第24話 日常の終わり、新しい日常へ
複数の貴族による現王政を転覆する為に勃発した内乱は、魔王とその従者たちの活躍により犠牲者少数にて鎮圧された。
そんな内乱から2日経過した昼頃。
内乱の標的でもあり、鎮圧の功績者でもある魔王マナルデリシアこと三陸真奈は、従者である憑依騎士のホロウを連れて、彼女の居城でもある魔王城の地下に通ずる螺旋階段を降る。
降りる道中でホロウは此度の内乱の報告書を読み上げる。
「先程街を修繕する現場班から頂いた報告によりますと、東地区のスユキの約7割は壊滅的被害で、あまりの惨状に復旧作業は難航中とのこと。街の住人達は近隣へ避難しておりますが、仮居住の設置が間に合っておらず野宿者が多数らしいです」
「…………そう。分かった」
報告を受けた真奈は何処か気に病んだ様子で頷く。
彼女が何故負い目を感じるように目を伏せるのか、その原因は。
「魔王様が気になさることではないと思います。…………街の大半を修復困難な焦土に変えてしまった原因が、魔王様の烈火の炎だとしても……」
ホロウなりに慰めるつもりで言ったつもりだろうが、真奈の胸に深く突き刺さる。
先日の内乱による住人の死傷者は限りなく抑え込めることはできたが、 土地や建物に多大な損害を与えたのは、首謀者であるアスタではなく、真奈が発した極地的な熱度がある炎だった。
アスタが撃ち出した火球や爆炎は建物が瓦解したり、土地も黒炭になる程度で、まだ早期な修繕が見込める程であったが、真奈の炎は植物1本生えない程の火力で回復に何年かかるだろうか。
人々の平和を脅かす内乱者の鎮圧とはいえ、人々が住めなくなるのでは本末転倒。
激情にかられやり過ぎたと真奈は猛省中だった。
「私って本当に魔王として未熟……。街の皆には申し訳ない気持ちで一杯だよ。せめて被害者救援は急ぐべきだよね。悪いけどホロウ。財政係にスユキの復旧作業の増額と早めるための人員増加を要請してくれるかな」
承知しました、とホロウは真奈からの指示に応じる。
スユキ復旧の件はここで区切り、話題を変えますが、とホロウは話す。
「魔王様。先の裁量ですが、あれで本当に宜しかったのでしょうか? 此度の内乱の首謀者及び加担した5つの家に対しての判決は」
「なに? ホロウは私の判決にご不満でもあるのかな?」
「い、いえ。私は魔王様の従者です。主人がお決めになったことに異を唱えるつもりはございません。ですが……」
赤の国には日本でいう裁判所などの司法は存在しており。大半の事件は裁判所が犯人へ重刑を課す。
だが、叛逆行為などの国家転覆レベルの大事件については、魔王の裁量で判決される。
真奈が今回の内乱にて、捕縛した4人の名家の跡取りとその血縁者に下した判決は全員が目を丸くしたものだった。
「内乱の首謀者であるアスタ・アミレッドは魔王様の手により葬られました。他の4人の次期当主の4人は監獄・深淵牢獄に無期懲役での収監。残された家の者たちも、身内が畏れ多いことをすれば最低でも御家潰しが妥当だと思いましたが……まさか、一切の責任追及もない無罪放免になるとは、私含め全員が驚いたでしょう」
加えて、内乱に参加した約1万近くの兵達の生き残り達は、全員が刑を課せられた。
刑の内容は被害を被った街の再建作業という比較的軽いもの。
構成員の中には上に逆らえず渋々従った者が多く、率先して参加した者との線引きが難しかったため、全員をそうしたのだった。
「参加した兵達は兎も角、家族の人達からすれば寝耳に水だったろうし、無関係の人を追及はできないよ」
「そうですか。しかし、多少のケジメは必要ですから、街の復刻資金の援助を求めましょう」
「ハハッ……。破産しない程度にね」
真奈は己の甘い性格を重々承知しているが、真奈が飴ならホロウは鞭で良いバランスになっているのかもしれない。
「それにしても先の戦いは是なき事の完勝で終わってホッとしましたね。これで他の反乱因子も多少落ち着いてくだされるとありがたいのですが」
「そうだね。力をひけらかすみたいであまり好い気はしないけど、威嚇になれば無用な争いを減らすことは出来る。……けどホロウ。一つ訂正するけど、私たちは別に完勝はしてないよ」
はい?とホロウは立ち止まり首を傾げる。
数段下った真奈はホロウを見上げ。
「戦いが始まった時点で王としての私は敗けてるの。確かに彼は私に対して叛逆してきたかもだけど、それでも国の一員に変わりはないし、街の住人たちは日常を壊されたから。本当は争いが生まれる前に止めるのが仕事なのに、結局できなかった。だから、負けなんだよ」
真奈は先の内乱を制圧できたことを自身の武勇だとは思っていない。
確かに首謀者含めた反逆者たちを押さえることができ、人命に関しては最小限に済んだ。だが、元々争いなど起きない方が良いに決まっている。
どんなに言い訳しても、争いが発生して血が流れれば魔王として真奈は喜ぶことができない。
争いが生まれれば、真奈に出来ることは負け戦が更に最悪にならないように奮闘するか、敗けて全てを失うかのどちらかしかない。
「私は少し楽観的に考えてたけど、実際に起きて覚悟は決めたよ。ホロウ。これからも私に力を貸してね」
「勿論。私はマナルデリシア様の従者ですから、付き従います」
力は変わりないが、今回の件で魔王として僅かに成長した真奈に嬉しさを感じてるのか、目はないが彼女の見つめる目がそう感じた。
「時に魔王様。一つ確認ですが、魔王様は後悔なされてませんか?」
「……なにホロウ。先程の掘り返すつもり? だから私の判決に後悔は――――――――」
「その話ではございません。私が聞いているのは、永劫の誓いのことです」
そのことか、と真奈は苦笑いする。
永劫の誓いとは、真奈の家であるサタルディーネ家の当主が代々伝授される魔界に存在する契約術の中でも最高峰の儀式術で、術者と契約者の魂を繋げる禁忌術。
この契約術は生涯一度しか使用を許されていないため、その貴重な術を颯太に使用したことに後悔がないのか、ホロウはそれを訊ねていた。
「何を言ってるのホロウ。後悔なんてあるわけがないよ。逆に、あの時何もせずに颯ちゃんを見殺しにしていれば、そっちの方が私はずっと後悔していたと思う。だから、これで良かったんだよ。今、颯ちゃんは生きてるんだからさ」
後悔が欠片もない微笑みで自身の判断を肯定する真奈。
街の一角を吹き飛ばす爆撃魔法に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った颯太だが、彼は奇跡的に今も生きている。
契約を結ぶ前の颯太が命を繋ぎ止められた理由は未だ解明出来てないが、颯太の命を生存まで引き上げたのは『永劫の誓い』の効力によるものだった。
『永劫の誓い』の効果の一つ『一蓮托生』。
それは、契約者が如何なる致命傷を負おうと、術者が無事な限り蘇るもの。
端的に言うなら、条件付きだが颯太は不死身の肉体を得たということだ。
そのお陰で、生存が見込めない程の手遅れだった颯太の肉体は正常まで修復され命が救われたのだ。
「それ程大切に思われる立花様が羨ましいですね。早く、立花様の元気になったお顔を見たいですね」
「そうだね。此れからの事も話さないといけないしね」
徐な表情で真奈が言うと、ホロウは何かを思ったようだが、ただ真奈の考えを尊重して口を閉じる。
真奈との契約術で生還した颯太だが、回復はしたのだが、肉体的、精神的にも大分疲弊していたらしく3日間程昏睡状態で、今朝方颯太が目を覚ましたと介護していた使用人から報告があり、直ぐにでも向かいたかったが、襲撃事件の事故処理で時間を費やし、ひと段落終え向かっている最中だった。
魔王場の上層にも勿論治療室はあるのだが、念の為に警戒して、地下に用意した颯太の自室で療養させていた。
長い螺旋階段を下り終え、颯太が居る部屋の前に辿り着いた真奈はノックする寸前に手が止まる。
「ん? どうかなされましたか、魔王様?」
「な、なんでも、ないよ?」
何故疑問形?と首を傾げるホロウ。
叩こうとすれば離れ、叩こうとすれば離れ、と磁石の同極同士の反発の様な頓珍漢な行動を繰り返す真奈。
不審な動きをする真奈の顔は紅潮し、汗がタラタラと流れている。
「入らないのでしたら私が先に入りましょうか?」
割って入り取っ手に手を伸ばそうとするホロウの手を真奈は制止する。
「待って! もう少しだけ、もう少しだけ待って! 今、心を落ち着かせるから!」
何を落ち着かせるんだ?と再び首を傾げるホロウ。
真奈は長めの深呼吸を入れ心を落ち着かせる。
顔が赤く染まり、冷や汗が止まらない現象は、真奈が緊張をしていたからだった。
王族として人前に立つ機会が多かった故に、久しく緊張などという感情を忘れていた真奈は少し戸惑っていた。
ただ扉をノックして開き、「颯ちゃん、目を覚ましたみたいだね。気分はどう?」と軽い言葉を投げるだけで良いはずなのに。
何故こうも顔が熱いのか、心臓が激しく鼓動するのか、颯太の顔を思い浮かべるだけでそれらが更に激しくなるのか。
(よくよく考えれば、私って、颯ちゃんとキキキキ、キスしちゃったんだよね!? しかも、土壇場な瀬戸際だったたとはいえ、意識がない颯ちゃんの唇を同意もなく!)
思い出して沸騰する真奈。
真奈は生まれて17年、全くと言って良い程男性経験はなかった。
王族という立場から権力狙いで政略結婚を迫られたり、人間界の学校で数えきれない程の男性から告白をされた真奈だが、異性を強く意識した事はなかった。
初体験どころか、ファーストキスもまだだった真奈が、瀕死の颯太を救うとはいえ、儀式の工程で颯太の唇を奪ってしまった。
当時は切羽詰まった状況だったため、特に意識はしなかったが、思い返せば破廉恥な行為をしていたと悶絶してしまう。
気恥ずかしさに加えて、意識がない所為で同意を得られない相手の唇を奪ったのだから、そのことへの罪悪感も芽生える。
今まで経験したことがない荒ぶる動悸に困惑していると、颯太の部屋からガタァァァン!と大きな音が聞こえて来た。
百面相になっていた真奈は我に返り、勢い任せに扉を開く。
「今の音はなに!? 大丈夫、そう……ちゃん?」
勢いが良かったのは最初だけで、徐々に歯切れが悪くなる真奈は最後は目を点にする。
「こーら、暴れないの颯太君。暴れると体に悪いわよ? 大丈夫。淫魔式の看病で貴方の心も体も癒してあげるから」
「ソーダソーダ。無駄な抵抗は止めてヨルに身を捧げロ〜。安心しろソータ。キョウがソータの雄姿をこの目で見届け、後世に語り継いでやると思ったガ、メンドウだからやめタ」
「−−−−−−−−−−−−−!」
颯太の部屋の中で繰り広げられている光景に真奈は呆然とする。
ガムテープに口を塞がれ、縄で身動きが取れないでいる颯太。
颯太の上の跨り誘惑する淫魔のヨルと、雑に煽る猫又のキョウ。両方とも真奈の従者だった。
言葉も出せず、体を拘束されても尚、抵抗しているのが見て取れる颯太は、入口に立つ真奈を見て蒼白となる。
颯太が大人しくなった事に不思議がったヨルとキョウだったが、瞬時に悪寒を感じたことで真奈の存在に気づき、颯太同様に蒼白となる。
噴火寸前の活火山の様に沸々とする謎の感情。
その謎の感情の名前に心当たりはあるが、確証は得られない真奈は、ただ、目の前の繰り広げられる光景にピキピキと感情を上昇させる。
「ま、魔王様!? 流石に地下で魔力を解放されますと天井が崩落を!? どうなされたのですか魔王様! 今日の魔王様はいつもと少し違うような!?」
「何を言ってるのホロウ。私はいつも通りだよ、いつも通り……。いつも通り、問題児達にキツいお仕置きをしないといけないっていう、上に立つ者としての責務を果たそうとしているだけだよ」
目が笑ってない恐怖な笑顔に、そうですか……と圧倒され口を閉ざすホロウ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい魔王! 私たちは、ただ颯太君の看病をしていただけで、疾しい気持ちは8割しかなかったんだから!」
「そーだぞマーちゃん! キョウたちは決してやましいことは……って、8割ダト!? オイビッチ、オマエが寝起きのソータにイタズラしようってキョウを誘ったんじゃねえカ! つまり、キョウは悪くなイ!」
問題児2人の開き直り発言が真奈の怒りに火を注ぐ。
真奈の漏れ出る魔力が地下を崩落させかねない程に火花を散らし。
「そんなことはどうでもいいから、さっさと出ていけ馬鹿従者どもがぁああああ!」
「「ぎゃああああああああ!」」
烈火の如し真奈の鉄拳制裁が問題児2人に降り注ぐ。
真奈に折檻された気絶したキョウとヨルをホロウにより運び出され、部屋には颯太と真奈だけになlちた。
問題児の行動に気苦労する真奈は、部屋の椅子に座り、縄から解放された颯太はベットに座る。
「諸々と従者が勝手してごめん。災難だったね、色々と」
「ハハッ……そうだね。魔界に来てからは暇がないよ」
苦笑する颯太に同感と肩を竦める真奈。
瀕死の時は文字通り血が抜かれ青白くなっていた顔の血色が良くなり安堵する真奈。
「気分の方はどうかな? 体に違和感とかはない?」
「特に気になる部分は無いかな。強いて言うなら、暫く眠っていたみたいだから体が鈍っていることと、寝起きにキョウ達に襲われて疲れていることぐらいかな……」
鈍っているのは運動すれば解消する。疲れも休めば回復する。
つまり概ね良好らしい。
記録が少ない契約術なため、颯太の体に何かしらの変化をもたらすのか不安だったが、目に見えて変化は見受けられない。
颯太の無事を自らの目で確認できて溜飲が下がる真奈。
体の安否を確かめた後、颯太にとって辛い事だろうが、あの時の事を真奈は尋ねる。
「颯ちゃんは先日の、アスタ・アミレッドが首謀して起こした襲撃事件の記憶は残っているかな?」
強い衝撃で体が無事でも記憶が飛ぶことが稀にあるため確かめる必要があった。
颯太は苦々しい顔で頷き。
「……まぁね。正直、思い出したくないけど、気を失う直前までの記憶はハッキリあるよ」
「そっか。じゃあ、意識を失った後の事は知ってるかな?」
「それについては、さっきキョウから粗方聞いたよ。事件の顛末とか。その後に「じゃあ、私が颯太君の体を隅々まで診察してあげる♪」ってヨルさんに襲われたけどね……」
ヨルの仕事量を10倍にしようと真奈は思った。
「自分の事ながら全然信じられないよ。キョウから聞いたけど、僕たちが居た街は壊滅状態になったんだよね? そうなるだけの魔法を受けたのに、なんで僕は生きてるんだ?」
実際には壊滅状態に陥る程にトドメを刺したのは真奈なのだが黙っておく。
しかし、颯太が現在の状態まで回復したのは真奈との契約による効果だが、それを施すまでの颯太の生命力に真奈も疑問に思っていた。
「確かにそうだね。颯ちゃんってさ、何者なの?」
「僕は普通の人間だよ。まあ、昔から他の人より多少体が頑丈ではあったけど、それ以外は特出した事は何もない凡庸な一般人。うーん……運が良かったのかな?」
街の一角を吹き飛ばす程の爆炎を生き抜いたのは運が良かっただけで済ましていいのか甚だ疑問ではあるが、本人も知らないことを詮索しても無意味。
颯太の言う通り、今は運が良かったとしておこう。
颯太が生きている。その喜びを噛み締めて。
「それにしてもさ、真奈ちゃん……。これで僕たち、お別れするんだよね?」
颯太の無事に安心していた真奈に唐突に颯太がそんなことを聞いて来る。
え?と何故いきなりそんなことを聞いて来るんだと訝しむ真奈だが、直ぐに理解した。
「ヨルさんが言ってたけど、先日の襲撃事件を起こしたグループに僕が公園で襲われた人が属していたって。ってことは、件の心配ごとは解消されたってわけで、約束通り、僕の記憶から真奈ちゃんたちの記憶が消されるんだよね」
元々颯太が魔界に連れて来られたのは、魔王である真奈に反忠を抱く連中が真奈と関係を持つ颯太を襲ったからであり。
人間界での颯太の安全が確保されるまでの一時的な保護で颯太は魔界に滞在していたが、解決すれば颯太の記憶から真奈を含めた魔界や魔族の記憶を消去して、人間界に帰す、それが当初からの約束であった。
颯太を襲った連中は先日の襲撃事件で一網打尽され、今は無暗に開放されない牢獄へと収監され報復の心配もない。
つまり、此度を持って颯太と真奈はお別れになる。
そのことを懸念していた真奈は焦るも、考えていた提案をしようとするが、その前に説明すべきことがあると真奈は颯太に問う。
「その話の前に、颯ちゃんはなんで自分が助かったのか、知っているかな?」
「僕が助かった理由? 放しの流れ的に運良く爆炎で死ななかったことじゃないよね? 僕が助かった本当の理由か……全然知らない」
どうやらキョウ達はそこまでは説明してないようだ。
爆炎に呑みこまれ、瀕死だった颯太が良好までに回復したわけを説明するため、真奈は颯太の左手薬指を指さし。
「颯ちゃんが気を失っていた時なんだけど、私は颯ちゃんにある契約術を施したんだ。その契約術の名は『永劫の誓い』」
「えんげ……え? なんて?」
「『永劫の誓い』。ついでに、この名前はあくまで契約術の名前で、颯ちゃんの左手薬指に刻まれる刻印の名前は『|永久刻印《エターナルリング』ね」
知らない単語を言われても理解できる程賢くない颯太は自身の左手薬指を見る。
だが、颯太の左手薬指には何も描かれておらず、いつもの指だった。
「そうだった。この刻印は魔力が通らないと消える仕組みになってるんだった。待ってて、私の魔力を通すから」
真奈が颯太の左手に手を添えると温かな光が包み込む、魔力を流し込んでいるのだ。
真奈が颯太に魔力を流し込んだことで、颯太の左手薬指に魔法文字が浮かび上がる。
「これがその『えんげーじ、めんと、りんく?』の『えたーなるりんぐ』なんだね」
マジマジと左手薬指を眺める颯太。
「そうだよ。その刻印こそが、颯ちゃんの命を繋ぎ止めた立役者だよ」
「つまりどういうこと?」
「えっと、説明するとだね――――――――」
真奈は颯太に施した契約術『永劫の誓い』を説明する。細かく説明しても颯太が沸騰するだけだから多少省いて説明する。
それでも自身に施された常識が及ばない物に颯太は目を輝かせる。
「そんな凄い魔法を僕のために使ってくれるなんて感無量だよ! てか、不死身ってめちゃくちゃ凄くない!?」
「凄いって言うか人類の夢みたいなものだからね。けど、完全な不死ってわけでもないよ」
「そっか。真奈ちゃんが無事な限り不死身って言ってたけど…………あまり考えたくないけど、もし、万が一、億が一に真奈ちゃんが僕より先に死んだりしたら?」
「その時は契約が解除されて颯ちゃんは無事……ってわけでもなく、残された数少ない記録だと術者、つまり私が死んだら颯ちゃんも一緒に死ぬみたい。まさしく、一蓮托生ってわけだ」
自分が死ぬよりも真奈が死ぬ想像をしたため憂鬱になる颯太だが、この契約術のおかげで助かったのだから、感謝するかの様に左手を握る。
「『永劫の誓い』には他にも効果はあるけど、その説明をすると本題に入るのに時間が掛かりそうだから、単刀直入に颯ちゃんに2つの選択肢を与えるよ」
「2つの選択肢」
真奈は先ほど颯太が口にした記憶の件も含んだ本題に軌道修正して2本指を立てる。
「1つ目は当初の予定通り、颯ちゃんの記憶から私を含めた魔界関連の記憶を消去して人間界での平穏な生活に戻る。これに関しては、戻ったとしても完全に安全って保障はないけど、私が責任をもって裏で颯ちゃんを守るよ」
颯太をその選択肢を聞いて表情に陰りが入る。
最初から事件解決の折には記憶を消去して人間としての日常に戻る約束をしていた。覚悟はしていたが、目の前に突きつけられると来るものがあった。
だが颯太は疑問に思った。
「それが最初からの決定事項だったはずなのに、他になんの選択肢が……?」
颯太からの質問に直接は答えず、真奈は用意したもう一つの選択肢を告げる。
「私から颯ちゃんに与えるもう一つの選択肢……ってよりも、私からのお願いみたいになるけど。颯ちゃん。貴方を私の従者に迎えたいと思ってるんだ」
告げれた二つ目の選択肢に颯太は目を剥いた。
「真奈の従者って……つまり、魔王のってことだよね!? ホロウさん達と同じ」
「そうだよ。従者は私の右腕的存在。もしこっちの選択肢を選んだとなれば、人間としての平和な日常は捨てて、血な生臭い悪辣な生活になるけどね」
颯太の表情は少し強張る。
颯太は思い出していた、先日の凄惨な光景、鼻を刺激する煙の臭い、耳をつんざく悲鳴と爆撃。現代の平和な日本で過ごして来て体験した事がない戦火。
「……選択肢? いや、勧誘みたいなことを言ってくれたけど、少し疑問だよ。なんで僕を魔王の従者に勧誘するのかな? 僕は、ほら……なんの力も持たない人間だよ。魔王の従者になったからってなんの役にも立たないかもしれないのに……」
自分で言ってて少しへこむ颯太に真奈は優しく微笑む。
「確かに、颯ちゃんはハッキリ言って弱いよ。筋力も下級魔族以下、知能も並み程度、魔力を持っていない、正直、100人の上級魔族は100雇わない程に従者としての適性はないね」
「ヒドイ!」
微笑んだのだから優しい言葉をかけられると予想していたのに、直球になじられて涙目の颯太に真奈は続ける。
「けど、だから何? 確かに魔界は実力がもの言う世界なのは揺るぎない事実だとしても、自分が弱いと自覚しながら、誰かの為に命を賭けて戦う人が評価されないのは可笑しい。少なくとも私は、灼熱の中、少女一人の為に上級魔族に立ち向かい、身を挺して守り切った颯ちゃんを強く評価してる。だから、私は颯ちゃんに従者になってほしいと誘っているの」
実力で言うなら颯太は魔王の従者として分相応であろう。
だが、真奈にとってそれは些末なこと。颯太の心の在り方に惹かれ、颯太に傍に居てほしいと願っている。
「颯ちゃんの人生だから無理強いはしないよ。あんな体験したら恐怖に感じるのは当たり前だからね」
真奈は颯太の答えを待つように口を閉じた。
今颯太は人生の分岐路に立たされている。
真奈達に別れを告げ、人間界に戻り、人間としての平凡な日常に戻るか。
それとも、魔王の従者になり、過酷な非日常に身を投じるか。
数秒考え、颯太の考えは決まった。
「なる。僕、真奈ちゃんの……いや、魔王の従者になりたい!」
真奈からの確認は省略され、即答する颯太に真奈は苦笑し。
「自分で勧誘しててなんだけどさ、ちゃんと考えたかな? 魔王の従者になればアスタの様な奴らに狙われる機会がもっと増える。契約の力で不死身とはいえ、心は有限だよ。壊れた心は戻らない。その覚悟はあるんだよね?」
「正直、滅茶苦茶怖いよ。けど、僕は知ってしまった。魔界にはルーちゃん達の様な理不尽に幸せを踏み躙られて悲しむ人たちがいるって。僕はその事実に目を背けたくない。僕なんかがどれ程の力になるかなんて分からないけど、一人でも涙を流さずに済むなら、頑張ってみたい」
颯太の覚悟の籠った言葉と目を見て、未知への憧れによる短絡的な回答ではないと悟り、真奈の頬が綻ぶ。
「誰かの為なら自分を厭わない気持ち、昔から変わらないね」
颯太を残酷な世界に引き摺り込むことへ罪悪感を感じていた真奈の心は少し晴れていた。
(あの夕焼けの河川敷で貴方が示してくれた私の王道。その道を貴方と一緒に歩けるなら、どんな茨の道でも怖くない。颯ちゃん、ありがとう)
颯太を見ていると謎に感情が高ぶるが、その気持ちに名前は今は見いだせない。
だけど、彼と共に過ごせば、この気持ちが何なのか分かるはず。そして、両親から受け継いだ理想にも辿り着けそうな気がする。
「正式な手続きは後日として、では颯ちゃん。これからは、魔王の従者として、そして、引き続き恋人として宜しくね」
真奈が差し出す右手を呆然と眺める颯太はニシッと強く笑い。
「僕は頼りないかもだけど、頑張って頑張って、頑張って! 真奈ちゃんが誇れる男になる。だから、末永く宜しく頼むよ、真奈ちゃん」
真奈の手を強く握り返す颯太。
文字通り、二人の魂を繋ぐ『|永久刻印《エターナルリング』は、二人の門出を祝うように赤く光る。
真奈はふとあることは思い出す。
「そうだった。そういえばルーちゃんから颯ちゃん宛に手紙を預かってたんだった」
「ルーちゃんから?」
ルーとは先日の襲撃事件で颯太が身を挺して守り切った獣人の幼子の事だった。
颯太と分かれた後に無事に保護され、無事他の子供たちと合流できたことは聞いており、現在は別の街で施設の子供達と過ごしているらしい。
そんなルーから颯太に手紙が送られてきており、真奈が預かっていた。
颯太は真奈から手渡しされた便に封入された手紙を取り出し、内容を確認するが、
「…………全然読めない」
決してルーの字が拙いわけではなく、そもそも字自体が颯太が知らない魔界独自の文字で書かれていたのだ。
颯太は魔界文字が読めないため、一生懸命颯太に宛ててルーが書いた手紙も読めないでいると真奈は颯太から手紙を取り。
「これから従者としてやっていくんだから、魔界文字も追々覚えていかないといけないね。今回は私が代わりに朗読するから、聞いてて」
読めない颯太の代わりに、真奈が口に出して手紙の内容を語る。
「『拝啓、そうたお兄ちゃん、元気してますか? ルーは元気にしているよ。レティお姉ちゃんからあの後の事を聞きました。そうたお兄ちゃんがルーを守るため頑張ってくれたんだよね。そうたお兄ちゃんのおかげで、ルーは大丈夫だったよ、ありがとね』」
「ルーちゃん……」
ルーが無事だと報告は受けていたが、手紙とはいえルーから直接言われて感無量の颯太。颯太の頑張りで少なくとも子供1人守られた事に真奈も自分の事の様に誇らしく感じる。
「『それでねそうたお兄ちゃん。1つ、そうたお兄ちゃんにお願いして良いかな?』」
「ん? なにかな?」
手紙の内容を先読みした真奈だが、何故か真奈の瞳から光が消える。
揚々の無い淡々として声量で手紙の続きを読む。
「『ルーはね、これから沢山勉強するよ。お仕事のこととか、料理のこととか、魔法のことだとか、たくさん、たくさん勉強する。そして立派なオトナになる! その時はね、ルーをそうたお兄ちゃんのお嫁さんにしてね! ルー頑張るから! ルーより』」
手紙を読み終えた後無言の空気が流れる。
地下だから気温の変動が影響を受けないはずだが、何故か汗が流れるほどに暑く感じる。その原因は颯太は直感で察する。
「ま、真奈ちゃん?」
表情に陰を落とす真奈はルーの手紙を綺麗に畳み、顔を上げたと思えば笑顔だった。
「良かったね颯ちゃん。将来相手が居て。これで孤独死はないよ」
「イヤイヤイヤ、嬉しいことだけど、子供の言っていることだから! お願い! 怒るならせめて怒った顔にして、笑顔が一番怖いからぁあああ!」




