02話 『じゃ!』
方言女子、可愛い——。
この確信を終え、我に帰ると結構まずい状況になっていることに気付く。
自分が好意を寄せている女子を羞恥でしゃがみ込ませて悶えさせているこの状況は、自分のメンタル的にも危ないし、第一他の人に見られでもしたら変な誤解をされかねなかった。
「えっと…委員長大丈夫?」
鹿乃亜はしゃがみ込んだ姿勢を変えず応える。
「だいじょばん…」
「ごめんって…。なんかしたんなら謝るからさぁ…」
「誤ったところでどうにもならんじゃろが!榊原のドアホーー!!」
さっきも聞いたような言葉がまた聞こえてくる。美少女からの罵倒はむしろご褒美である。
このまま少しいじっても良かったかもしれないが、埒が開かないと思い諦める。
「何がそんな嫌だったんだよ。俺は忘れ物取りに来ただけだったんだけど……」
「広島弁じゃ!おどれ聞いたじゃろ!」
「うん」
「それが恥ずかしい言うとんじゃ!」
「なんで?」
「あたしの地雷じゃ!」
「今も広島弁喋ってるのは?」
「混乱しとんじゃ!」
信幸はよくわからなくなっていたし、めんどくさくなっていた。そして鹿乃亜自身も訳がわからなくなっているのだろう。
「委員長、一回落ち着こうぜ。」
「やかましい!アンタもどうせこれからいじってくるんじゃろ!」
「え?どゆこと?」
「あたしはこいつのせいで中学でいじられまくりだったんじゃ!」
「え?そうだったの?ごめん。」
「あ?」
「ほんとにごめん。別にいじる気とかはなくってちょっと気になって聞いちゃったんだ。不快にさせてごめん。」
人には踏み入ってほしくないところがあると思い直し、平謝りする。まあ心では『可愛い——』と思っているのだが。
少しの間が空いて鹿乃亜が顔を上げる。
「……なんか調子狂うのぉ」
「ますますごめん」
「…もうええ」
彼女が立ち上がった。鹿乃亜は信幸より頭半分ほど身長が低いので、自然と見上げるようになる。
「事故ならしょうがないけえ許す。でも、他の人には言わんとってな。」
「それはもちろん。」
「じゃあいい。」
どうやら羞恥と怒りはおさまったようでホッとする。どれもこれも彼女の優しさあってこそだと思い、信幸の中で鹿乃亜への既に限界突破している好感度がまた爆上がりする。天井などない。
「てか委員長、広島出身なの?」
「…まだ続けるか?」
「あ、ごめん。」
「………。」
鹿乃亜はジト目でこちらを睨みつけてくる。本当に嫌われてしまったかと思い心配になる。
「…まあ、その通り。」
もう続けたくない話題だろうに答えてくれる彼女はやはり優しかった。
「中学で東京に引っ越してきたんよ。」
「そうだったんだ。」
「聞きたいことは済んだでしょ。もういいよね。」
いくら彼女が優しいとはいえ、流石にデリカシーがなかったかと鹿乃亜の声のトーンから感じて、心で猛省する。
「で、忘れ物って言ってたけど何忘れたの?」
気まずい空気が嫌になったのか、彼女側から話題を持ち出してくれる。
「あ、そうだった。忘れてた。」
「当初の目的忘れるとか何してんのよ…。」
鹿乃亜の耳が痛いお言葉を静かにいただきながら机の中を弄り、忘れ物を取り出す。
「何かと思ったらヘッドホン?」
「そうそう。」
目当てのものは中学の入学祝いに両親に買ってもらった、有線無線の切り替えができるヘッドホンだった。信幸はこれをつけて毎日の登下校をしているのだった。
「今時ヘッドホンって珍しくない?みんなイヤホンじゃない?」
「んー、かもね。けど使い始めてもう四年ぐらい経つから、愛着湧いてるし音いいからね。当分変えるつもりはないよ。」
実際、サイズ的に不便を感じることはたまにあるが、有線と無線を切り替えられるのはやはり唯一無二だった。
「ふーん。なんかいいね。」
「え、なにが。」
「なんかヘッドホンしてる人ってすごい自分の世界を持ってそうなイメージがある。」
「そうなん?」
「なんとなく。ちなみに好きなアーティストとかあるの?」
「やっぱ日の花は偉大。他には蝸牛とか海老車とか。」
「なるほどなるほど。」
「委員長はなんかあんの?」
「あたしも、蝸牛はよく聞くなぁ。」
「いいよね!特に——」
それから、気が済むまで自分たちの趣味の話を続けた。こうしてみると、委員会の仕事の話をすることはあったが、普通の会話は全くしていなかったことに気付いた。
そして、意外と好きな音楽や趣味が合い、会話は結構盛り上がった。
このチャンスを逃さなかったのは、自称できる男である信幸であった。
連絡先の交換をずっと狙っていたのである。正直、これまでよく話すということもなく、クラス委員という関係だけだった鹿乃亜に連絡先の交換を申し出るのは相当な勢いと勇気が必要だった。
キーンコーンカーンコーン、と完全下校時刻の十分前を知らせる予鈴が鳴り響いた。
「あれ、もうこんな時間。結構熱中しちゃったね。」
「だな。」
「いや、楽しかったー!ここまで趣味が合うとは。」
「それな!まさか隠れた趣味が『リイチ』鑑賞だったとはな。」
「このアニメ見てる人私の周りで初めてかも!」
「まじか!おもろいのになぁ。一回見たらハマるよな。」
「ねぇ〜。」
門が閉まる十分前であることを忘れてまた話に熱が入りそうになる。
「うーん、そろそろでよっか。」
「そうだな。」
ここだ!と思い、乾坤一擲、信幸は声をかけてみた。
「な、なあ…」
「どした?」
「連絡先、交換しない?ホラ、俺もっとリイチの話とかしたいし。」
鹿乃亜は目を丸くした。もしかしてキモかっただろうかと思って慌てて注釈を入れる。
「べ、別になんか他意はないし!嫌だったら全然断ってくれても——」
「ふふ。いいよ!あたしも話したりてないし。」
予想と違う反応が返ってきてびっくりする。鹿乃亜はケータイ出して、と笑顔で言ってくれたのだった。
「え?」
「ん?いらないの?」
「いりますオナシャス!」
こうして無事憧れの女子の連絡先を得ることができたのだった。
ありがとう、とあくまで冷静を装っていたが、心の中では歓喜の渦が巻き起こっていた。
結局最終下校時間まで話は続き、急いで門から出て鹿乃亜と家の方向が真反対なことにガックリしながら帰路についた。
鹿乃亜と話せたことや連絡先が交換できたことが嬉しく、心なしか足取りが軽く感じた。どれもこれも鹿乃亜の広島弁を聞いたところから始まったことなので、信幸は広島弁に感謝をしたのだった。




