03話 『たわん』
帰宅後スマホの通知を確認すると、『かのあ』さんからの通知が来ていた。もちろんこれは先程連絡先を交換した鹿乃亜からのメッセージであり、憧れの彼女からのメッセージに深く感動した。
内容は、『今日はありがとうね!話し足りてないから今から話したいんだけど、時間大丈夫?』とのことだった。
ちゃんとメッセージの後に可愛らしい動物が首を傾げているスタンプが送られてくることに女子だなあと感心しながら信幸は、一も二もなく『もちろん!俺も話し足りてない!』と二つ返事で送った。
そこからは、何度夕飯だと言っても自分の部屋から出てこないドラ息子に痺れを切らしたお母様が『もうご飯片付けるよ!』と最後の忠告を言い放つまで続いた。
名残惜しく思いながらキリのいいところで鹿乃亜との会話を終わらせ、時計を見ると、すでに帰宅してから数時間は経過していた。
長時間夢中で液晶画面を見ていた影響で少し痛い頭の中は、自分でもわかるほどのポンコツに成り果てていた。
しかし、長時間メッセージで二人で熱く語り合った幸福感でそんなことなんてどうでも良かった。
そして、新しい発見が一つ。
「委員長って結構オタク気質だよな…」
そう、好きなものの話になると鹿乃亜は長文メッセージを送ってくるのだった。そして、自認オタクである信幸からみても彼女のアニメや漫画の知識は相当なもので、心底驚いていた。
そして、これまで人に疎まれるのを恐れて自分の内面をあまり曝け出してこなかった信幸にとって、遠慮なく趣味のことを話せるのは新鮮な喜びだった。
「いや〜、広島弁様さすがですわぁ〜。もう神!」
この新鮮な喜びを感じることができたのは、どれもこれも広島弁のおかげであったのでもう何度目になるかわからない崇拝を始めた。
「いや〜、明日も最高の1日だぜ!」
信幸のポンコツ脳みそでは、どこからともなく湧き上がってくる謎の自信がそう告げていた。
△▼△▼△▼
「ぬぅ……」
次の日。
学校では、昨日の謎の期待とは程遠いいつも通りの生活が送られていた。
これと言った鹿乃亜との接触もなく、元々から彼女が行っていたクラス全員に笑顔で挨拶という日課以外で声をかけられることはなかった。その笑顔が今日の心のベストショットに決定した。彼女の笑顔がベストショットになるのは入学してから42日連続である。
ついに六限が終わり、放課後に突入した。たいていの授業を微睡みながらやり過ごしている信幸は、日課である、誰もいない文芸部室に行っての安眠をしようと眠気に目を擦りながら立ち上がる。
文芸部は、学校の規則である、『何かどこでもいいから部活しろ』というのが嫌な人の逃げ場にちょうどいい部である。これと言った活動はなく自由度も高いので、文化部人気ナンバーワンである。
「ふぃー、ねむ。」
部室に入ると当然のように誰もおらず、今日もしっかりと安眠を貪れそうだと安心したのだった——が。
「え。榊原くん?」
「委員長!?なんでここに!?」
なんとそこには横顔も表情も美しい、我らが委員長がいたのだ。
さっきの寝ぼけた声と寝起きのアホ面を見られたことに赤面しながら問う。
「なんでって……私もここの部員だし。」
「初耳なんだけど!てかなんでじゃあ今まで一回も会ったことなかったの?」
「私は朝来る派だからじゃない?」
「朝来てるんだ…。」
一番早くに教室に来てみんなに挨拶をする前にここに来ているとは。どれだけ早起きをしているのかと思い、毎日遅刻ギリギリを攻める信幸は戦慄した。
「じゃあ、なんでいま来てんの?」
「ちょっと『不覚6』欲しくって。」
「あの部誌誰が読むんだろうと思ってたらここにいらっしゃった!」
この名前のクソダサい部誌は、一年に一度文芸部員に課される唯一の課題であり、部員自作の文章をまとめた短編集であり、毎年4月に募集がかかる。
「——…ん?『6』って…」
「うん。榊原くんのやつ読んでみようと思って。」
「やめてくださいーー!!」
4月に入部した信幸も書かされ、自分でも駄文中の駄文だと思うものをやむなく提出した黒歴史の塊であった。
「いや、冗談。ていうかペンネームだからわかんないでしょ。」
鹿乃亜は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら微笑みを浮かべる。そう言えばそうであった。
「で、『不覚』ってどこにあるかわかる?毎日入り浸ってるんでしょ。」
「いや、入り浸ってるってもそこのソファで寝てるだけだし。」
「顧問に見つかったら処されるやつじゃん。」
「まあ大丈夫っしょ。あ、チクんないでよ?」
「するわけないじゃん。」
二人して笑い合い、『不覚6』捜索に入った。
「このダンボールは何?」
「あ、俺が持ち込んだ『転プラ』。忘れてた。」
「この引き出しの中は?」
「あ、俺の家庭科の教科書。そろそろ授業あるから見つかってよかったー。」
「この棚は?なんで南京錠かかってんの?」
「そこだけはやめろー!!」
「急に何?もしやスケベな……」
「違います!」
「まあいいや、あ、机の中は?何これ?」
「あーマガジンだ。連載してる漫画おもろくて買ったんだった。」
「なんで水着の美女が乗ってる雑誌が普通に置いてあんのよ!せめて隠しなさいよ!」
「いやいいじゃん。」
「良くないわ!」
「……てか」
「何?」
「…やっぱなんでもない。」
言えなかった。ほぼ俺の部屋みたいなところで二人で掃除とか恋人みたい、なんて言えなかった。
そう認識してからは一人隠れて悶々としながら捜索を続けた。
「残るはこの上だけか…こりゃたわんなぁ。」
一通り部屋を探し終えた二人は、信幸でも背伸びしてギリギリ、というほどの高い棚を見上げていた。さてどうしようかと考えていると、鹿乃亜から少なくとも標準語ではなさそうな言葉が出てきた。
「…ねえ、たわんってなに?」
「何って…たわんはたわん。」
「あのさ…」
「どしたの?あたしじゃたわんけえ、榊原くんがとって。」
「たわん、って広島弁じゃない?」
「え?」
「あと、けえ、って広島弁出てるよ…。」
「あば……!」
こちらも苦しい気持ちになりながらそう指摘してみると、真っ赤に顔を染め上げて口を押さえ込んだ。
「やってもうた…」
「……なんかすごいごめんね。」
「たわんって標準語じゃと思っとった……」
「多分届かん、って意味だよね。」
「うん……。」
「わかったよ。」
気まずさに居た堪れなくなり、棚の上に手を伸ばす。すると、手に触れるものがあった。
それをとってみると、案の定『不覚6』だった。
「見つけたよ、『不覚』。」
すごくファンタジーな言葉を言いながら鹿乃亜に見せる。
「あ、ありがと。」
「どういたしまして。絶対どの作品が俺のかとか詮索しないでね。」
「うん…じゃ、じゃあね!また明日!」
そう言い残して鹿乃亜はそそくさと部室から出ていった。
その後ろ姿が見えなくなるまで出ていった方の廊下を見つめ続けた。そしてこうひとりごちた。
「オロオロした委員長可愛すぎ…。てかやっぱ広島弁は神…?」
今日の心のベストショットが鹿乃亜の真っ赤になったオロオロする顔に差し代わった瞬間だった。




