第17話 漆黒の扉
アスタ・アミレッドが放つ爆炎に包み込まれ、身を焼かれた颯太の意識は闇の中にあった。
上下左右の間隔がない、地面に足が付いてない宙に浮いた感覚。
手足を動かそうとしても体が微動もせず、ただ、何もない空間を放流するだけだった。
(どうして僕はこんな所に……いや、僕はルーちゃんを守ろうと体を盾にして……そうか、僕は、死んだんだ)
体を動かせぬ現状で颯太の思考だけが働き、自分がこんな場所にいるのかの心当たりを思い出す。
自分は死んだと直感する颯太だが、意外にも取り乱さず冷静だった。
(ルーちゃん、無事だったかな。どうか、こんな僕の命一つで助かってくれればいいんだけど)
己が死んだと実感して尚、他者を思うのは可笑しいだろうか。
少女のルーが無事だったのか、こんな所にいては分からず、祈ることしかできなかった。
闇の中を漂い続けどれくらい経過しただろう。
何分、何時間、何日……そもそも時間の概念があるのか分からない。
颯太の意識が闇の中へ溶け込みつつある中、突如声が聞こえた。
『力なき者が語る理想は口先だけの虚勢だが、あれだけの格上相手に大見えを切るのは余程の胆力持ちか、救いようの無い馬鹿だな』
謎の男性の声に対して、颯太は口が動かないが思考が勝手に出ていく。
(そんなのは分かってる。だけど、あの場でルーちゃんを守れるのは僕だけだったんだ。なら、自分なりの精一杯で守るしかないだろ)
颯太の言動を非難する謎の声に反論する颯太だが、謎の声は颯太に残酷な現実を突きつける。
『お前の中から外の状況を確認させてもらったが、俺の推測から、お前が時間を稼いで幼子を遠くに逃がそうとしていたが、あれぐらいの娘ではそう遠くには行けないはずだ。そして、あの私欲まみれな貴族が放った爆炎の威力を見るに、幼子の生存は絶望的だな』
(そ、そんな……やっぱり、僕なんかじゃ、ルーちゃん一人すら守ることができないのか……)
颯太の頑張りは無駄でただの犬死だと突き付けられ、それが自分の死よりも悔しく、颯太は己の無力さに悲嘆する。
既にどうしようもない現状に打ちひしがれる颯太に謎の声が語り掛ける。
『元よりただの人間風情のお前では成せることは少ないだろう。だが安心しろ。此度の逆境においては、俺がお前に力を貸してやる』
謎の声の提案に颯太は、は?と間抜けな声を漏らす。
(力を貸すってどういう意味だ!?)
『ふむ。力を貸す、って表現には多少の語弊があるな。正確には、貴様の内に眠る潜在能力の一部を開放する、って方が正しいか? だが元々は俺の力ではあるが……いや、そんなのはどっちでもいいか。お前は3つある鍵の内の一つを開ける権利を得たんだ。その褒美はやらないとな』
謎の声が一人で勝手に話を進めると、闇の空間内にパチンと指を鳴らした様な音が木霊する。
(なんだ、今の音は……うわっ!? な、なんだ!? デカい、扉!?)
直後、颯太の眼前に巨大な漆黒の扉が顕現する。
漆黒の扉は閉じ切っており、開かせないとばかりに3つの鎖が締め付けられ、それぞれの鎖に南京錠が取り付けられていた。
3つある内の鎖の南京錠だが、南京錠の鍵穴が一瞬光ったかと思えば震えだし、次には粉々に粉砕される。
唖然とする颯太に謎の声が言う。
『お前は弱い、それは決して変わらぬ事実だ。だが、弱いにも関わらず、勇気を振り絞り身を挺して幼子を守るとしたお前の気魄は称賛に値するものだ。その結果、お前は普通の人間では持ちえない力を持つことになる。まあ、開けられた鍵は一つだから、あのアスタって魔族を倒す力には及ばないが。今、お前が必要とする力は、子供一人を守る力なんだからな』
説明なく問われる、圧倒された颯太は思わず頷く。
『本当はもう少し説明してやりたいが、時間は限られている。今回ばかりは微量ながらに俺が助力してやるから、お前は生き残ることだけを考えろ、いいな?』
(はい、分かりました、って言える程僕は賢くないんだよ! さっきからお前は何を言ってるんだ!? 姿が見えないけど、現わしたらどうなんだ!)
颯太が問うも謎の声は正体を現さない。
『生憎、俺自身もそうしたいが無理な話だ。そもそも俺はお前の魂にこびり付いた亡霊。お前とこうやって話せるのだってあり得ない話なんだからな』
(じゃあ、この扉はなんなんだ! それぐらいは教えてくれてもいいだろ!)
『俺の事や扉の事の全貌を話してやりたいが、さっきも言ったが今は時間がない』
(くそっ。何も分からず仕舞いか……)
『そう焦るな。残りの2つの鍵が開いた時、おのずと真実に辿り着く。まあ、これまでに鍵を一つ開けた者が数人はいたが、2つ目以降を開けた者は一人もいない。これからが難儀だな』
謎の声が言い終わると、南京錠が砕け散り、鎖が解けて扉の閉まりが僅かに緩んだのか、扉に隙間が生じ隙間から黒い瘴気が漏れ出す。
『立花颯太。お前は不思議な感じがする。これまでに俺の意識が蘇る事はなかった。もしかしたら、お前には今までの奴らとは違う何かを持っているかもしれない。俺はそれに期待する。お前なら、俺たちじゃ辿り着けなかった、理想へ辿り着くことができるんじゃないかって』
黒い瘴気は魂状態である颯太を包み込み、意識の覚醒を促す様に上昇し始める。
遠のく漆黒の扉。最後に謎の声が颯太へ告げた。
『アイツの……サタンの子孫を、宜しく頼む』
その言葉を最後に颯太の意識は再び闇へと誘われる。




