第21話 魔王の威風
真奈と颯太がサタルディーネ家当主に代々継承される契約術【永劫の誓い】の儀式を執り行っているのと同時刻。
「どうしたどうした魔王の従者ども! 貴様らの実力はその程度か!? 弱い、弱すぎるぞ! ガハハハっ!」
哄笑を吼えながら爆発系魔法を連射するアスタ・アミレッド。
アスタは現魔王の従者であるホロウ達が近接戦闘が得意と読み、安全圏な距離を保ちながら遠距離からの魔法攻撃の戦法を取っている。
ホロウ達はアスタが放つ爆撃を回避し続けて、致命傷は負わなかったが、防戦一方の状態が続いている。
「ハハハッ! 本当に無様このうえないな! 魔王の懐刀でもある従者の実力がこの程度とは、主君の力量も知れる。いや、あの出来損ないの混血種なら妥当な戦力かもな!」
この場にいない真奈を侮辱しながらアスタの爆炎は放たれる。
ホロウ達は何かを見計らう様にアイコンタクトを取り回避に注力している。
しかし、回避し続けることに鬱憤が溜まったのかサザンがホロウにがなる。
「おいホロウ! いつまでボクたちはこうしておくつもりだ! そろそろあの聞くに耐えない妄言が煩わしくなってきたんだけど!」
「落ち着いてくださいサザン。魔王様の命です。今は只、時が経つのを待つのです」
「くそっ。むず痒い命令をしてくれたね魔王。分かったよ。けど、ボクはまだ耐え切れるけど、馬鹿猫はそろそろ限界んじゃないか?」
サザンが目配せした先にいるキョウは歯を剥き出しに必死に我慢していた。
キョウは感情の起伏が激しい、所謂短気な性格をしている。
騒動当初は久々に暴れられると意気揚々としていたが、瀕死の颯太の姿を見て絶賛ブチキレ状態。
だが仮にもキョウは大人で、一国の長の従者である矜持があるのか、細い糸だがギリギリで耐えていた。
「…………後何分持ちますかね」
別の意味で不安を零すホロウを他所に、魔王の従者たちに防戦一方を敷いたことにご満悦なアスタがホロウたちに提案を投げる。
「おい貴様ら。あの出来損ないな混血種の従者なんて辞めて、俺の所に来いよ。俺の愛玩動物となれば毎晩可愛がってやるから。ああ、鎧のお前はいらねえから来るなよ」
既に勝利を確信したかの様に余裕綽々なアスタが一人で盛り上がる中、サザンは腰に下げる納刀された刀の柄に手を伸ばす。
「サザン。気持ちは分かりますが我慢してください」
危うくサザンの理性が飛びかかりそうになっていた。
サザンを制止したホロウだが、彼女もストレスが溜まっているのか、かなり呆れた様に長いため息を吐く。
ホロウの態度が癇に障ったのか、アスタは眉間に皺を寄せ。
「オイ、鎧の貴様。この次期魔王たる偉大な俺に対してなんだその不遜な態度はなんだ。いらねえと言われたのが悔しかったのか? なら、隷属となって働くって慈悲を与えてやってもいいぞ」
「違います。まったく。問題児2人を監督しているのに、更に耳障りな戯言を言わないで欲しいですね。気長な私でも本気で怒りますよ。てか、正直言って《《少し》》怒ってます」
冷静なホロウも度重なる侮辱行為やこれまでの悪行に対して怒りを覚えないはずもなく、主人たる真奈の命令が無ければキョウやサザンと同じ行動を取っていただろう。
間一髪で耐えるホロウであるが、その業腹が漏れたのかアスタに事実を突きつける。
「それにしても、上流階級の方々は英才教育を施されていると聞いてましたが、ここまで考え足らずだったとは驚きます。目の前で戦っている相手の力量も測れないないとは……私達が貴方如き小物相手に本気を出すと思っているんですか?」
「…………なんだと?」
アスタは不穏な空気を纏わせ目を細める。
盛れる魔力に臆せず凛とした態度でホロウは追撃する。
「貴方は私達と”戦っている”つもりだったのでしょうが、1人で陽気に踊っていただけです。元より私達は戦うつもりはなく、主人の命令を守り貴方を足止めしていただけにすぎません」
「主人の命令、だと? 何を戯言をほざいてやがる! 魔王が貴様らに何か命令した素振りは一切なかったぞ!? 自分の弱さを棚に上げて嘘ぶるな!」
一蹴するアスタであるがホロウは首を横に振り。
「貴方が分からなくて結構です。我々は身も心も魔王様と盟約結んだ従者。主人に長い言葉を言わせずとも真意を図れて当然」
真奈は戦場を一時離脱する直前の言葉『あいつの事を宜しく頼むよ』。
これは、全面的にホロウたちがアスタの相手をするのではなく、アスタの足止めをして欲しい意味だった。詳しく聞かずともホロウ達は真奈の真意を汲み、遂行していた。
「俺を足止めだと、なんの為に……?」
「まだ分かりませんか? 至極簡単な帰結です。魔王様は自らの手で断罪したいのです。民を、友を、愛すべき者を傷つけた愚か者の貴方をね!」
ホロウの言葉が真意かどうか判別はアスタには出来ないが、仮に本当だとすれば、先ほどまでの戦いはアスタのみの一人相撲で茶番となる。
その事がアスタにとっては相当な侮辱であり、羞恥により歯噛みするアスタは目を見開き。
「この雑魚共がッ! 次期魔王である俺様に対しての数々の不遜行為! 灰となって後悔するんだな!」
ホロウ達も全力ではなかったが、アスタも本気を出していなかった。
だが、ホロウの口撃がアスタのプライドを傷つけたのか魔力を極限に高まっていく。
「……私とした事が苛立ちのあまり早ってしまいました……」
冷静さを欠いていたと反省するホロウであったが、アスタは止まらない。
アスタが放とうとしているのは、先ほど街の一角を蹂躙した爆発系の上級魔法。
地面を抉り、大気を薙ぎ、爆風で全てを灰に帰す、アスタ最大火力の魔法。
「『爆ぜりし混沌に導くは崩壊の息吹、我が野心を抱いて、目の前の牙城を爆炎へと誘え』! ブラスト––––––––!」
流石のホロウも上級魔法を前に臨戦体制に入ろうとした矢先だった。
戦場の遠方で空を覆う黒雲を突き破る赤い光柱の出現した事でアスタの攻撃は中断された。
「な、なんだあの光は!?」
正体不明の赤い光柱の出現に驚くアスタだが、ホロウは謎の光柱がなんだったのか察した。
「『魂の契りを交わした両人を祝福するかの如し天を穿つ紅の光』。数少ない文献に記された通り。やはり魔王様。あれを使われたのですね」
ホロウの心境は少し複雑そうだが、これが最善であると納得した様子で頷き、謎の光に警戒しているアスタに、ホロウは告げる。
「我が主君、魔王マナルデリシアに仇なす反逆者アスタ・アミレッド。此度の傲然たる争いは貴方の敗北です」
「なんだと!? 貴様、藪から棒に何を言ってやがる!」
突然の敗北の宣告にアスタは声を荒げるが、ホロウは3本の指を立てて突きつける。何故宣告したのか、理由は3つあり、一つずつホロウは理由を語る。
「1つ。当初犯人が特定できてなかったとはいえ、魔王様は近い内に内乱が起きる事を予見して、自らを囮に貴方達を誘った。結果、まんまと引っかかった貴方達は襲撃を実行するも、街に潜伏していた我々によって怪我人は出ましたが、死亡者はゼロに留まりました」
「死んだ奴がいないだと!? なに吹かしてやがるんだ! あれだけの兵数を全部捌いたとでも言うのか!?」
信じられないと叫ぶアスタであったが、ホロウの無言の圧に苦々しい表情を浮かべるが、盲点を突くかの様に反撃する。
「いや、あの人間がいるじゃねえか! あんな重傷を負って下等な人間風情が助かるわけがないだろ!」
最もな反論をするアスタであったが、待ってましたかと言わんばかりにホロウは言い返す。
「2つ。その人間のことですが、魔王様が彼にサタルディーネ家に伝わる秘術を施したことで一命を取り留めました。つまり、本当に死者はゼロになります」
「なんだ––––––––」
「本当カ、ホロウ!? ソータは助かったのカ!? ウソじゃないよナ!? ウソだったからその兜ボコボコにするゾ!」
アスタを遮り、先ほどまで爆発寸前だったキョウが食い付いた。
キョウに向けてホロウは嘘ではなく本当だと頷くと、キョウは安堵したかの様に心一杯のガッツポーズを取る。
喜びを爆発させるキョウとは対照的に信じられないと呆然とするアスタにホロウはクスリと笑い。
「信じられないと言わんばかりですが、事実です。叛逆を企て、大々的に襲撃騒動を実行したにも関わらず、死者はゼロ。彼も魔王様の尽力により助かった。残念でしたね」
悔しそうに唇を噛むアスタに思い出したかの様にホロウは言う。
「それにしても、先ほど道中で保護した子供に聞きましたが、貴方、なんとも胸糞な勝負をふっかけたそうですね。彼が膝を付かない限り子供の命は保証する、でしたか? 結果的に彼は膝を折らなかったそうですが」
戦場に駆けつける道中でホロウ達は颯太に助けられた孤児のルーを保護し、顛末を簡単であるが聞いていた。
何故ルーが助かったのか知った時、ホロウは颯太に対して心底な敬意を生んだ。
「折角なので聞かせてください。下等生物だと散々扱き下ろした人間に負けた敗者の気持ちを」
だからホロウは、颯太に対する一種の敵討ちとして、心を折ろうとする。
「ぐっ……! きさま……本当の本当に、苦しんで死にたい様だなッ!」
怒りが最高潮になった様で、歯にヒビを入れる程に噛み締めたアスタは魔力を全開放してホロウを威圧する。
魔力はアスタの炎を纏い巨大な陽炎を生むが、ホロウは微塵の微動だにしない。
決してアスタの炎が弱いからと侮蔑しているわけではなく、ホロウは知っている。
これよりも大きく、熱い、気高き偉大な炎を。
再びこの地を灼熱に包むかの如し炎を前に毅然なホロウは最後の理由を告げる。
「最後の3つ目です。アスタ・アミレッド。貴方は我らの主人を本気で怒らせた。もう後悔しても遅いです。精々、懺悔する時間が与えられることを祈っておいてください」
ホロウが告げ終わったのと同時に遠方から強烈な怒気と魔力を纏った者が飛来する。
爆炎を放とうとしたアスタは飛来した人物に「誰だ!」と叫ぶ。
爆炎の残火が灯る戦場に颯爽と現れたのは、戦線を一時離脱していた三陸真奈こと、魔王マナルデリシア・ラースド・サタルディーネだった。
真奈の姿を捉えたアスタは高笑いをあげる。
「ハハハハッ! なんだ、敵を目の前にして背中を向け逃げた恥知らずじゃねえか。そこの鎧がほざいていたが、どうせ戯言だろ。貴様の様な不純な出来損ないが俺様に勝てるわけがないからな」
この後に及んでもアスタは自らが上だと主張する。
魔界では人間は淘汰される弱い存在。そんな人間の血を半分受け継ぐ真奈に純血の魔族であるアスタが負けるわけがないと疑ってないのだ。
呆れて物も言えない。アスタは自分がどれだけの相手に牙を向けたのか知らないのだ。だが、今更知っても手遅れであるが。
アスタの態度に滑稽を通り越して憐れみさえも感じるのか、真奈はアスタに冷たい目線を向けた後、ホロウ達へと向き直る。
「ホロウ、キョウ、サザン。ありがとね、私の我儘を聞いてくれて。後は私に任せて、貴方達はここから離れてくれるかな? 颯ちゃんはここから数キロ離れた青い屋根の建物にいるから、回収をお願い」
淡々と従者に命令する真奈に対して今まで無言だったキョウが不服を申し立てる。
「あああっ!? なに言ってるんだマーちゃん! キョウは確かにマーちゃんが戻って来るまであのクソヤロウの足止めをしたガ、マーちゃんが来たからもういいだロ! あのクソヤロウはキョウの手でブチ殺ス! アイツハ、ソータに手を出したんだからナ!」
キョウの怒りの原因は簡単だった。
友達を傷つけられた。
昨日出会った浅い関係かもしれないが、キョウには時間など関係ない。
だから真奈に託すのではなく自らの手でアスタを粛清したいと今にも血管が切れそうになるが。
「キョウの怒りは最もだよ。だけどごめん。キョウの怒りを私に預けてくれないかな。必ず、キョウの憂さ晴らしは果たすから」
「けどヨ––––––––!」
食い下がらないキョウの後襟をサザンが掴み持ち上げる。
「主人の命令だ、従者なら命令を聞け馬鹿猫」
「なにしやがるアホ犬! はなセ!」
ジタバタするキョウだがサザンは潜めた声で言う。
「頭に血が上りすぎた鈍感猫。今の魔王の雰囲気に覚えがあるだろ」
「ア?」
サザンに促されキョウは真奈を見ると、キョウも気づいた様でハッとする。
「この感じ……まるであの時ノ」
今の真奈は平静を演じているが、内に観測不能な何かが犇いている。
嵐の前触れ、否、嵐が可愛く思える程、都市一つを滅ぼす程の天災が勃発する寸前の威圧。
「ボク達がここに残れば魔王の巻き添えになるのは目に見えている。自分の命を顧みずに残りたいなら好きにしろ。ボクはそんな馬鹿げたことで死にたくないから離れるけど」
クールなサザンは真奈の魔力に充てられたか冷や汗を流す。
サザンの予感が的中しているなら、これから真奈が齎らす被害はアスタの比ではないだろう。
キョウも同じ予感をしたからか、いつもはサザンの忠告を反発するキョウも流石に出来ず舌打ちする。
「アァアア! 分かったヨ! チョー不本意だガ、今回はマーちゃんに美味しいところ全部やル。けど、これだけじゃ足りないかラ、こんどの魚料理一つ、キョウにくれよナ」
「勿論、好きなだけ食べさせてあげるよ。飲み込んでくれてありがとね。後のことは全て、私に任せて」
ヒラヒラと手を振る真奈を背に今度はキョウ達が戦線を離脱する。
燃え盛る炎に囲まれる真奈とアスタ。
炎の熱量に上限が無いのか、刻一刻と熱が上昇し続ける。
そんな空間に居ても尚、一滴の汗を流さない魔王マナルデリシアの威風堂々たる立ち振る舞いで叛逆者アスタ・アミレッドに告げる。
「アスタ・アミレッド。貴方はもう悔い改める機会を全て失った。街を壊し、人々に悲しみを蔓延させた大罪人。貴方は、私の手で焼き滅びしてあげるよ」




