06話『ロングスリーパー榊原』
たとえテストの点数が悪かったとて、いくら昼休みに鹿乃亜の笑顔で癒されたとて、日課の文芸部室での睡眠が要らないということはない。というか日課というほどであるからマストである。
ウェブに「昼寝 いいところ」と入力して検索するといい。集中力の回復、疲労の軽減、そして仕事の効率アップなどの好影響が及ぼされるようである。
こんなにいいことをせずに何をするというのか。
ということで信幸は、文芸部室に向かっているところである。
いつも通り職員室に行って鍵が掛かっている棚から文芸部と書かれた鍵を借り、部の顧問の感心したような視線を感じながら失礼しました、と優等生風なお辞儀を一つしてから職員室の引き戸を閉める。
信幸はこのところ、この優等生ごっこに密かにハマっているのであった。そしてその信幸の迫真の演技に引っかかっている文芸部顧問の感心したような微笑みを見るのが堪らないのであった。
部室に向かうための階段を登りながら、今日もまんまと演技に引っかかった顧問の微笑みを思い出し、笑いが思わず漏れたその時。
「何笑ってんだ気色悪い」
「うお!…って清水か。なんだ気色悪いって」
「私もどうかと思うなぁ…」
突然現れた清水には付き添いがいた。彼女である玉木さんだった。中学からの知り合いであるらしく、清水から告白されて高校入学とともに付き合い始めたそうだ。綺麗な黒髪のショートカットが可憐な可愛い系の美少女である。
「おお、玉木さんもそう思うよな!」
「いや、階段で1人で笑ってる榊原くんのことなんだけど」
「お前も敵なんかい!」
見た目とは違ってかなり鋭く、会話のテンポもいいので信幸とも馬が合う。
「まあまあ、優梨。そんなにいじめてやんなっての。榊原は1人の世界でムフフな想像しながら楽しんでたんだからさ」
「そうだね」
「行こうか。じゃ、榊原。邪魔して悪かったな」
「勝手に話を進めんなーー!!」
哀れみの視線を向けてくる玉木といやに爽やかな笑顔の清水に、今日何度目になるかわからないツッコミをぶち込む。
今日はいつも以上に疲れているなと思ったら、絶対に昼の清水と吉田のイジリのせいだと心当たる。そんな信幸をまだ疲れさせようとは、夜襲でも仕掛ける気なのであろうか。
「てか、榊原くん。今日も文芸部室行くつもりだったの?」
夜襲かけるんならせめて女子にしろ、てかお前彼女いるだろ、と図ることのできない清水の心の中を訝しんでいると、玉木から声がかかる。
「あ、うん」
「私も付いてっていい?ほら、健大も行こ?」
「え〜、あの汚ねぇ半榊原の自室みたいなところに行って何すんだよ」
「一言余計だ」
「読みかけの『転プラ』読もうと思って」
「あー。そういうことか。そういや俺もまだ読んでない漫画あった気がすんな。よし、久しぶりに行くか」
「おい、俺まだ許可してねーぞ。別にいいけどさぁ」
「別にお前の部屋じゃねぇんだから良いだろ。それとも見られたくないモンでもあんのか〜?」
「ねぇよ」
「またまた嘘ばっかり〜」
「玉木さん…?」
「どうでも良いのよそんなこと。さ、早く早く。榊原くんがいないと部室入れないんだからさ」
「お前らほんと強引だよな…」
若干、いや滅茶苦茶に押された感もありながら、渋々と先に行ってしまったカップルを追いかける。本当は信幸は他の人を部室に入れるのは好きではなかった。睡眠の邪魔になるからだ。しかし、別に話しかけてくることもない彼らは良いかと思っているのだった。
階段を登り、少し歩くと見えてくる古びた鉄の扉の鍵穴に鍵を差し込み、思い切り回す。ガチャン、と重い音がして鍵の解けた扉を開き中に入る。ふわっと嗅ぎ慣れた埃と紙の匂いが鼻腔をくすぐる。
「くっせ」
「くさー」
「………」
…と、小説風に情景を脳内に浮かべるが、2人の言葉で台無しになった。
「…おいお前ら。部屋入れてもらって開口一番にそれはないだろ」
「だって臭いし」
「お前、この紙と埃の匂いがいい匂いだと思ってんのか?」
「思ってねえけど…」
何かに負けた気分になるので、部室が臭いことを認めたくなかった。
信幸が1人シュンとしている間に2人は部屋に入り、勝手に俺の私物であろう箱や紙袋を漁り始めた。信幸も諦めて部屋に入り、いつも寝ているソファに深く腰かける。
愛用しているヘッドホンにスマホをBluetoothで接続して、お気に入りの曲を流して聴き始めた頃には、他の2人もお目当ての本を見つけたようで、適当なところに座って読み始めていた。
小さな窓から入ってくる西陽が小さな部屋を照らし、ポカポカと暖かい空気をもたらす。落ち着いた声の女性歌手の歌声が耳に心地よい。
信幸は、部屋に漂う陽気に誘われるように船を漕ぎ始める。
一方その頃、玉木の読む『転プラ』では主人公に即死の七撃目が叩かれようと、清水の読む『リイチ』では、水色髪ヒロインが告白をしようとしていた。
そんなことはつゆ知らず、信幸はアホヅラを曝け出して爆睡を始めた。
△▼△▼△▼
「……マジで寝てるんだね、榊原くんって」
「そうだぜ。こんなアホヅラ曝け出してな」
信幸が寝静まった直後。清水と玉木は激アツシーンを読み終えて感慨と感動に耽ろうと一度本からほぼ同時に目を上げた。そして、一番に目に映ったのは爆睡をかます信幸だった。
「…なんかすっごいムカつくんだけど」
「こんな気持ちよさそうにねやがってな。……よし、顔に落書きしてやろ」
「まじですか」
「まあ流石に水性だけどな」
「ちなみになんて書くつもり?」
「一個しかないだろ。…額に肉だ。」
「最高」
下校前にトイレの鏡の前で額を必死に擦る信幸を目撃した者は、1人ではなかったと言う……。




