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学園のアイドルに告白したらOKされたが、彼女は魔王で僕は従者になりました  作者: ナックルボーラー
1章 

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第8話 風呂場で修羅場

 道中でのハプニング後、突如始まった大浴場までの競争。

 運動不足で体力が乏しいながらも必死にキョウの背中に食らいつき、見失うことなく大浴場に辿り着いた颯太。

 

「ソータ。ここが魔王城の風呂だ……って、なにへばってんだヨ。せっかくついたのに入る気ないのカ?」


「ば……ばか、だろ……キョウは。どんだけの距離を……走らされたと思ってるんだ」


 見るからに疲労困憊の颯太は恨めし気味にキョウを睨む。

 しかし、キョウにはどこ吹く風で、何を言っても意味がないと悟る。

 肩で息をする颯太は何とか息を整え平常を取り戻し、魔王城の大浴場の扉に目を向ける。


「な、にこれ……本当に魔界の風呂なのか?」


 苦労の末の大浴場だが、入口を目の当たりにして颯太の表情は困惑に埋まる。


「あ、あの……一つ確認なんだけど……。ここって本当に僕が住む人間界とは次元が異なる魔界なのかな? 実は日本の山奥ってことはないよね?」


「はあ? なにを今更言ってるんダ。ここは魔界だゾ」


 颯太の頭が可笑しくなったのかと馬鹿にした顔のキョウ。

 颯太も本気で訪ねているわけでもなく一種の現実逃避だった。

 何せ、次元が違えば文化も乖離しているだろうと踏んでいた颯太に叩きつけたのはあまりにも予想外過ぎる大浴場の外観だったからだ。


「いや、だって……なんか僕が想像していた魔界の大浴場と全然違うと言うか、物凄い和風チック過ぎないかな!?」


 廊下に木霊する程の声量で大浴場を指さす颯太。

 颯太が想像していた魔界の大浴場が何かは兎も角として。

 

 颯太が言う通り、魔王城にあった大浴場の扉は、旅館や銭湯で見られる木製の枠と柵で施され、そこに漢字で「男」と書かれた青い暖簾が掛けられている。

 魔王城の廊下の壁は西洋の城の様にレンガで建造されているが、大浴場の周辺だけは日本にワープしたのではと錯覚する程の異色な面をしている。


「小耳に挟んだ情報では、先代の魔王様が人間界の日本という国がお好きだったそうで、そこのお風呂を参考に改築されたとか。立花様はお気に入らなかったですか?」


「いや、気に入る、いらないってわけじゃ……逆に馴染みすぎて落ち着きはするんだけど、なんか、こう……僕の魔界感のギャップの高低差で納得しないというか」


「ごちゃごちゃ言ってないデ、さっさと入って来イ。今なら誰もいないんだからヨ」


「わ、分かったよ」


 キョウに急かされる様に小突かれた颯太は恐る恐ると大浴場に扉に手を掛ける。

 

「……本当はこの扉の先は日本だったりしないよね?」


「早く入ってください。蹴り飛ばしますよ?」


 キョウではなく、まさかのベルに圧をかけられた颯太はそそくさと大浴場に扉を開ける。

 開かれた扉から漏れる生暖かい熱を顔に浴びながら入った先の光景に颯太はやはりと肩を滑らせる。

 

「外装から大体察してたけど、内装も……本当にここは魔界なんだよね?」


 外装が和風なら内装も和風であるのは不思議ではない。

 い草の畳床の脱衣所。

 個別に区分される木製の脱衣所。

 脱衣所の隅には風呂上がりには飲むのは最高なキンキンに冷えた牛乳瓶が収納される冷蔵庫。

 その隣にはひと昔前の銭湯に設置されてたアナログな体重計。

 

 日本の銭湯や旅館の大浴場の様な内観に颯太の魔界像はマッハで瓦解していく。


「ま、まあ……危険はなさそうだから、いいのかな?」


 色々と思う所はあるが、一旦考えるのを止めて、颯太は汗が滲んだ服を脱ぎ、脱衣棚にある竹籠に入れる。

 全裸となった颯太は更衣室に常備されているタオルを腰に巻いて大浴場に入室する。


 湯気で籠った大浴場のガラス扉を開けた颯太は感嘆を漏らす。

 

「これは凄いな。一国の長が住む城だからか、まるで高級旅館みたいだ」


 大理石のタイルの床に15四方の浴槽が5つ。

 各湯船には色鮮やかなエメラルド色の湯が張られている。

 高級旅館の様な光景に颯太は感嘆を漏らしながら周囲を見渡す。


「そう言えば、今はまだ就業時間だから貸切だって言ってたけど、本当にそうみたいだ。こんな広いお風呂だと、それはそれで落ち着かないな」


 颯太以外は仕事中のため大浴場内は閑散としている。

 普段は狭い浴室に独りで浸かるが、広々とした大浴場内で独りなのは中々に寂しいもの。


「二人を待たせているわけだし、さっさと汗を流して出ないとね」


 颯太の入浴を終えるまで、彼女らは大浴場前で待機している。

 颯太の予想からベルは兎も角、キョウは待たされることに堪え性がないと思われるため、直ぐに汗を流そうと、備え置かれた木桶に壁に設置されている蛇口からお湯を注ぐ。

 木桶にお湯がある程度溜まると、颯太はそれを自身にかける。


「んー! 人種の違いから熱湯なんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど丁度良いぐらいだ。人間も魔族も適温は一緒なのかな」


 体を火照らす心地よいお湯で体を濡らした颯太は、タオルに常備されているボディーソープを数滴掛け、体の汚れを擦る。


「けど、こういった所でよくある。親睦を深める為の『貴方の背中を洗いましょうか?』的なのってあるけど。地味に憧れたりするんだよね。もし魔族の中に気の合う同性がいればやってみたいかも。人種を超えた絆、みたいな」


 漫画やドラマでよくある裸の付き合いの妄言を漏らす颯太であったが、現在大浴場内にいるのは颯太のみ。

 そもそも、それはある程度の友好関係がある場合成立するものであり、次元を超えた世界で颯太と友好関係がある物は皆無。

 9割以上冗談で漏らした颯太であったが、背後にピチャリと足音が聞こえた。


「ふむ。誠に愉快なことを口遊まれますな。でしたら、小生が貴殿の背中をお流しいたしましょうか?」


 誰かの野太い声に颯太は固まる。

 入室直後の周囲を見渡した時、湯気が立っていたとはいえ、奥の壁までは見えていた。その時、颯太以外の人影は発見できなかった。

 颯太が入った後も、誰かが入ってきた気配はなかった。

 颯太は洗う手を止めて振り返ると、背後に屈強な肉体の男性が立っていた。

 筋肉隆々な肉体、野生み溢れる逆立った髪、胸に勲章のような傷が刻まれている、歴戦の戦士の風貌の男性。


(身長は、多分2メートル以上はある。こんな目立つ人を僕は見落としていたのか?)


 存在感がある謎の人物を湯気で視界不良だったとはいえ見落とすことはあるだろうか、と颯太は自身の視力に疑問視していると。


「どうかなされましたか? どこかお気分を害されたとか」


 存在だけで相手を威圧するほどの頑健な成りの男性が丁寧に尋ねてきて颯太はぶんぶんと首を横に振る。


「い、いえ! 別になんでもありません! ごめんなさい!」


「謝れましても困りますが……。驚かせて面目ございません。貴殿が何か興味深いことを口にされておりましたのでお声かけしてしまいました。先ほども言いましたが、驚かせてしまったお詫びも兼ねて、細やかながら小生が願いを叶えましょうか?」


 一見して知性が乏しく地肉を欲する狂戦士の様な風貌であるがどこか物腰柔らかく申して来る。

 今は丁重な口調だが、気に触れると何をされるのかと萎縮する颯太はその提案を断ることはできなかった。


「は、はい……よろしくお願いいたします」


 外見で判断したことに自己嫌悪を抱えながら、颯太が了承すると、男性は「承知しました」と言って、屈強な風貌からは想像できない程の優しい手つきで颯太の背中をタオルで擦り始める。


「そう言えば、貴殿は見かけぬ顔でございますが、配属されたばかりの新人ですか?」


「いえ、一応魔王様の客人? みたいなもので、使用人ではありません。あ、魔王様の客人だとしてもあまり畏まらないでください。どちらかと言うと一時的な保護対象みたいなものですから」


「ん? よく状況は理解できませんが、詮索するのも野暮でございましょうから、これ以上はお聞きしません」


 やはり、この男性は風貌から思えない程に丁寧な態度。

 更に人を外見で判断したことを悔やむ颯太は思い出す。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。僕は颯太と言います。立花颯太。よろしくお願いいたします」


「ほほう。立花颯太殿とおっしゃるのですね。なるほど、立花颯太、殿と。貴殿は若しかして、人間でございますね?」


「え、名前で人間だって分かるものなんですか?」


「名前ではなく、赤の国では名以外、つまり家柄を表す姓を名乗れるのは一定以上の上流階級のみ。その為余所者ではないかと推測したまでです」


「じゃあ、なんで人間と?」


「昔、人間と交流したことがありまして、その時に知っているのです。人間の体を」


 男性はそう言って颯太の腕を掴み、複数回揉み始める。

 この時颯太の背筋に悪寒が奔る。

 何故か男性は恍惚に吐息を漏らしていたからだ。

 その表情に颯太の尻は引き締まり、咄嗟に男性の腕を払った颯太は話題変換のために尋ねる。


「そ、そう言えば、貴方の名前を聞いてませんでしたね……。お名前はなんて言うんですか?」


「これは失敬。小生の名は、”ヨル”と申します。颯太殿。今後ともよしなに」


 先ほどまでの危うい表情を影に潜めたヨルと名乗る男性。

 初対面な上に人間と知っても友好的に接するヨルに安心感を抱き。


「よろしくお願いします、ヨルさん。それにしても、ヨルさんは僕が人間だと分かっても差別しないんですね。正直、住む世界が違う僕は迫害されるんじゃないかってビクビクしてました」


「確かに魔族の中には人間を劣等種だと蔑み、道端に生える雑草の様に踏み躙る輩も多くいます。不安にさせるかもしれませんが、人間に心底友好を示す魔族は珍しいかもしれませんね」


「じゃあ、ヨルさんはその珍しい分類に入る魔族なんですね」


「はい。私は人間が好きです。なんせ−–−−」


 何度も書いてしつこいだろうが、ヨルと言う男性の風貌は勲章の様に体中に傷跡を刻ます歴戦の戦士の風貌。顔も髭を生やしゴツゴツしている。

 想像して欲しい。

 そんな男が乙女の様に頬を赤めらして、獲物を狙う狩人の目で見つめられる。

 トドメに彼はこう言った。


「人間は美味しいですから」


 颯太は全速力で逃亡を図ろうとした。

 だが一手遅くヨルの怪力により颯太は腕を掴まれ逃走を阻止された。


「ご安心ください颯太殿。美味しいと言っても、それは食事的な意味合いではございませんので、貴殿を取って食うつもりはございません」


「なら逆にどんな意味があっていったんですか!?」


 若干涙声で尋ねる颯太に対して、ヨルは首を捻り。


「正直、もう少し前戯として揶揄うつもりだったけど、《《私の方が》》待ちきれないから、そろそろ本番(メインディッシュ)を頂こうかしら」


「は? ヨルさん、声が……」


 野太い男性の声から一転、女性の声に変わるヨル。

 戸惑う颯太に向けてヨルはニヒリと笑みを浮かばせ。


「人間が美味しいって意味、今から文字通り体で教えてあげるわ」


 颯太の反応を待たずヨルは颯太を大理石の床に叩きつける。


「いたっ!」


「あら、痛かったかしら、ごめんなさいね。けど大丈夫。このあとはその痛みなんて遥か彼方に行くぐらいの快楽が待っているから」


 本当にこの人は何を言ってるんだ、と叩きつけられた衝撃で閉じてしまった瞼を恐る恐ると開くと、先ほどまで颯太の近くにいた屈強な男性は姿を変貌させる。

 2メートルあった巨体は颯太以下の身長に縮み、筋肉隆々だった肉体も腰回りが細くなり、野生みあった逆立つ短髪も長髪に伸び、黒色も橙色に変色。

 最後に傷跡を刻む顔立ちは美麗な女性の顔に変貌。

 強固で厚い胸板にも負けない豊満な胸を隠す素ぶりを見せない全裸の女性の出現に颯太の思考は停止する。

 

「が、ががががががっ!」


 壊れた玩具の様に口をバグらす颯太は次第に思考を回復させ。


「ぎゃ、ぎゃあああああああああ!」


 家族以外の初めて全裸の女性を生で目の当たりにした颯太の絶叫は大浴場内に木霊する。

 人生でも上位に入る程の声量をあげる颯太に謎の女性は耳を塞ぎ。


「もうウルサイわね」


 などと文句を垂れるが、颯太は真っ直ぐに伸びた指をヨルに突きつけ。


「だ、誰ですか貴方は!?」


 先ほどまで一緒にいた筋肉隆々な男性が突如全裸の女性に姿を変えた。

 その状況に理解が追いつかない颯太が叫ぶが、謎の女性は肩を竦め。


「ヒドイわね。さっきまで仲良く背中を流してあげてた人の名前を忘れるなんて。ヨルよ、ヨル」


 淡々と答えるヨルと名乗る女性だが、颯太は否定と首を横に振り。


「僕が知ってるヨルさんは、大きな体をした男性です! 貴方の様な全裸の女性は知りません! てか、せめて前を隠してください!」


 颯太(異性)を前に全裸であることを堂々としている女性に対して、颯太の方が耐えきれず瞼を閉じ、更に手で覆い視界を隠して訴える。

 

「なにを〜? なら、私がヨルだって信じてくれるまで抱きつくまでよ。えい!」


 暖簾に腕押しとばかりに颯太の悲痛な訴えは通じず、隠すどころかその豊満な体で颯太に抱きつく女性。

 女性一人の体重が伸し掛るが、それを気にも止めさせない程のとある一部が肌同士で直接密接して颯太に体温と弾力を伝え、颯太の頭は沸騰する。


「ちょっと! 本当に離れてください! 当たってます! 当たってはいけない何かがマジで当たってます! マジで!」


 漫画などのお約束として全裸を見られる、体を触られるなどのハプニングが起きれば女性側が狼狽するはず。

 なのに、現状は逆で、颯太の方が慌てふためき、女性をなんとか剥がそうと必死になる。

 だが、相手は恐らくとして魔族。女性であっても力は颯太以上なのか全然剥がれる気配はなかった。


「じゃあ、私がヨルだって信じてくれるかしら?」


「信じます! 貴方がヨルさんだって信じますので、どうか本当に離れてください! このままじゃ、僕の心臓が破裂しますので!」


 そろそろ颯太も限界に近く、必死でヨルに懇願するのだが、ヨルは離れるどころか一層抱擁する力を強め、何故か悦な表情を浮かばせる。


「ほんとうに! この反応堪らないわ! この、いかにも女性経験がない初々しい反応! まさに、紛れも無い生息子! 久々に心が踊るわ!」


「言ってる意味が全然分かりませんが、怖い! なんか息遣いが段々荒くなって、目が血走って怖い!」


 一人で勝手に盛り上がるヨルに恐怖心を抱く颯太。

 生息子の意味は分からないが、状況を察するに童貞に近い意味かもしれない。

 もしその場合、颯太は否定できない。

 なにせ颯太は、恋人関係の真奈とデートどころか手を繋いだこともなく、それ以外の女性でも全くない。

 女性経験皆無で思春期な颯太にとってはこの状況は本当に耐えられない。


「ほらほら〜。早く私を退かせないともっと体を押し付けちゃうわよ〜!」


 ウリウリ、と颯太の瞳をグルグルさせた狼狽顔に楽しそうなヨル。

 普通であれば、スタイルが良い女性に悪戯とはいえ体を密着されれば男性なら至福だろう。だが、颯太は仮にも彼女持ちだ。

 真奈を裏切る行為ができないという倫理と闘い、なんとか打開しようと颯太は気力と膂力を振り絞り。


「本当にッ! そろそろ離れてください、ヨルさん!」


 魔族であろうと相手は女性であることを心の隅で考慮して無意識に力を緩ませていたが、流石に限界の颯太は強引にヨルを引き離すために突き放そうとするが。


 むにゅ。


「……………はい?」


 むにゅむにゅ。


「………………………んん!?」


 抵抗を試みた颯太の手に伝わるのは弾力ある柔らかい感触。

 モチの様に柔らかく、ハリもあるその感触に颯太の血の気が引く。


「あ、ああああああああのぉおおお!」


 再び壊れた玩具が襲来。

 

 颯太が押す弾みで掴んでしまったもの。

 それは、ヨルの乳房であった。


「す、すみませんッ! すみませんすみませんスミマセぇええええん!」


 乳房から手を離した颯太は高速な動きで床に額を擦り付けつ程の土下座を披露。

 背中で味わったが、手で初めて触った女性の乳房の感触は未だに手に残る。

 颯太が全身誠意に謝罪するのとは対照的に、触られた当人のヨルは憤慨する様子は微塵もなく、あっけらかんとしていた。

 だが次第に何かに気づいたのか、新しい弄り要素を見つけたとばかりにニヤニヤとしだし。


「まさか、私の自慢の胸を触るなんてね。草食系かと思ってたけど、意外に大胆なのね。しかも、一回触ったあとに、さりげなく二回も触るなんてね。確信犯かしら?」


「あれは不可抗力と言いますか、偶発的な事故であってわざとではありません!」


「そんな言い訳が通用すると思っているのかしら? これで私が訴えれば敗訴確実ね。魔界にも人間界同様に裁判制度があるから、男性の君が無理やり私の胸を触ったって証言すれば、貴方はどうなっちゃうのかしら?」


「そ、そんな……理不尽な」


 魔界も人間界も、男性には世知辛いらしい。

 颯太は悪く無い。

 確実に悪いのは、男湯に忍び込み、襲ってきたヨルである。


 だが、脅すヨルは本気で訴えるつもりには見えなかった。

 言うなれば、颯太の弱みを握り確実な主導権を得る為に脅迫しているだけ。

 そして、ヨルはこの絶好の好機を逃さないとばかりに颯太へ滲み寄り。


「さあ、これで貴方の弱みは握ったわ。事実無根とはいえ、私に訴えられたくなければ諦めて私に身を委ねるが吉よ」


 ニシシっと不気味に笑う痴女。

 手をワキワキさせて颯太を弄ぶ気満々のご様子。

 迫る強姦魔に尻餅を付く颯太はなんとか逃げようと後退するが、万事休すと背中が壁に当たり逃走は不可能だった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいヨルさん! 今から何をされるのか想像もしたくありませんが、その前に目が怖いです! どんだけ興奮してるんですか!? 荒ぶる牛ですか!?」


「それはそうよ! 人間の男性の精気を吸うなんていつぶりだと思ってるの! しかも獲物は、穢れを知らない生息子ときたもんだ! 私、人間の雄が大好物なのよ、未経験なら尚も良し!」


 舌舐めずりして颯太を品定めをするヨル。

 颯太は震えながら先ほどからヨルの言動から彼女の種族を推測する。

 ここ迄性を曝け出す羞恥を欠片もない亜人は一つしか思い浮かばなかった。


「付かぬことをお聞きしますが、ヨルさん。もしかして、貴方の魔族としての種族って…………淫魔(サキュバス)とかじゃ、ありませんよね?」


「あら? 私の種族を看破するなんてお利口ね。まあ、なんでか他の人も直ぐに分かっちゃうけど」


 やはり、と颯太の内心で落胆する。

 淫魔(サキュバス)

 淫魔は違う意味で日本では有名な悪魔の一種。

 その悪魔が登場する殆どの作品は年齢制限が設けられる本が多い。つまり、性格はあれよりな悪魔で、隠さずに言うなれば、痴女である。

 空想上の生物とされる男性にとっては生涯一度は会いたい悪魔と言っても過言では無い存在が目の前にいるのだが、実際に遭遇すれば恐怖しかないと颯太は身に染みている。

 

「……そういえば、男性の時に人間は美味しいって意味をはぐらかしてましたが、その意味って……」


「勿論、性的な意味でよ」


 ご馳走を目の前にした捕食者の様に細目のヨルに、終わった、颯太は己の貞操に合掌する。

 筋力では魔族のヨルには勝てない。しかも逃げ場も殆ど塞がれている。

 打開策を画策する颯太はとある切り札の名案を思いつく。


「ヨルさん。こんな風に迫ってますが、いいんですか? 城では見ない顔と聞かれた時には客人だと嘘を吐きましたが、実は僕、この城の主君、魔王様の恋人でもあるんです!」


 颯太は最大の切り札を使った。

 魔王、つまりこの国の王で、その王は真奈を指す。

 颯太が真奈と恋仲だと言われれば、不遜はできないと諦めるはず。

 そう、思っていたが。


「そんなこと、とっくに知ってるわよ?」


「へ?」


 一縷の希望であった暴露をヨルは華麗に一蹴して、颯太は思わず間抜けな声を漏らす。

 

「私が前情報なしにこんな強姦紛いなことを実行したと思ってるのかしら? ある筋から貴方の事は耳に入っていたのよ。だから、私は貴方が浴場に入るのを見越して、こうやって待ち伏せしてたわけ」


 色々とツッコミどころがあり過ぎて颯太は混乱させる。

 ヨルは自身の行動が異常であることを自覚且つ颯太が真奈と恋仲であることを把握したうえで、堂々と颯太を襲っているらしい。


「な、なら僕を襲えばどうなるか……。ヨルさんも此処にいるって事は何かしら真奈ちゃ……魔王様の配下に近しい立場なんじゃ?」


「勿論。私が魔王の彼氏様を襲えば、その後にどんな処遇を下されるのか想像に難く無いわ。私が、あの子の従者でもね」


「…………は?」


 颯太は目を点にする。

 その要因は、ヨルのセリフの前文ではなく、最後に言った言葉に引っかかったからだ。


「ヨ、ヨルさん。い、今、なんて? ヨルさんが魔王様の従者だって聞こえましたが?」


「あら? 言ってなかったかしら? 私、魔王の従者なのよ。こう見えても」


 颯太は驚愕が振り切れて唇が開かなかった。

 ヨルもホロウやキョウと同様に魔王の右腕たる地位の従者らしい。

 ヨルが嘘を言っている可能性も僅かにはあるが、問いただす暇はなく、ヨルが魔王の従者であることを受け入れ、颯太は言う。


「な、なら尚更! 魔王様に忠誠を誓った従者であるなら、そんな不貞を働けるんですか!?」


 人間界にある歴史や物語では、主君の伴侶に手を出して身を滅ぼした者が多く存在する。

 先ほどはスルーしたが、ヨルも自身の言動がどう言った結果を招くのか予想がついている様子。

 しかし、そんなの関係ないとばかりにヨルは強く握り拳を作り高らかに言い放つ。


「だからこそ燃えるのよ! 彼女持ちの、しかも相手が魔王の彼氏だなんて! もう、考えただけで興奮で濡れちゃうわ! ああ! 人の大事な者を私色に染める快感! 男が彼女に対して罪悪感に苛まれながらも、けど快楽に逆らえず堕落に落ちる苦悶な顔! 彼女に勝る女の武器で陥落させた時の優越感に勝る物はない程の至福の極み!」


 興奮が最高潮と体をクネクネさせるヨルに颯太は唖然とする。

 ヨルは論理感が欠如していると颯太は確信する。

 痴女で性悪。それがヨルを表す最適な表現であろう。


「さあ、颯太くん。潔く私に身を委ねるが吉よ。大丈夫。私は経験が豊富だから、童貞な貴方には手取り足取り教えてあげるわ。極上の快楽を味合わせてあげる」


 ここ迄颯太は必死に争うが、彼女を持つ身であっても思春期真っ定中な男子高校生。

 スタイル抜群な真奈を上回る程に美麗なスタイルなヨルに迫られれば唾を飲み込むのは一種の生理現象だろう。

 だがやはり、本能よりも倫理観や理性を絞り出す。


「やっぱり色々と駄目な気がします! モラル的に! こんなことが真奈ちゃんにバレたらどうするんですか!? てか、ここまで大声で叫んでいるんだから、大浴場前で待っているキョウやベルはどうして気づかないんだ!?」


 颯太は思っている以上大声量で会話をしていた。

 大浴場の防音性能がどこまでかは分からないが、扉前にいるキョウたちが異変に気づかないことに疑問に感じた。


「キョウなら私の睡眠魔法で今頃ぐっすり眠ってるわよ。あの子、睡眠系が効きやすいから助かるわ」


「キョぉおおおおウ!? ならベルさんは!?」


 何故か涎を垂らして爆睡しているキョウの姿が容易に想像でき絶叫する颯太。

 最後の頼みのベルに賭けるのだが。


「ベル? …………ああ、アイツ? アイツならキョウと同じで眠ってるわよ」


 何故かベルに対して嫌そうな顔をするヨルだが、そんなことはこの際どうでもよくて、助かる術の二人が来ないのでは颯太は絶望するしかなかった。


「もう。私以外の女を出すなんて悪い子ね。そんなことを考えずに貴方は内に秘めた獣を解放しなさい。私が〇〇○でも、×××でも、⬜︎⬜︎⬜︎でも、なんでも貴方の望みを答えてあげるわ」


 頬を紅潮させ捕食者の様に舌舐めずりをするヨル。

 

「彼女に対して不貞を抱いて罪悪感を持つ必要はないわ。バレなきゃいいのよ。なんだったかしら、前に人間界の文献で見た……そう、バレなきゃ犯罪じゃない、ってことね」


 倫理観を欠如させた痴女を前に全ての抵抗は虚しく終わる。

 万事休すか、と颯太が諦めた様に目を閉じた時だった。


「へえ〜? バレなきゃ犯罪じゃないか。なら、バレた今はどうなるのかな?」


 その、颯太でもヨルのものでもない、聞き覚えのある第三者の声に暖かい大浴場の室温が氷点下に冷え込んだと錯覚させた。

 だが瞬時にサウナの様に高温となる。

 

 声の主が誰なのか察したヨルは大量に冷や汗を流しながら振り返ると、背後に仁王立ちの真奈が立っていた。

 満面の笑みで。


「それで、これはどういう状況なのか説明よろしく」


「「ひぃいいいいいい!?」」


 衒いがない女神の様な笑みであるが、その裏にとてつもない怒りを含んでいるのか威嚇する様に手の骨を鳴らす(クラッキング)

 宛ら、彼氏の浮気現場に彼女が乱入するかの如し修羅場。

 

 颯太は弁明しようと口を開くが、パニックなあまり言葉が出てこない。

 颯太が口篭っている間に、真奈の瞼は開かれ、赤く光る瞳がヨルを捉える。


「さーて、ヨル。もう一度同じ質問するけど、これはどういう状況なのか説明してくれるかな? 颯ちゃんに何をしようとしていたの?」


「ま、魔王。同じ質問だけじゃなくて新しいのが追加されてるわよ……?」


「あぁ"?」


「なんでもございません…………」


 色々と責められるのを覚悟していた颯太だが、真奈は最初から元凶が誰なのか把握していたかの様にヨルを詰問していた。

 真奈に追求されたヨルは、先ほどまで颯太の優位に立っていた余裕は彼方に消え、滝の様に汗を流して目を泳がせていた。

 しかも、怒られる体勢でもある正座に自らとってだ。

 覚悟を決めたヨルは大袈裟な素ぶりを見せ。


「え、えっとね。魔王ってまだ貫通式を終えてない処女よね? だから、初体験の時に痛い思いをさせるのは従者として忍びないし、いつか訪れる日のために私で彼氏様を鍛えてあげようっていう心遣いというか。だってほら、相手が下手だと魔王も嫌よね!? ね!?」


 瞬時に嘘八丁な言い訳をベラベラと語れるのは一周回って感嘆する。

 必死なあまり早口で弁明するヨルに真奈はなるほどと微笑み。


「そうか……。ヨルは私を思ってこんなことをしてくれたんだね。優しい従者を持てて主人冥利に尽きるよ。ありがとう、ヨル」


「そ、そう! だから今回の件は、魔王の深いふか〜い寛大な心で許してほしいわね!」


 真奈がヨルの取ってつけた嘘に絆され、ヨルが追撃すると、二人はハハハハッと笑い合ったが、


「…………それが私に通じると本気で思ってるのかな?」


「いえ、微塵も思ってま、せんっ!」


 潜める怒気が囁かれ、ヨルは代理席の床に額を打ち付ける。

 正確に言うなら、ヨルは自ら土下座をしようと動いたが、それよりも早い真奈の拳骨により強制的に土下座の体勢になったのだ。

 自身の恋人に不貞を働いたヨルに鉄拳制裁を浴びせた真奈は拳だけでなく体全体をワナワナと震え上がらせ。


「本ッ当に! なんなのかなヨルは! 毎度毎度毎度毎度! 飽きもせずに異性トラブルを引き起こしてくれるね!? 今回で何回目か、途中で数えるのが億劫になったから正確な数字は分からないけど、軽く100回は超えてるからね、私が魔王に就任してから2年も経たない内に!」


 怒髪天を衝く勢いで怒声を飛ばす真奈。

 床に額を付けていたヨルはむくりと顔をあげると拗ねる様に口を尖らし。


「だって、ね。私って淫魔(サキュバス)だし、男を惑わして精を奪うのが種族としての性というか、だから私は悪くないし」


 ブチリ、と真奈の額から何かが切れた音が聞こえ。


「少しは反省の色ぐらい見せてもいいんじゃないかな!? この口かな、ごめんなさいの一言も言えないお馬鹿さんの口は!」


「いたたたたっ! 痛いわよ魔王! ごめ、ごめんなさいぃいいい!」


 反省を見せないヨルの両頬を引っ張り制裁する真奈。

 温厚な真奈しか知らない颯太には新鮮且つ恐ろしく見えた。

 ヨルの涙目の謝罪を受けた真奈だが、これだけ怒りは鎮まらず。


「しかもしかもしかもしかも! 今回はよりにもよって私の仮にも彼氏である颯ちゃんに手を出すとか、どんだけ節操なしなのかなヨルは! 人様の彼氏を寝取ろうとした言い訳を言う時間を与えるから聞こうじゃないか!?」


「…………穢れを知らない生息子だったから摘み食いをしようかと思いました」


 烈火の如く怒る真奈に下手な言い訳は逆効果だと思ったのか、素直に自白するヨル。

 勿論、素直に話したからと言って無罪放免になるわけもなく、再び真奈の額から何かが切れた音が聞こえる。

 

「正直私も迂闊だったよ。魔王城一の肉食な貴方が場内にいるのに、無警戒に颯ちゃんをお風呂に入れようとしたんだからね。けどさ。まさか初日から行くとか、普通の思うかな!?」


「いだだだだっ! 魔王! 腕の関節はそれ以上曲がらないからマジでストップ! ちょっと魔が差しただけで本気でこの子を貴方から奪うつもりは毛頭なかったから! ちょっと味見をするつもりだっただけで、それが淫魔の宿命なんですごめんなさい!」


 名前は分からないがプロレス技らしき関節技でヨルの腕を逆方向に曲げて悲鳴を上げさせる真奈。

 暫くヨルの絶叫が大浴場内に響き渡るが、時間が経つにつれて徐々に冷静になったのか、真奈は力を緩めて嘆息する。


「本当にヨルは……。私は別に淫魔の本能に対してとやかく言うつもりはないよ。淫魔は異性の精気を吸わないと生きていけない種族だからね。だからこそ、ヨルが男性トラブルで不祥事を起こしてもある程度は目を瞑ってきた。問題児でも、一応は私の従者で信頼は置いてるからね」


 関節技からヨルを解放した真奈は彼女を許す流れに行こうとしているのか、少し穏やかな口調になっていた。

 ヨルは希望を見出したと言わんばかりに目を輝かせるが、


「まあ、それはそれとして、流石に今回は私の許容範囲を逸脱しているから、今日という今日は一つお灸は据えないとね」


 上げて落とす。

 許される希望が見えた途端に真奈からの満面な笑み。

 太陽の様に明るい笑顔だが、その目は笑ってはいなかった。

 死刑宣告されたみたいに呆然となるヨルに颯太は自業自得であるが内心で合掌する。

 

「そう言えば、ヨルには前の外交で色々とフォローしてくれて助かったから、それを考慮して、ちょーーーーーーう手加減してあげるから、覚悟してね?」


 真奈のそれは完全に手加減しない前振りでしかなかった。

 なんせ、手加減すると宣告しておきながら、腕を回したり、威嚇する様に指の骨を鳴らすのだから、ヨルは顔面を蒼白させる。

 準備を整えた真奈は深く深呼吸を入れ。


「それじゃあ。歯を食いしばれ、節操なしの寝取り痴女がぁあああ!」


「ぐひゃっ!」


 真奈の渾身の一撃は彼女持ちの男性を襲った不埒者の頬へと打ち込まれる。

 やはり手加減したとは微塵も思えない本気な拳によって、ヨルは豪速球に殴り飛ばされ、大浴場の窓ガラスを突き破り、外へと放り出される。全裸のままで。


 外から「いきなり痴女が飛んできた!?」などと叫び声が聞こえるが、真奈は気にも求めずにパンパンと手を叩き。


「窓ガラスの修繕費はヨルの給料から天引きしよ」


 ヨルからすれば泣きっ面に蜂だが、今回はヨルに全面的に非があるため慈悲はないのだろう。

 今まで蚊帳の外だった颯太に真奈は振り返り。


「……さっさと汗を流して出て来てね」


 冷ややかに吐き捨てて真奈は大浴場を退出する。

 被害者である颯太に対して真奈は若干軽蔑した目を向けていた。

 真奈の心情は分からないが、退出した際の真奈が閉めた扉の音は心なしか不機嫌そうに強かった様にも思えた。

 まだ真奈の怒りは治ってないのだろうか。

 その怒りはヨルに対してなのか、それとも。


 颯太の目下に流れるのは、汗なのか、皮膚に付着した大浴場の湯気なのか、それとも涙なのか。

 ただ一つ、颯太が思ったことは。


「……絶対に真奈ちゃんを怒らせない様にしよう。下手すれば、殺される」


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