第1話 学園のアイドル
平凡を地で行く黄昏谷高校2年A組出席番号13番立花颯太の教室は喧噪に包まれていた。
クラスメイト達はこそこそと颯太の方に横目を向けて雑談していた。
颯太を平凡を地で行くと書いたが、それは少し語弊があったかもしれない。
だがそれは、颯太自身ではない。
颯太は身長も体重も高校2年生の平均、学力と身体能力も平均、顔の容姿も悪くはないが良くもない、本当に普通であり、尖った部分はない。
なら何故、全員が颯太を注目しているのか。
それは、颯太が唯一自慢できるが、颯太自身のブランドではない、彼女の存在であった。
颯太が注目される原因たる人物は、他を意に介さず、教室の扉を開いた。
「颯ちゃん。お弁当持って来たよ。一緒にお昼を食べよ」
教室に入り、一直線に颯太の席へと近づく彼女の手には2つの弁当が握られていた。
「あ、ああ、ありがとう……真奈ちゃん。いつも悪いね。弁当を持って来てくれて」
颯太が真奈と呼ぶ女性が颯太に近づくにつれて、一旦颯太から真奈へと集まった視線は再び颯太へと集まる。
周囲の視線に颯太は耐え切れなかったのか、オドオドと手汗を滲ませながら真奈に感謝の言葉を贈る。
「どういたしまして。だけど、こんなの当たり前だよ。なんせ、私は颯ちゃんの彼女なんだから」
ニコッと誰もが惚れ惚れする笑みを浮かばす真奈に颯太は顔を真っ赤にする。他の野郎も真奈の笑顔に当てられて颯太に憎悪の視線を向ける事となる。
そう。真奈本人が語る通り、真奈は颯太の彼女であった。
普通の恋人であれば、独り身の野郎から精々僅かな嫉妬を向けられるだけだろうが、真奈の場合は違う。
彼女はこの黄昏谷高校では「学園のアイドル」と呼ばれる程の人望の持ち主で、学力、身体は学園でもトップ。容姿も誰もが羨望する程に整った顔立ちと豊満な肉付き。
特殊性癖でなければ、誰もが一度は憧れる程の美人。
そんな真奈は、黄昏谷高校のみならず他校の生徒からも告白されはしたが、その全てに首を縦に振らずに悉く玉砕。ついた渾名が『難攻不落の鉄偶像』。
彼女に告白する時、誰が真奈に告白するとしても、今度は誰々が学園のアイドルに告白した、などの噂は立つ。颯太の時もそうだ。
颯太は前述の通り、文武両道、容姿端麗の真奈とは対照的な平凡、悪く言えば地味。だからこそ、颯太が告白する時は「え?立花って誰?」となったほど。
そんな颯太だから、誰もがいつも通り玉砕すると思っていた、告白した颯太自身も自分の事ながら成功するなど思っていなかった。
だが……本人さえも予想を天地がひっくり返すが如く反し、真奈は笑顔で受け入れた。
学園全員を驚愕させたその日から、今日で一か月が経っていた。
その間に、颯太は三陸真奈を「真奈ちゃん」真奈は立花颯太の事を「颯ちゃん」と呼ぶ良好な関係を築いている。
にも関わらず、未だに全員の疑心は晴れない。
何故、誰にも靡かない難攻不落の真奈が、平凡な地味男の颯太の告白を受け入れたのか。
影の薄かった颯太はこの事から、恐らく現在は学園で最も注目される男子である…………嫉妬、怪訝、殺気と悪い意味であるが。
今まで灰色の学園生活を送っていた颯太にとって居心地が悪い空間だが、学園のアイドルであり、颯太にとって思い出深い彼女との恋人関係が相殺していた。
背中をやられない為に通信空手を習おうかと計画している颯太を他所に、真奈は周りからの視線を歯牙にもかけず晴々とした外を眺め。
「それにしても、今日は天気が良いから、外で食べた方がご飯が美味しいかもね。屋上とかどうかな?」
いつもは別クラスの真奈がわざわざ颯太のクラスに赴き昼食を摂っていたが、野郎たちの視線で颯太は落ち着かないでいた。だから真奈の提案に颯太は頷き。
「そうだね。僕は飲み物を買って屋上に向かうから、真奈ちゃんは先に行っていてよ」
弁当はあるが飲み物がない事に気づいた颯太は真奈に提案するが、真奈は首を横に振り。
「それなら私も一緒に行くよ。一人で先に行ってもつまらないからね。旅は道連れ世は情け、って言うしね。なんちゃって」
てへっ、と片目を閉じて舌をだす茶目っ気な真奈に颯太は心を貫かれる。
本当にこんな可愛い子が彼女でいいのだろうか、と己の幸福を噛み締める。
颯太は背中に槍の如し嫉妬の視線を受けながら、真奈と共に教室を後にする。
自動販売機で各々飲み物を購入した颯太と真奈は屋上に向かう。
屋上は天気が良いにも関わらず、運が良い事に先客は無く颯太と真奈のみ。
2人は人口芝生に腰を下ろし、真奈は手に持つ弁当の片方を颯太に差し出す。
「それじゃあ、弁当を食べようか。これが颯ちゃんの分ね」
「ありがとう真奈ちゃん。いつもありがと。2人分の弁当を用意するのって大変なのに」
付き合う前は購買部組だったが、付き合い始めてから毎日真奈が弁当を作ってくれる様になった。
両親は共働きで忙しく、颯太も弁当が作れる程料理は得意じゃないと言ったら、「なら私が弁当を用意するよ」と言ってくれたからだ。
「全然大丈夫だよ。1人も2人も変わらないからね。美味しいって思ってくれたら嬉しいな……」
成績も優秀、容姿も完璧、そしてこの気前の良さ、本当に非の打ち所がない。
颯太は本当に真奈が彼女である事が信じられないと、何度頬を抓っただろうか。
弁当の味よりも前に更に幸福を噛み締める颯太は、早々と弁当の包みを解き、人口芝生の上に広げる。
弁当の中身は至ってシンプルだった。
白ご飯、唐揚げ、卵焼き、ポテトサラダ、デザートにウサギ型にカットされたリンゴ。
おかずとしては定番中の定番ばかりだが、真奈が作った物となると、不思議と神々しく見えてしまう。
昼食の度に味わう感慨深さに浸りながら、颯太は一口唐揚げを頬張る。
「ん! 旨い! 本当に美味しいよこれ!」
素直な感想だが、少々大袈裟だったのか、真奈からははしゃぐ子供を見る様な温かい目を向けられていた。颯太は顔を赤くしながら、他のおかずも頂く。
「(本当に真奈ちゃんは凄いよ。勉強が出来て、運動神経も良い、しかも性格も良くて、料理も上手。こんな人が彼女なんて、僕の一生の幸運を使い切った気分だよ)」
弁当に集中してか、その後は暫く黙々と互いに弁当を食べ進め、昼休みも中盤に差し掛かり、2人が弁当を食べ終えたところ、颯太は話題を真奈に振る。
「ねえ真奈ちゃん。今度の土曜日か日曜日のどちらか予定は空いてたりしないかな?」
「どうしたの、そんな事を聞いて?」
唐突な質問に真奈は首を傾げるが、颯太は質問の意味を答える。
「昨日の夜、最近隣町に出来た大型ショッピングモールの『シーサイドミストラル』の特集をしていたんだけど、知ってるかな?」
隣町だが有名な場所故に、一度噂ぐらいは耳にするだろう名前に、真奈は「ん?」と分からなそうに首を傾げるが、直ぐに思い出した様に手槌を打ち。
「そう言えば聞いた事あるな。ホロ……知り合いがそこで売られている『トロピカルシェイク』が絶品だって言ってたっけ」
「そう! そのトロピカルシェイク! 今度の休日に一緒に買いに行かないかなと思って、都合とか……どうかな?」
テレビの特集では、トロピカルシェイクなる物は、南国のフルーツをふんだんに使用して、見た目も若者向けでかなり注目されている飲み物。
颯太は彼女である真奈と一緒にトロピカルシェイクを呑みたいと誘ったが、真奈は難色を浮かべた。
「ごめん、颯ちゃん……。誘ってくれるのは本当に嬉しいし、私も行きたいのは山々なんだけど……。今度の土曜も日曜も用事があって行けないんだ……。次の機会があれば一緒に行こ」
次の機会。その言葉が颯太には辛く圧し掛かる。
実を言うと、颯太と真奈は確かに恋人関係にはなった。だが、未だに恋人らしいことは出来てはいない。
正確に言えば、昼食は一緒に食べたり、電話やメールのやり取りなどはしている。
しかし、それ友達関係でも出来る事、それ以上の事は出来てはいない。
つまりデート。付き合い始めて2人は一度もデートをした事がない。
颯太が勇気を振り絞ってデートに誘っても申し訳なさそうに断れる。
だが、強要すれば真奈に悪い印象を与えるのではと思い、颯太は無理強いはしない。
いつ来るか分からない次の機会を待つ事にして、
「分かった。突然誘ったりしてごめん。今度は一緒に行こう」
心とは裏腹な笑顔を作り、颯太は真奈に悟られない様にする。




