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学園のアイドルに告白したらOKされたが、彼女は魔王で僕は従者になりました  作者: ナックルボーラー
1章 

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26/27

閑話 二人の出会い

 この話は颯太と真奈が恋人関係になる日から約2年前の話。


 真奈は人間界にある普通の中学校に通っていた。


「……はぁ……退屈だ。まあ、お母さんとの約束もあるし、卒業まで後1年だから我慢して通うか」


 三陸真奈。


 その名は人間界にある日本という小さい島国の戸籍に登録される彼女の人間としての名。

 

 真奈には人間の血が流れている。しかし、その血は半分。

 残り半分の血は違う世界に棲まう魔族。

 母が人間、父が魔族。

 しかも、魔族は魔族でもその血は由緒ある血統、魔族が住まう世界『魔界』にある7つある大国の1つ、赤の国ルージュの王族、憤怒を司り、数多の魔人と龍を従えた伝説の悪魔サタンの末裔であるサタルディーネ家。

 赤の国では貴族や王族以外に苗字を名乗る資格はないが、王族の真奈には魔族としての名と共に家の名を与えられた。

 魔族としての名は、マナルデリシア・ラースド・サタルディーネ。

 マナルデリシアが真奈の魔族としての名前で、サタルディーネは家名。

 ミドルネームのラースドにも意味があるのだが、それは別の機会に。


 そんな人間とは違う種の血を引く真奈が、何故人間界にある学校に生徒として通っているのか。

 それは、真奈が5歳の時に急死した亡き母の細やかな願いからだった。


 真奈の母は人間界出身の人間であるが、平凡な家庭で生まれたわけではなく、血筋の話は真奈にもしなかったが、特殊な出自らしい。

 母の家は表社会から隔離された集落にあり、学校などという現代の人間なら気軽に通える所にも通うことが出来なかった。

 だから娘である真奈には、自分が行けなかった分も、せめて日本の義務教育である中学までは普通の人間として通わせてほしいと魔王である父に頼み込んだのだ。


 父も母の出自に同情してか、その願いを聞き入れ、真奈は平日は人間界の学校に通うことになった。

 しかし、真奈の入学を心から楽しみにしていた母は、前述にも書いたが、真奈が入学するよりも前に亡くなっている。


 真奈は母が大好きだった。暇があれば四六時中引っ付いたりしていた。

 大切な母の死は真奈の世界を一気に薄くさせた。


 母が亡くなれば学校に通う必要はあるのかと疑問視されたが、母の願いを費やすわけにはいかないと父や付き人の勧めもあり6年間通い続けた。

 この頃の真奈は中学3年生になったばかりで、母との約束である義務教育は残り1年。学校に楽しみを見いだせていない真奈は残り1年とはいえ苦痛な1年だと憂鬱な気分で帰路を歩いていた。


「…………迎えまで1時間あるな。時間つぶしに本屋にでも寄ろうかな」


 人間界と魔界の往来は容易くなく、魔界へのゲート自体は真奈も開くことは出来るが、終着点がランダムであり、正確な終着点を設定するには専門家が必要。

 サタルディーネ家直属のゲート師が複数人おり、真奈はその内の一人に迎えを頼んでいるが、時間を見る限り約束時刻はまだあったため、買えり途中にあった古びた本屋に立ち寄った。


「おっ、この作者、新シリーズ出したんだ。けど、この前大量に服を買ったから、お小遣いが残ってないんだよね……。はぁ、来月のお小遣いまで我慢するか」


 お気に入りの小説家の新作購入を断念して本を棚に戻す真奈だったが、そんな彼女に近づく足音。


「あ、さ、三陸さん……だよね? こんにちは、三陸さんも本を買いに?」


 真奈に声を掛けて来たのは真奈と同じ中学に通うクラスメイトだった。

 真奈とは殆ど話したことがなく、ただ同じクラスってだけの浅い関係な生徒。

 そんな生徒を真奈は一瞥すると、一切返答するわけもなく本屋から出ていく。


 高校では学園のアイドルと崇拝される真奈だが、実は中学時代は周囲から羨望を向けられる存在ではなかった。

 成績は優秀で運動神経が良く、容姿は抜群……ではなく、真奈が豊満なスタイルになったのは高校に進学して直ぐに急激な成長期に入るからで、この時はまだ年相応の身体つき。顔は可愛いのだが、それだけだった。

 真奈が周囲と距離を空けていたから、高飛車な女だと周りも真奈を嫌煙していた。

 稀に声を掛けられても真奈が塩対応してたため進展は全くない。


 そんな真奈が、何故高校で学園のアイドルと周囲から称させる程の人望を持つ人物になるのか。

 それは、この日真奈にとって運命の出逢いをするからだった。


 本屋を出て近くの信号機付き横断歩道から会話が聞こえた。


「おばあちゃん、荷物重そうですね。良かったら僕があちらまで持っていってあげましょうか?」


「おや、いいのかい? それは大変ありがたい事だけど……あなた、バスを待っていたように見えたけど、大丈夫なのかい?」


「多分大丈夫です。困ってる人を見過ごすわけにはいきませんから」


「そうかい。ありがとね。優しい青年だよ、あなたは」


 会話は途中からだが、学ランの男子が両手に大量の買い物袋を持つ年配者の荷物を持ってあげようとしているようだ。

 男子と老婦が赤信号で待っている信号は、待ち時間が長い癖に歩行者側が青信号になっても不親切な程に短く、荷物無しなら兎も角、荷物を持った状態で渡り切るのは難しい。

 だから男子は自分が荷物を持って軽くなる事で老婦が青信号の内に渡り切れるようにしているのだろう。


 男子の申し出に老婦は感謝して荷物を渡す。

 その後は特に大きな出来事はなく、青信号の内にギリギリで渡り切った。

 老婦が男子にありがとうとお礼を言っている時だった。


「…………バス」


会話の中で男子はバスを待っていたと言っていた。

 恐らく、真奈の眼前に停車しているバスは男子の待っていたバスかもしれない。現に彼方にいる男子は


「あぁあ! バス! すみません! 僕も乗りたいんですけど!」


 道路を挟んだ歩道にいる男子を待つわけがなく、客の乗り降りが終わるとバスは無慈悲に発進する。

 項垂れる男子だが、申し訳なさそうにする老婦に対して毅然としている。

 老婦に対して負い目を感じさせるわけにはいかないからだろう。

 そんな一部始終を見ていた真奈は鼻を鳴らし。


「運が悪いやつ」


 その時はそんな感想しか出なかった。

 

 それから数日後。

 真奈は再び、彼を見つけた。


「ぶぇえええん! ママどこぉおお! アイを置いていかないでよぉおお!」


「ああぁああ! アイちゃん、落ち着いて! お母さんはね、決してアイちゃんを置いて行ったわけじゃないよ。アイちゃんは大切にされているはずだからお母さんもアイちゃんを探しているはずだよ」


「ふぐっ……ほんとぉ?」


「本当だよ。だから泣き止んで。僕と一緒にお母さんを探そうか」


「うん! お母さん探す!」


 分かる範囲での推測だが、前にも見かけた男子は迷子の幼子を泣き止ませ、一緒に母親の探索に行くつもりなのだろう。

 街を歩く他の者達は誰も幼子に関わろうとはしない。

 当然だ。関わっても自分に得はない。

 自分に得が無ければ動かない。人間も魔族も同じだ。

 なのに、彼は前と同じで得が無くても動いている。


 それから数分、真奈は興味本位で男子を観察していたが、直ぐに母親と合流。

 幼子の母親は心配して涙を流して我が子を抱擁。

 合流に貢献した男子に多大な恩を感じて幾度も母親は礼をしている。

 母親は何か男子にお礼をしようとしたが、


「お礼は大丈夫です。僕が勝手に放って置けなかっただけですから。では、これですみません。友達と約束がありますので」


 謝礼を貰わず男子は去って行く。

 幼子からお礼の手を振りに対して笑顔で手を振りながら。

 

「…………変なヤツ。あんな人もいるんだね」


 彼を見たのはまだ二度目。

 だが、この時の真奈は少しだけ彼に興味を抱き始めていた。

 その後も、何度か男子が困っている人を助けている現場を目撃した。

 だが、彼は一度も見返りを求める様な行為をしなかった。

 自己満足をするかのように、彼は一度も……。


 そしてある日、真奈はとある事故に遭遇した。


「おい! 男の子が橋から落ちたぞ!」


 川辺を繋げる大きな橋から1人の男の子が原因は分からないが落下し、橋下の川で溺れる事件が目の前で発生。


「オイ! 誰か今すぐレスキュー隊に連絡しろ! このままじゃ溺れ死ぬぞ!」


「分かってる! だが、レスキュー隊も直ぐには来れないかもしれない……。それまでにあの子が保つか……」


 絶望視する野次馬達。

 誰1人川で溺れる男の子の救出に出る者はいない。

 当然だ。助けに行って何になる。

 人間の損得は金が基準とする。仮に男の子を助けた所で賞賛はあれど一時的で、一銭にもならない。

 その程度で満足するはずがない。

 ましてや、資格を持たない素人が助けに行って自身も溺れる二次被害の可能性もある。危険があるのに顧みて助けに行くお人好しはいない。


 真奈だってそうだった。

 人よりも超常の身体能力を持つ真奈なら人1人の救出など造作もない。

 だが、ここで助けに行けば目立ってしまう。

 目立つ事に対して特に不安要素はないし、最悪の場合はヨルあたりに記憶操作をさせれば済む話。

 しかし、そこまでの労力を費やしてまで助ける必要はあるのか、真奈の心に疑問が浮かぶが、決して真奈は非情ではない。

 逆に今にも溺死しかける男の子がもがく姿に心を痛めている。

 

 偽善。


 真奈の心の中にその言葉が浮かぶ。

 真奈の父、魔王エルドラシェルは平和は魔界を目指している。

 だが、魔族は元来戦いを好み、戦いの中で生きる種族。

 平和の理想を掲げても周囲からの反対は大きい。

 その中で放たれた言葉が、偽善であった。


 誰かの為に何かをしようとしても、周りが正当に評価しない。

 なら、何かしらの報酬を得た方が得。

 真奈がレスキュー隊が早く到着をして無事に男の子が救出される事を祈り、その場を離れようとした時だった。


「おい颯太! お前、なにこんな時にゴミ箱を漁ってるんだよ!」


「颯太君……どうしたの? なんでペットボトルを?」


「説明は後でする! すみません、退いてください!」


 聞き覚えがある男の声に真奈が振り返ると、自分の横を通り過ぎる、彼の姿を見た。

 人ごみを掻い潜る彼の手には空のペットボトルが3本。

 それで何を……と真奈が不思議に思った時、彼は上着を脱ぎ捨て、川へと飛び込んだ。


「……は?」


 彼が川に飛び込んだ事に唖然とする真奈。

 恐らくだが、彼は溺れる男の子の救出に向かったのだろう。

 帰ろうとしていた真奈の体は急転換して人混みに割って入り、最前列にて彼の動向を眺める。

 川に飛び込んだ彼は勿論、自らの命を絶つ為でなく、溺れる男の子を救出する為だった。

 飛び降りる前に服を数枚は脱いだが、服を着たままでの水泳は想像以上に進みにくい。最悪の場合、水を吸った服の重さで溺れる恐れもある。

 それでも彼は懸命に手足で水を掻き徐々に進む。

 彼が男の子の許に辿り着いた時に野次馬達の歓声が沸く。


 周囲が安堵したのも束の間。

 辿り着いた後はどうする、と空気が流れる。

 彼が男の子を担いで陸地まで泳ぐのか?

 無理だ。余程水泳が得意でなければ子供とはいえ人1人を担いで泳ぐのは困難。見た限りでは彼は泳ぐのは得意そうではなかった。

 男の子も自力で泳げる力量も精神的な余裕もない。

 結局、二次被害か、と思ったが、ここで役立ったのが、彼が飛び降りる前に抱えていた空のペットボトル。

 

「ほら、コレを抱えるんだ。その後は仰向けになって」


 彼は男の子に空のペットボトルを抱えさせて仰向けにする。

 ここで真奈は彼が空のペットボトルを用意した意図に気づく。


「そうか。ペットボトルの中の空気が浮力になって、即席の浮き輪に……」


 浮き輪程の安定力は無くとも、500mlのペットボトル数本を抱えれば子供1人が沈むことはない。

 息が出来る様に仰向けになる男の子を彼は繋ぎながらに陸地まで泳ぐ。

 陸地に辿り着き、両者無事で終わった救出劇に再び歓声が沸く。


 誰もが彼を賞賛する。

 彼はこれが欲しかったのだろうか。このまるでヒーローと称えられるかの様な周囲からの賞賛を。

 ……違う。多分だが、彼は歓声が欲しかったのでも、褒められたいからでもないのだろう。

 体が勝手に動いた。困っている人を見過ごせない、己の正義感に任せて。

 

「…………羨ましい」


 無意識に真奈の口から溢れる。

 真奈は別に周りから褒められたい欲求があるわけではない。

 真奈が羨ましいと言ったのは、彼の行動力だ。

 真奈があれこれ後先や損得を考えている間に彼は瞬時に動き始めていた。

 真奈にはない、自分の心に嘘を吐かずに動ける力。

 

「……彼、確か颯太って呼ばれてたね。あの制服は私の学校の人じゃない。一度、話してみたいな」


 颯太と呼ばれる彼は、周囲からの賞賛や後で到着したレスキュー隊に怒られたりと話せる機会がなく、その日は断念した。

 

 意外にも会いたいと思った時に限って会えないもので。

 時間がある時は彼を目撃していた街を歩くが、1ヶ月彼の姿を見かけなかった。

 彼と話したいとモヤモヤする気持ちを抱えて、ある日河川敷の土手を歩いていると。


「大丈夫。絶対に見つかるから」


「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 待ち望んだ彼の声が聞こえ真奈の視線は河川敷へと向けられる。

 河川敷にある生い茂った草むらの中で彼が何かを探しているようだった。

 その傍に同様に何かを探す小学生がいる。

 状況を見た限りだと、小学生が何かを無くして彼が一緒に探しているみたいだ。

 今彼に話しかけてもそれどころではないのだろう。 

 なら見つかるまで待つのか? 

 それだといつ見つかるかも分からない。真奈が人間界に滞在出来る時間も決まっている。このまま待つのは合理的ではない。


 気づけば真奈も河川敷へと降りていた。


「あの、何かお困りごとですか?」


 何度も見かけた彼に対して初めて真奈はコンタクトを取る。

 探す手を止め、彼は振り返った。


「えっと……」


 突然話しかけられて困惑する彼に真奈は怪しくないと両手を振り。


「いきなり声をかけてごめんなさい。何か困りごと……見た感じだと、何かを探している様子でしたから」


「そうなんです。この子が先程までここで遊んでたみたいなんですが、その時に家の鍵を無くしたみたいで……」


 真奈の予感は的中だった。

 彼が説明をすると小学生の女児が泣き出しそうに顔を歪める。


「かぎなくすとお家に入れない……それに、お母さんに怒られる……」


 親に怒られるのは嫌なはずだ。


「1つ確認しますが、貴方はその子のお兄さんなんですか?」


「いいえ。僕はたまたま通りかかって、この子が困っていたから探すのを手伝ってるだけです」


 やはり。彼は他人であっても困っている人を放って置けない性格なようだ。

 恐らく、今回も見返りなど考えずに手助けしているのだろう。


「そうですか。でしたら、私も一緒に探しましょうか? 人手が多いに越した事はないと思いますし」


「いえいえ! 手伝って貰うのは……」


 まさか断れるとは想外であったが、真奈は冷静に返す。


「私は構いませんよ。ほら、時間も勿体無いので早く探しましょう。それに、こんな諺がありますよね『旅は道連れ世は情け』ってね。なんちゃって」


 少し洒落を入れて返すと何故か彼の頬は赤くなっていた。

 彼はそれ以上何も言って来ず、真奈も一緒に鍵を探し始める。

 女児の証言では、川付近には行ってないから川に落ちた可能性は低い。

 なら草むらを探せばいいのだろうが、活発に色々な所を走り回った様で探す範囲は広い。手分けして探す中、真奈の心境に変化があった。


「さあ、早く見つけ出して安心して貰わないとね」


 そう口にして真奈も気づく。

 真奈が鍵探しを手伝い始めたのは、彼との会話の時間を確保するためだった。

 だが今は、鍵を見つけて女児の笑顔になった顔が見たい思いで手が動いていた。自分の為ではなく、他人の為に。


 それから十数分後、真奈は草むらの隙間で夕焼けの光を反射する何かを発見する。真奈はその箇所を確認すると、キーホルダーが付いた鍵が落ちていた。


「――――――――あったぁああああ!」


 苦労が報われた様に喜びの声を上げる真奈に彼と女児の表情は明るくなり。


「あったの!? おねえちゃん、ありがとう!」


「見つけてくれたんですね、ありがとうございます!」


 真奈の許に走り寄る2人。

 真奈は発見した鍵を女児に見せ。


「貴方が落とした鍵は、此れで間違いはないかな?」


「うん! これだよ! 本当にありがとうおねえちゃん!」


 女児は満面の笑みで真奈が差し出す鍵を受け取る。

 先程まで泣き出しそうな程に不安そうな顔だったのが、一気に満開の花の様に笑顔を咲かせて、微笑ましく真奈も釣られて頬が緩む。

 大事そうに鍵を抱きしめる女児であったが、何故か俯き。


「……探してくれたおにいちゃんとおねえちゃんに何かお礼をしたいけど、わたし、なにも持ってない……」


 子供ながらに手助けしてくれた真奈たちに対してお礼したい精神を持っていることに感心するが、子供故に見返りになるものは持っていない。

 残念など思うはずがない。真奈も最初から求めるつもりはなかった。


「そんなこと気にしないでいいよ。困っている人がいるなら助ける。当然の事なんだから」


 そう発言する真奈だがどの口が言うかと内心自嘲する。

 普段は損得勘定や周囲からの評価を気にするのだから。


「鍵が見つかってよかったね。そろそろ日が沈み切るから、その前に家に帰った方がいいよ、そっちの方がお母さんたちが心配するから」


「……うん、分かった! おにいちゃん、おねえちゃん! 本当にありがとね!」


 女児は最後に心からの感謝に真奈の心に被る迷いが少し晴れた様な気がした。

 女児が何度も真奈たちに振り返って手を振り、真奈たちも女児が見えなくなるまで手を振り返し、姿が見えなくなった頃、彼が真奈に頭を下げる。


「手伝って貰ってありがとうございます。多分、僕だけでは鍵を探し出すのは無理でしたから」


 無くした本人ではないのに、助力を与えた真奈に対して律儀に礼をする彼。

 何処まで真面目なのか真奈は少し呆れる。


「礼はあの子から十分貰ったのでいいですよ。でも、もし私に対して恩義を感じてくれるなら、少し、お話しいいですか?」


 真奈の最初の目的は彼と話す事だった。

 その目的を果たす為に真奈は少しズルい言い方で尋ねる。

 だが彼は一切嫌な顔はせず「僕でよろしかったら」と了承。

 真奈は気になっていた事を尋ねる。


「貴方はなんで、人助けをしてるんですか?」


「…………はい?」


 彼は予想しなかった真奈の質問に首を傾げる。

 真奈は説明もなく唐突すぎたと反省して経緯を語る。


「私は何度か貴方が誰かを助けている場面を見た事があります。その時はいつも何も見返りを求めず、満足して去っていく。どうして他人の為にそこまで動けるんですか」


「いきなり言われても……。てか、色々と見られて恥ずかしいですね。人助けする理由ですよね……。あまり考えた事がありませんね」


 考えた事がない、それが彼の答えだった。


「考えた事がないって。つまり、自分が正しいと思った事をしている、って解釈でいいですか?」


 真奈が彼の答えにそう解釈すると彼は困った様子となる。


「正しいと思った事、ですか……。こう言うと変と思われるかもですが、僕は、自分の行動が正しいだなんてあまり思ったことはありません」


 は?と彼の思わぬ一言に真奈は困惑する。

 彼は補足する様に言葉を続けた。


「この世に完璧に正しい事なんて多分、無いと思うんです。自分の正しいは誰かの間違いであって、自分の間違いは誰かの正しいってこともありますから。少し前に川で溺れた子供を助けた事がありますが、その時は周囲の人が褒めてはくれましたが、レスキュー隊の人からはかなり怒られましたし、ははっ……」


 真奈もその現場を目撃していたから事の顛末を知っている。

 彼は遅れて到着したレスキュー隊員から二次被害が起きていた可能性を挙げられこっぴどく注意されていた。

 だが、レスキュー隊員も彼の行動に対して賞賛はしていたようだが、職業柄注意しないといけないという複雑な顔をしていたのも覚えている。

 

「少し不可解ですね。自分で正しいと思ってないのに、どうして行動が出来るんですか……。それに、結果自分に何も得はないのに、どうして……」


「ごめんなさい。語弊があって勘違いをさせてましたが、確かに自分の行動が絶対に正しいとは思ってません。ですが、間違ってるとも思ってません。だから僕は、自分に嘘を吐かず体が動いてしまうんです」


 真奈には意味が分からなかった。

 正しいとは思ってない。ただ、間違っているとは思ってない、とは。

 

「自分語りの昔話になりますが――――――――」


 彼は夕焼けを眺めながら昔話を始める。


「僕には幼少の頃からの幼馴染が一人います。昔、小学生の頃でした。その幼馴染と一緒に帰っている道中に一匹の子犬が捨てられていたんです」


「子犬、ですか?」


「はい。恐らく人間の身勝手による無責任な投棄だったと思います。そんな子犬を見つけた僕たちですが、残念なことに僕の家も、幼馴染の家もペットを飼うことができず困っていました。けど、見過ごすわけにもいかず、見つけた日も、その次の日も、何日間かその子犬に餌を与えて餓死はしないようにしていました」


「…………優しいんですね」


 話の脈絡が掴めない真奈だが彼の行いは称賛して絞り出して口にするが、彼は首を横に振り。


「優しくありません。僕がやってた事はただの自己満足で、問題の先延ばししていただけです。結局、その子犬は死んでしまいましたから」


「死んじゃったんですか……?」


「……はい。原因は分かりません。野良の動物にやられたのか、人が無邪気に虐めたのかは分かりませんが、最後に見た時は酷い外傷を受け倒れていたんです」


 彼は己を責めるように握り拳を作る。


「子犬の亡骸を見た時、幼馴染は凄くショックを受け亡骸を抱えて泣きじゃくっていた。その姿を見て僕は酷く後悔しました。なんで僕は自分の家で飼えないか必死に両親を説得しなかったのか、自分で飼えなくても誰かが引き取ってくれるように里親を探そうとしなかったのか……僕が早く気づいて動いていれば、子犬は死ぬ事はなかったし、幼馴染も悲しむことはなかったって」


 彼は過去の後悔を語り流れる川を眺め。


「だからこそ、もう見てみぬふりをして見捨てる事はしたくない。川で溺れた子供の事で言うなら、あの時、レスキュー隊の到着が遅れて子供が溺れ死んでたら、僕は、一生後悔していたかもしれません。そうなるぐらいなら、僕は周囲から間違ってると叱咤されようと、お人好しと揶揄されようと、助けます。其方の方が一生後悔するよりも断然いいですから」


 それが彼が動く理由だというが、恥ずかしそうに後髪を掻き。


「まあ、結局の所、僕の自己満足ですから。それで見返りを求めるのは図々しいと言いますか……それに、確かな見返りは貰ってますから」


 見た限りで彼が見返りを受け取ってはいなかった。

 なにを、と真奈が訝しんでいると彼は誇らし気に言う。


「ありがとう。僕なんかの手助けで笑顔になってくれるなら、僕はそれだけで満たされます」


 その言葉を聞き、真奈は素直に感心する反面、少し嫉妬していた。

 彼の在り方の根本が過去の後悔からだとしても、結局は、周囲の視線や評価ではなく、自分がどうありたいか。

 

「あ、あの……僕、何か変な事を言いましたか? ぼーっと僕を見てますが」


 彼を羨ましいと呆然としていたら、何故か彼が申し訳なさそうにしていて、真奈は急いで首を横に振り。


「いや、全然変な事は言ってないよ。ただ、本当に貴方は凄いなって思ってただけ」


「僕なんか全然凄くありません。先程(さっき)も言いましたが、これは僕のただの自己満足(じこまん)ですから。呆れられたり、怒られたり沢山されます」


「それでも、貴方は変わるつもりはないんだよね?」


 真奈の問いに彼は二度と後悔はしたくなりとばかりに「はい」と即答する。

 その答えに真奈は思わず口を綻ばせ、


「自分で言うのもなんだけど、私って誰かを尊敬するって事はあまりなかったんだけど。久々だよ。見習いたいって思う人に出会うのは」


 真奈は彼の肩を軽く叩き。


「私の勝手な押し付けだけど、貴方のその在り方はずっと持っていてね。私も、頑張るから」


 そう言い残して真奈は彼に背を向け歩き出す。

 数歩前に進んだ後に、背後から彼に呼び止められる。


「あ、あの! す、すみません! ぼ、僕! 尊敬するって言われるのは初めてで、正直どんな反応すればいいのか分かりませんが、が、頑張ってください! 僕、応援してますから!」


 何処までお人よしなのかと苦笑する真奈は彼に手を振り、その日は終わった。

 

 何処かで彼との再会を楽しみにしていた真奈だったが、彼と初めて会話した1週間後だった。


 父・魔王エルドラシェルが崩御した。


 最近のエルドラシェルは体調を崩し、療養に励んでいたが、容態の急変により、帰らぬ人となった。


 魔界の流行病を患ったわけでも、致命傷になるような深傷を負ったわけでもないため、ただの一時的な体調不良と楽観的だった真奈にとって青天の霹靂だった。

 

 父が亡くなった一か月の記憶はなかった。

 目紛しい程に忙しかったと言うのは覚えているが、事細かい出来事は覚えていない。

 

 急ぎ決定すべきは新しい魔王の選定だった。

 

 魔王は決して真奈の家系であるサタルディーネ家の者が即位するモノではなく、実際は実力があれば誰もがなる権利を有している。

 ただサタルディーネ家の者達の殆どが突出した力を有していたため他の家の者が王位に就くことができなかっただけ。

 今回もそうだろうと貴族や民は全員思っていた。


 真奈には姉が5人いる。

 つまり、真奈を含めた魔王候補は6人となる。


 真奈は王族であるため人間界の学校以外の時間で英才教育を施されはしていたが、真奈は幼い。

 そのため、殆どの者達、特に”あの事件を知らない”貴族連中は真奈は魔王には値しないと評価していた。

 だが、貴族たちの下馬評を覆す様に、真奈以外の候補者であった姉達が次々辞退し、繰り上がりも繰り上がり真奈自身も予想外に魔王へ就任した。


 真奈も最初は驚いていたが、将来は父の遺志を継いで魔王になりたいと願っていたため覚悟を決め魔王になった。

 

 魔王としての責務に多くの不安を抱える真奈だが、それは成長して乗り越えるだけだと呑みこめるが、一つ心残りがあった。


「マナルデリシア様……いえ、魔王様。……早く新しい呼び名に慣れないといけませんね」


「それに関しては追々でいいよ。それで、なに、ホロウ」


 真奈が魔王に即位したことで役職無しで真奈の付き人をしていたホロウは、改めて魔王の従者と言う地位となり、魔王の右腕となった。

 そんなホロウは事務机に広げられるある紙を指差し。


「最近、魔王の仕事が落ち着いた時、いつも見てますね。人間界の高校入学のパンフレット」


 ホロウに突かれ、恥ずかしさで赤面した真奈は机に広げられた高校入学のパンフレットを掻き集める。

 

「応菜様との約束は義務教育まで。日本基準で言えば中学生までです。もしかして、魔王様は高校に行きたいのですか?」


「…………別に」


 口を尖らせ目線を逸らす真奈の態度に、幼少の頃からの付き人故に本心では迷っているのだなとホロウは察する。

 真奈が学生生活に執着している様には見えなかったが、ホロウはある材料から1つの推測を言う。


「もしや、前に何度か話していた、人間の少年のことが気がかりですか?」


 ギクっと古典的な図星の反応に分かりやす過ぎるとホロウは呆れる。

 真奈は人間界で何度か目にした彼のことをホロウに語ったことがあった。


「物事の是非を抜きに己の心に素直に従い行動する。人間にしては殊勝で感心する少年ですが、どうして……。ま、まさか! マナルデリシア様はその少年に恋慕を抱いていると!?」


「それはない」


 真奈の無表情の否定にホロウは首を傾げ。


「でしたら何故?」


「……それが分かれば苦労はないよ」


 真奈は王族で身分が高い所為で、近寄って来るのは王族の権力を欲する欲深い者達だけ。

 故に真奈は恋愛経験などない、言わば恋に恋する未熟な少女。

 

 仮に真奈が彼に恋心を抱いていたら、それはそれでホロウからすれば彼は抹殺対象になるだろうが。


「ごめん、ホロウ。お父さんがいなくなって、現実逃避てか自暴自棄みたいに学生に未練たらたらになってただけだから。心配かけたね」


 未練を断ち切るかの様に真奈はパンフレットを握り潰す。


「そもそも、私は魔王でこれから忙しくなるのに、学校に行ってる暇なんてないよね。この日をもって、私の学校生活は終了。はい、仕事に戻ろうか」


 その表情は毅然で塗り潰されているが、微かに断腸の思いが垣間見た。

 握り潰したパンフレットを真奈は座りながらゴミ箱に放り投げるが、ゴミ箱に入らず、床をコロコロ転がる。

 外れたことに頬を赤めらす真奈は拾おうと腰を浮かすが、先にホロウが丸められたパンフレットを拾い。


「マナルデリシア様。学校に行ってください」


「は?」


 パンフレットをクシャクシャの状態で広げたホロウが言うと真奈は目を丸くした。言葉を処理した真奈は唖然としながら手を振り。


「いやいや、ホロウは何を言ってるのかな? 言ったよね。私にそんな暇はないって。これから魔王としての仕事も忙しくなる。お父さんが死んだことで魔界情勢も、ましてや国内の争いも活発になるってのに」


「そんなの私達がカバーすればいいだけです。その為の従者なんですから」


 ホロウはパンフレットを机に置き。


「高校の生活なんてたかが3年。これから何千年と続くかもしれない王の責務からすれば微々たる年月です。その期間は普通よりも気苦労は増えるでしょうが、それでずっと残るであろう後悔と比べたら些細なことです。それに、マナルデリシア様はまだ子供なんですから、もう少し甘えてもいいんですよ」


「魔王なのに?」


「ですから、貴方は魔王以前に子供なんです。今は育む時期。少しぐらい私達を頼ってください。私たちはそんな頼りになりませんか?」


 真奈は首を横に振り。


「…………本当に、甘えてもいいのかな?」


 勿論、とホロウが頷くと真奈の表情に少し明るさが戻り。


「なら。ホロウ達に少しの間苦労させるけど、私、高校に行こうと思うよ。ありがとうホロウ。さすが、私が一番信頼する従者だよ。私のこと本当に分かってくれるね」


「おそれいります」


「……それでホロウ。甘えに加えて一つお願いがあるんだけど……」


「件の少年の事ですよね? ご安心ください。彼が何処の高校に入学するのかキョウに調べさせてます。ただ、何故か彼の写真を見せたとき、キョウがやけに張り切っていたのが少々気がかりですが」


「……ごめん。人選にツッコむのは後にして、流石にそこまで分かられてると、少し引くわ」


「そんな!?」


 魔王の責務を放棄するわけでも杜撰にするわけでもない。

 人間界の学業をこなしながら、魔王の業務を全うするのが前提。

 恐らく多忙な日々を過ごす事になるだろう。ただでさえ、時間を追われる魔王の業務。

 それでも、この選択が、後の運命の歯車を大きく変える事になるとは、この時の真奈は夢にも思わなかった。

 

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