとご立腹だ!」
「自分の言葉に『ご』ってつけるところがねぇ……」
「うん…それは僕もちょっと思った…」
「もう黙れーー!!」
こちらが何か言えば墓穴を掘ることに気付いてもう一度机に突っ伏す。
信幸が不貞腐れている間にも勝手に二人が茶化してくる。
「あーあ。拗ねたー」
「突っ伏したね。」
「榊原選手!これはなかなか芸術点の高い姿勢です!握られているボールペンも加点ポイントですね!吉田さん、どう思われますか?」
「素晴らしいですね。特に、勉強する気は一切ないのにボールペンを持っているところとか!」
「もう黙ってくれーー!!」
いい加減我慢ができなくなり、椅子をガタンと揺らしながら叫んで立ち上がる。
しかし、突然の大声と大きな物音に驚いたクラスメイトたちが一斉にこちらを見たことに気づき、気まずくなって静かに自分の椅子に腰を下ろした。
深呼吸を数秒して、心を落ち着かせてから目の前でニヤニヤと笑っている二人に静かに話しかける。
「…マジで許さんからな」
「ごめんって!」
「すんませんでしたぁ!」
二人は全く反省が感じられないような声で謝ってくる。またこめかみに青筋が浮かびそうになるが、なんとか抑える。
「…ったく。お前らなんでそんな点数いいんだよ。」
「天才だから?」
「僕は準備したからなぁ」
「吉田はともかく清水は後でやっぱシメとくか…」
「僕も参加ー。僕より点数いいのむかつくー」
「おい吉田!お前味方じゃなかったんかい!?」
「僕はどっちの味方でもないよ〜」
こんなふうに、したたかで計算高い吉田、いやに陽気でうるさい清水、そして信幸の三人は、クラスでも仲の良い(うるさい)三人組としても認知されている。
割と賑やかな教室内でも群を抜いてやかましいこの三人組は、簡単に言えばバカの集まりである。
最初は、清水が信幸に話しかけたところから始まった。陽の雰囲気を纏った清水とオタクである信幸では共通点はあまりなかったが、なぜかノリがとにかくあったのだった。二人で馬鹿騒ぎをし始めて数日後に「俺も混ぜてー。たのしそー」といって入ってきたのが吉田だった。こいつはただのオタクで、話せば話すほど面白かった。
そんな経緯から、最近はもっぱら三人で固まって行動することが多い。
「んもー、榊原君ったら!急に大声出したりして、驚いたじゃないの!」
清水が気持ち悪い声と口調で何か言っているが無視する。
「あ、さかきー無視したー。よくなーい」
「やかましい」
「あ、てか他教科どうだった?俺は家庭科満点だったぜ!」
清水が胸を張って自慢してくる。
「もうお前の名前おふくろだな」
「ぷっ。あ、僕は技術98点だったー」
「お前はエンジニアな」
「そういうさかきーはどうなの?」
「……聞くな」
「おっけー」
どうも今日は机の中の異物のせいでツッコミとボケのキレが悪い。これは一刻も早く文芸部室での睡眠が必要だな、と思う。
「あ、そうだ。清水。最近玉木さんとはどうなの?」
「む。お前如きが俺最愛の彼女の話題を発するな」
「なんでそんな刃の浮くようなセリフを口に出せるんだよ…」
「ふふん、榊原。うらやましいか〜?」
「ウンー。スッゴイウラヤマシー」
「強がんなって〜。お前は好きな人でもいんの〜?」
「………」
「なんで黙るんだよ!怪しいぞ!」
「僕はなんとなく分かってるからもう無駄だと思うよ。」
「………」
こういう話になると、信幸はどうも舌が回らなくなるのだった。自分がポンコツ恋愛脳だと知られたくないし、第一、鹿乃亜に話が回るのが恐ろしいので何も喋らないようにしているのだった。
そんなことを考えてる間に、吉田が清水の耳元で何事かを囁いた。清水が目をカッと開く。
「ほう…そうかぁ…」
「なんだよ」
「いや、頑張れよ!」
やけに綺麗な満面の笑顔を見せてくる清水をこづいているうちに、昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。
そろそろお前ら自分の席もどれ、と2人に言おうとした時だった。
「ごめん、3人。通りたいからちょっとよけて」
「おお、委員長」
「おけ〜」
2人が軽く答えながら信幸の席の前の道を開けると、鹿乃亜はありがとね〜と笑顔で自分の席へ向かった。
その笑顔は自分だけに向けられたものではないのに、テストの結果で荒んだ心に染み渡る、素敵なものだった。
思わずその表情を思い出してぼうっと物思いに耽る。
その表情を見て、中の良い友人である2人は笑顔になり、同じことを思った。
(こいつ、マジで鹿乃亜さんのこと好きすぎだろ…わかりやす…)
これを言葉に出して言わないところが、2人の優しさなのだった。




