第18話 魔王の従者達
街に迸る熱を帯びた一閃。
石造、木造、鉄筋、様々な建造物を薙ぎ払う爆風と熱線。
アスタ・アミレッドが放った上位炎魔法【爆炎烈撃】は、前方5キロを悉く蹂躙する。
赤の国に棲まう魔族は、下級魔族、中級魔族、上級魔族の3階級に分類される。
赤の国に棲む魔族は約6億人。
上級魔族とランク付けされる魔族はその中0.001%程度しか存在しないうえに、爵位を有する上流階級の魔族は更に一握り程度。
生まれ持って選ばれた血筋が放つ魔法は、街の一部を惨状に化す程の力を有していた。
「俺たち魔族の尊厳を奪い続けた忌むべきサタルディーネ家よ! 赤の国建国より続いた貴様らの王政は今日終幕する。そして、新たな時代、新王の降誕だ!」
街を焦がす荒ぶる炎にも負けぬアスタの高笑が爆炎より立ち上る黒煙の空に響き、周囲の配下達も同調して嘲笑う。
「さあ、あの小娘諸共骨の欠片も残ってないだろうが、運よく灰ぐらい残ってたら、マナルデリシアへの手土産として拾ってやるか。俺は慈悲深いからな。灰を抱いて泣き崩れるあの娘の無様な格好を早く拝みたいぜ」
舌の根が乾かぬ内に矛盾を口にするアスタ。
爆炎よる黒煙は現在も地上を覆う。
強引に煙を払う事も可能だが、僅かな時間で晴れるから、少し待つのも風情だと余裕な表情でアスタは待つ。
暫く経つと黒煙が晴れ始め颯太とルーが居た場所が垣間見る。
「さあ、あの劣等種がどんな無様な最後になっているか……なっ!?」
黒煙から垣間見た惨状にアスタは瞠目する。
「な、何故だ! 何故、貴様の体が残っていやがるんだ!」
信じがたい物を目の当たりにしたアスタの怒声。
アスタは腕を薙いで風圧を発生させ地上を覆う残りの黒煙を払う。
最初は見間違いかとアスタは思っていた。
だが、視界を遮っていた黒煙が消え、視界が良好になった事で見間違いではないと思わざる得なかった。
「ありえねぇ……こんなことが、あってたまるかよ!」
アスタが放った魔法は炎属性の魔法の中でも高火力の上級魔法。
人間よりも頑丈な中位魔族でさえも骨を残さず消し炭になる程の破壊力。
そんな魔法を直撃しても尚、立花颯太の肉体は現像していた。
腕、脚は重傷を負ってるが五体全て揃っている状態で。
「俺は確かに最大火力で貴様を葬ろうとした! こんなの、運が良かっただけじゃ済まされねえ事だぞ!」
状況が飲み込めないアスタは喉が痛くなるほどに力を込めて叫ぶ。
「盾でも持ってたか……? いや、あいつは何も持ってなかったはずだ。それに、そんな物を使って防げるほど、俺の爆破はちゃちじねぇ。誰かが乱入した形跡も……な!?」
原型が残る颯太に気を取られて遅れたが、アスタは更に信じがたい現状に気づく。
「嘘だろ、おい。なんで貴様の後ろが綺麗なままなんだよ!?」
アスタが放った爆炎は前方5キロを蹂躙する程の破壊力。
にも関わらず、颯太の後方は扇状に広がるように地面が綺麗なままだった。
「あ…………がっ!」
アスタは耳を疑った。
今飛び出た呻き声はアスタの取り巻きの者から発せられたものではなく、もちろんアスタのでもない。
呻き声が聞こえたのは、顔や体中の皮膚は焦げ落ちる程の重傷を負っている颯太からだった。
「嘘だろ……あれをモロにくらって、生きてるのか……? ありえねえ!? 貴様は何者なんだ! ただの人間じゃないだろ!?」
水分を蒸発させる程の灼熱と荒々しい熱風。
石造の建造物をも破壊する爆炎を浴びてただの人間が生き延びれるわけがない。
即死級の攻撃を喰らったはずの颯太だが、耳を澄ませば呼吸音と心臓の音が聞こえた。
つまり、颯太は生きていた。
アスタの最高火力を誇る魔法を直撃しても、なお。
「…………すげぇ」
思わずアスタの取り巻きの1人が溢す。
無意識に発せられた颯太に対する賛辞を聞き逃さなかったアスタはその取り巻きを殺気が籠った眼光で睨む。
取り巻きは己の口を手で塞ぎながら、この後の自分の処遇を想像して青ざめ震える。
アスタは人生最大の屈辱を味わっている。
アスタが放った魔法【爆裂崩撃】は、アスタ自身の血統と才能を象徴するもの。
アスタはこれ以上を魔法を持っていない。
そんな魔法が最も見下す下等生物である人間に耐えられるなど喉を掻き毟りたい程に屈辱の極み。
「度し難い…………度し難い度し難い度し難い度し難い! 下等生物たる人間風情が烏滸がましくも俺様の魔法に耐え抜くだと!? そんなの許されるはずがないだろ!」
度重なる予想外にアスタの堪忍袋の尾が切れ、感情の昂りによって周囲に魔力が放出される。
アスタは赤の国の上流階級出身の上級魔族。
下等生物である人間を殺し損ねるのは生涯最大の汚点。
今のアスタに冷静さなど欠片もない。
颯太を殺したい衝動が体を動かす。
アスタは鋭利ある己の爪を展開させ。
「幾度も俺の思い通りにならないゴミがッ! 直々に俺の手で細切れに踏み潰してやるよ!」
汚点を払拭するが如く突進するアスタ。
自身の魔法で人間を殺し損ねた事実を無くすために目撃者でもある取り巻き全員も後で粛清するが、先に颯太を殺そうと爪を構える。
「貴様如きが俺の覇道を邪魔できると思うか! とっととくたばりやがれ、人間がぁああ!」
アスタの岩石をも引き裂く爪先が颯太の焦げた皮膚に触れようとした時、
キィイン!
颯太がアスタの爪で斬殺される寸前、さながら鋼鉄同志が衝突したかの様な金切音が耳鳴りとして響く。
何故か。
それは、颯太を殺そうと振り下ろされた爪が、横から割って入った刃腹に妨げられていたからだった。
「残念。キミの快進撃(笑)はここまでだよ。親の七光坊ちゃん」
突如現れた第三者によって颯太へのトドメの一撃を邪魔されたアスタは額の血管を破裂せんばかりに浮かばせ。
「テメェはなんだ!? 俺の邪魔をするんじゃねえ!」
標的を瞬時に颯太から邪魔した第三者へと変更したアスタは両手の爪で数発の斬撃を繰り出すが、現れた何者かはそれを軽く刀で往なす。
「その程度の速さの攻撃。当たってあげる方が面倒だよ」
全て防がれたアスタは「なんだと!?」と驚き、邪魔者の容姿を確認する。
「白一色の服に、灰色の髪、犬族の獣人……そして2本の刀を持つ剣士。貴様、まさか”狼剣”のサザンか!?」
アスタが事前に把握していた情報と目の前の剣士の容姿を照合して確定した邪魔者の正体。
それは、魔王マナルデリシアの従者の1人である木の葉天狗のサザンであった。
乱入したサザンだが、アスタが口にした言葉の一部に対して眉根を寄せる。
「狼剣って、ボクをその名で呼ぶな。気に食わないんだよ、そう呼ばれるのは」
「貴様が何故ここにいやがるんだ!?」
サザンの申し立てを聞き入れる余裕がないアスタは問い詰める。
無視された事に眉を顰めさせるサザンであったが、ため息を吐き。
「あれだけ派手に火遊びをしておいてなにを言うか。ボクは警ら隊の管理職なんでね。放火犯を取り押さえるのも仕事の一つなんだよ」
挑発的に言い返すサザンであったが、アスタは舌打ちをして。
「そこの人間を助けにでも来たってことか」
「聞けよ、人の話」
心外だと青筋を立てるサザンであったが、あながち間違ってはないと鼻を鳴らす。
「まあ、彼がどうなろうと知った事じゃないよ。けど、キミの喜ぶ顔を浮かばすのはムカつくってのはあるかもね」
「あぁ!」
ここで挑発が効いたのか睨みを強めるアスタに、サザンは刀の峰で肩を叩きながら、呆れ顔で天を指差す。
「ボクを睨むのは勝手だけどさ。そこにいると、馬鹿猫にぺしゃんこにされるよ? てか、こんな殺気ビンビンで気づかないもんかな」
上空注意と空に指をさすサザンに釣られ、アスタは空を見上げると目を剥いた。
「なんだ、あれは!?」
巨躯な猛獣が上空から迫っていた。
否、アスタの上空を跳ぶ人物の体躯は決して大柄ではなかった。
しかし、その者が放つ殺気と気魄が己の数十倍の大きさに魅せていた。
猫の耳に2本の猫の尻尾を揺らし、サイズの合わないパーカーを羽織る獣人、サザンと同じ魔王の従者が1人、猫又のキョウが空から落下する勢いを乗せたまま小さき拳を放つ。
「うぉおりゃああああ!」
「ぐっ!?」
アスタはサザンの忠告によって一歩動きを早められ、後方に飛んだ事で間一髪と回避。
キョウの拳はアスタに当たる事なく通過するが、地面を打った一撃は、彼女の華奢な腕から想像ができない威力で、地面を穿ち、キョウを中心とした広範囲を陥没させた。
「馬鹿猫が! 少しは物事を考えやがれ!」
拳打の衝撃は瀕死の颯太まで及そびそうになるが、サザンが颯太の首根っこをつかみ共々後方に退避して免れる。
ある意味颯太の命の恩人であるサザンに対して、危険に晒したキョウは額に血管を浮かばせ。
「オイゴラっアホ犬ッ! なにキョウの居場所をバラしてやがるんだッ!? おかげで外しただろうガッ!?」
「キミに獲物を奪われるのは癪だからね。そもそも、避けられたのはキミの技量が足りないだけで、ボクの所為にしないでくれるかな?」
売り言葉に買い言葉にてキョウの血管が切れ。
「ンだとっ!? あんな小物ヤロウの前に、まずオマエからぶん殴って骨砕きしてやろうカッ!」
「臨ところだ! 猫の刺身盛りを披露してやろうじゃないか!」
反乱の首謀者であるアスタを蚊帳の外に放り投げ、何故か従者同士で歪み合う2人。
喧嘩寸前のキョウとサザンを傍観していたアスタの取り巻き達は焦りを見せる。
「お、おい。あの猫の獣人も、確か魔王の従者だよな……? 作戦だとこの街にいないはずだし、もし仮にいたとしてもあの魔王の従者だからとっくに殺されているはずだろ……」
「てか、あの速さに、あの怪力……。事前情報と全然違うじゃねえか!? 諜報員はデタラメな情報を与えてやがったな!?」
「あんなの俺たちで押さえられるわけがない。に、逃げるぞ!」
サザンとキョウの実力を目の当たりにして一目散に逃走を図る取り巻き達だが、
「逃しませんよ」
凛とした声と共に響くパチンと鉄が擦れる音。
「なんだ、うわっ!?」
「なんだこれは!? 土の縄だと!?」
逃げようとした取り巻き達は、突如現れた謎の土縄によって拘束され地面を転がる事となった。
「土縄。ここまで好き勝手やってくれたんです。逃げるなんてダサい真似はさせませんよ」
取り巻き達を拘束した人物はカシャンカシャンと音を鳴らし現れる。
「キョウ、サザン。今は敵前ですよ。喧嘩は全てが終わった後にお願いします。もしする場合は周りに迷惑がかからない僻地が好ましいのでお願いしますね」
西洋の全身鎧を装着した女騎士だと思われるが、正体は無機質の鎧に魂を憑依させた憑依騎士。
彼女の名はホロウ。魔王の従者の1人だ。
「貴様はあの混血女の金魚の糞じゃねえか。何故貴様らがここにいやがるんだ!」
立ち続けに現れる従者達に魔力と殺気を浴びせるアスタであるが、歯牙にもかけない態度のホロウは肩を竦め。
「我らが主人は貴方の行動を予見していた。正確に言えば、撒き餌をして釣れる様に策を練っていた。間抜けな貴方はみすみす釣り上げられたわけですよ」
「どう言う意味だ!?」
事細かく説明するつもりもない為、アスタの尋ねに答えないホロウ。
無視され苛立ちを見せるアスタは歯噛みして。
「遅かれ早かれ元より貴様らも粛清対象に過ぎねえからこの場で殺してやるよ! あんな混血種に仕える従者如きが、俺を倒せるなどと夢見るなよ! 爆炎の魔人と恐れられる俺様の力を見せてやる!」
両手に炎を纏わせ威勢を放つアスタであったが、ホロウはそれを右に受け流して、遅れて登場する人物に問う。
「魔王様。どうなされますか、あの不届き者の処遇は」
ホロウが口にした名詞にアスタは驚愕する。
「ま、魔王だと!? 嘘だ、ありえん!」
アスタが視線を向ける先はホロウの後方を毅然と歩く人物。
変装で羽織っていたローブはなく、魔王の職務を全うする際に着衣する漆黒の生地に赤い線が刺繍された軍服の上に漆黒のマントを羽織り。
背丈と同等の悪魔の翼を展開させ、全てを竦める真紅の瞳を光らすは、赤の国を統治する現魔王マナルデリシア・ラースド・サタルディーネの姿がそこにあった。
マナルデリシアこと人間名三陸真奈の登場が予想外とばかりに、発火していた炎を鎮火させ狼狽するアスタ。
「魔王。貴様の動向は部下達が常に見張っていた。だからこそ、そこの人間と歩いていた場所に同胞を送った。何故無事なんだ!?」
アスタの最も遂行すべき目的は現魔王の討伐。
アスタは指揮官で前線には出なかったが、魔王討伐の為に戦力を向けていた。
途中、アスタが颯太を痛めつける事に夢中になって現場からの連絡を経っていたが、襲撃したと言う情報は得ていた。
「同胞? それって貴方と同じ爵位を有する上級魔族達のことかな?」
「そうだ! あいつらは俺には及ばないが、それでも爵位を有する貴族出身故の強力な力を持っていた! あいつらをどうした!?」
「はぁ……私がここにいる時点で大体察するでしょ」
真奈はそう言って自身の懐に手を入れ何かを取り出す。
「私を襲撃したのは、ザガーム家、セイール家、キメリエス家、ウオッソ家の次期当主だよね? 彼らもまあ、貴族出身だからか強かったよ。けど、私には及ばなかったけどね」
真奈が取り出したのは家紋が刻印された4つの装飾品。
それらは自らの血統を表す誉れの象徴で、他者に譲渡するなど決してない代物。
「何故、貴様があいつらのそれを持ってやがるんだ!?」
「一々説明しないと分からない? 答えは簡単だよね。命よりも大事なこれを奪われる状態に陥ったってことだよ」
「なん……だと!? あいつらが貴様如き混血種に殺られたとでも宣うつもりか!?」
「安心して命までは取ってないから。けど、暫く1人でご飯を食べれない程度に躾はさせてもらったけどね」
真奈は掌に転がす戦利品の装飾品を足元に落とし、彼らの尊厳を踏み躙るかの様に踏み砕く。
いつも相手の顔色を伺いヘラヘラしていた真奈とは掛け離れた冷酷非道な行いに冷や汗を垂らすアスタ。
絶句して固まるアスタから目線を外し、今度はサザンが抱える颯太に移す。
「正直、今すぐにでも貴方を断罪したいけど、まず優先するのは颯ちゃんだよね。サザン。颯ちゃんをこっちに」
「はいよ」
サザンは抱える瀕死の颯太を雑に真奈の横に立つホロウへと放り投げる。
「ちょ、重症なんですよ!? もう少し怪我人を労わる気はないんですか!」
瀕死の颯太を雑に扱うサザンを諌めるホロウであるが彼女はどこ吹く風であった。
サザンから颯太を受け取ったホロウは直ぐに颯太の容体を診察する。
「ホロウ。颯ちゃんの容体はどうかな?」
真奈が尋ねにホロウの反応は芳しくなかった。
「私は医療に精通しているわけではありませんが、素人目でも深刻だと分かります。外皮の火傷を始め、多数の打撲、骨も10本以上折れ、複数の臓器も破裂、血も大量に失い、灼熱による発汗で脱水症状も起こしている。逆に、何故ここまでの重症で、危篤状態とはいえ生きているのか不思議でしかありません」
普通なら一つの項目だけでも致命傷になり得るのだが、現に颯太は虫の息とはいえ生きている。だが、いつその呼吸が止まってもおかしくない状況ではあった。
「それで。颯ちゃんは助かるのかな?」
不気味な程に抑揚がない声で真奈がホロウに尋ねるが彼女は兜を横に振り。
「全ての部分が致死レベルに損傷しており、緊急手術を施しても助かりません。……残念ですが」
ホロウは鎧の為顔には出ないが、その声は唇を噛んだ様な悔しさが滲み出ていた。
颯太を助ける術はないと己の無力さに悲嘆するホロウだが、真奈は取り乱さなかった。
現状助かる見込みがないと納得するしかない。
だが、真奈はこの事実を受け入れるつもりはなかった。
真奈は肺にある全ての空気を吐き出す様に長く吹き。
「分かった。颯ちゃんのことは私に任せて。ホロウ達は–––––あいつの事を宜しく頼むよ」
真奈は颯太をお姫様抱っこで持ち上げて戦場に背を向ける様に踵を返す。
真奈の行動に何かを察したホロウは確認と真奈に尋ねる。
「魔王様。もしや、あの契約術を行うつもりですか?」
ホロウの問いに真奈は答えなかった。
否定しないって事はホロウの予想は正解らしい。
「現状、立花様が助かるにはそれしか方法はないでしょう。ですが、あの契約術は無闇に扱うべきものではないことは理解されておりますか?」
ホロウが真奈に釘を刺すが真奈は答えなかった。
その反応にホロウは決して追及はしなかった。
「いらぬ世話でしたね。貴方がそれ程の方と出逢えたこと、幼少の頃からの付き人として嬉しい限りです。私は貴方のご意志を尊重します。ですから、貴方は後悔なきようお心ゆく道をお進みください」
「…………ありがとう。ホロウ」
ホロウの言葉で背中を押された真奈は、消失したと見紛うほどの瞬発力で一時的に戦線から離脱する。
主人が離脱したことで残された従者達は今回の襲撃事件の首謀者と対峙する。
「キョウ、サザン。主人からの命令です。行きますよ」
ホロウの言葉を皮切りに静寂だった街に再び戦闘音が鳴り響くのだった。




