第16話 首謀者
黒煙の上空より降り立ったのは、先日に魔王城内で人間である颯太を羽虫の様に踏み殺そうとした赤の国の貴族の中でも更に高貴である侯爵を有する名家の魔人、アスタ・アミレッドだった。
「人間如き劣等種風情が気安く俺の名を呼ぶんじゃねえよ。俺は未来の魔王なのだから、羽虫は怖れ慄き地面を這いずりやがれ!」
目障りな虫けらを見るかの様な冷徹な眼を向けながら、アスタは掌に火球を発生させ、颯太目掛けて発射する。
迫る火球に颯太は瞬時にルーを抱えて飛んで後退する。
颯太が避けたことで火球は1メートル前方に着弾するが、破裂した火球からの暴力的な爆風に煽られ、颯太は更に後方へと吹き飛ぶ。
「がぁあああ!」
ルーを死守するために彼女を深く抱きかかえるが、地面を転がる颯太の背中は血塗れになる。背中の切り傷が燃えるようで颯太は呻く。
頭を強打しなかったのは不幸中の幸いだが、それでも颯太には十分すぎる負傷だった。
「お兄ちゃん大丈夫!?」
背中からの痛みで立てずにいる颯太をルーは心配そうに叫ぶ。
不安で一杯なその声が痛みで閉ざされた颯太の口を開かす。
「そんな泣きそうな顔をしないでよルーちゃん。僕は、全然平気だから……これぐらいへっちゃらさ」
ルーを不安がらせることはできない。
歯を砕かんばかりに喰いしばり、激痛に耐えながら颯太は立ち上がる。
「手加減したとはいえ、直立不能程度の損傷を与えるつもりだったが、運が良かったな劣等種。だが、分相応な貴様が俺の爆撃を受けてなお、立ち上がるなよ」
避けられたこと、爆発物を浴びても立ち上がることに業腹を煮やすアスタは再び火球を放つ。
風を切りながら迫る火球に颯太は反応が僅かに遅れ、直撃は免れたが、爆発地点で先ほどよりも近距離であり、強い爆風が颯太を襲う。
「がぁああ!」
爆風に煽られ颯太は3メートル程吹き飛ばされた。
強い衝撃に必死に抱きかかえていたルーを零してしまう。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん!」
ルーから離れた場所で倒れこむ颯太をルーは泣き叫ぶように呼びかける。
何とか命が保たれていた颯太は握り拳を杖に上体を起き上がらすが、直後絶望に顔を歪ます。
「喚くなガキ。今すぐ取って喰いはしねえからよ」
「いやっ! はなして! 放してよっ!」
颯太から離れてしまったルーはアスタの手により吊るし揚げられていた。
泣き叫びながら拒絶するルーであるが、アスタの力に抗えはできなかった。
「オイ! なにルーちゃんに酷いことをしやがる! お前の目的は僕だろ! ルーちゃんを離しやがれ!」
ルーを攫われたことに怒る颯太は痛みを忘れて立ち上がる。
「貴様が目的? はっ、自惚れるな雑草程度の人間が。元より俺様の目的は魔王の首だ。貴様を殺せば、あの穢れた魔王がさぞ悔しがるであろうというだけで。ちっぽけな貴様はそれぐらいの価値しかないんだよ」
「だとしてもルーちゃんは関係ないだろ! もし万が一にルーちゃんに何かあれば僕が許さないぞ!」
一言一言叫ぶたび背中に痛みが奔るが言ってられない。
ルーを何としても助けねばと思考を巡らす颯太だが、アスタは冷酷な眼を向け。
「誰が何を許さない、だ?」
ヒュン、と颯太の右肩に何か通過する音が聞こえた。
颯太の右肩には1円玉サイズの穴が貫通しており、途端に灼熱の激痛が颯太の脳へと伝達する。
「ぐぁああああ!」
右肩を押さえて颯太は悶絶する。膝は折らなかったが、視界が混濁する程の衝撃だった。
「雑魚の癖に倒れねえか。……だが、面白い余興を思いついた。今日、赤の国を腐敗させたる旧時代の魔王は終幕する。その宴の前座に貴様には踊ってもらおうか」
「なん……だと?」
言ってる意味が分からず半目で睨む颯太へアスタは愉悦に告げる。
「なーに、難しいルールじゃねえ。貴様が膝を折らずに立っている間はこのガキの命は保証してやる。だが、貴様が倒れればこのガキは生はその時終わる。そんでガキ一人守れぬ己の無力さに打ちひしがれる貴様も殺す。どうだ。楽しい余興だろ」
要約すると、既に満身創痍の颯太だが、颯太が倒れない限りルーの命は守られ、颯太が倒れれば速やかにルーは殺される。そして絶望する颯太も後を追わすというもの。
その提案に颯太は心底卑しむ目を向け。
「悪趣味が過ぎるクソ野郎だよ、お前は!」
颯太からの汚い言葉にアスタは怒ると思ったが、圧倒的優位に立つ故か颯太の雑言は心地よい音色に聞こえて喜色を浮かばせ。
「どうする劣等種。貴様が乗らなければどの道このガキは殺すだけだ。安心しろ。魔族は契約を重んじる、更に俺は爵位を持つ、自分の言葉に嘘は言わん」
受け入れるも拒否も地獄行きだが、魔族として、貴族としての矜持か自らのルールは破らないと宣言するアスタを一端の信頼を乗せ、颯太は頷き。
「約束は守れよ、僕が立ち続ける限り、ルーちゃんに手を出すな」
「あぁ、短い間になるがな。……おい」
アスタは片手で持ち上げるルーを振り返る事なく後ろへと放り投げる。
ぎょっとする颯太であるが、彼の後方に取り巻きの魔族がおり、彼らがルーを受け止める。
「……いきなりアスタ様が何かを見つけたと思ったが、あの人間何処にいやがったんだ? 全然気づかなかったが」
「そうだよな。俺、此処を見ていたが全然気づかなかったぞ。このガキは見つけられたが、不思議だな……」
「貴様ら。無駄口を叩いてねえで、さっさと退いてろ。そのガキにこの劣等種の人間が傷つき苦しむ様を見えるようにな。ガキの鳴き声も心地よいからよ」
とことん性格が悪いこと口にするアスタ。
取り巻きの魔族たちは上の者に逆らうことは出来ないからか、ルーを抱えて上空に飛び、上空からアスタと颯太の残酷な遊戯を観戦できるようする。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! ルーの事はいいからにげて!」
ルーの泣き叫ぶ声だが、颯太は逃げなかった。
「さあ、このくそったれな遊び、始めようか!」
颯太は苦し紛れの様に強がるが、アスタはくくくっと笑い。
「お前を殺したところで大きくは変わらないが、マナルデリシアは貴様を大層大切に扱っていると情報を得ている。なら、貴様が苦しみ藻掻き、哀れに死ねば、さぞ悔しい顔をするだろう。その余興だ。精々楽しませろよ!」
残酷な笑みを浮かばすアスタは颯太の右肩を熱線で貫く。
「が、がぁあああ!」
又しても燃えるような激痛に絶叫をあげる颯太。
放たれる極細の熱を帯びた閃光。この痛みに覚えがある。
先日、公園で颯太を襲った大鎌の男性も同じ芸当をしていた。あの時の攻撃もこれだったのだ。
「まだ……まだ!」
両肩を魔法で撃たれて尚、颯太の膝は折れなかった。
痛みはある。泣き叫びたい程の痛みが颯太を襲う。
敵は自ら吐いたルールに乗っかり本当に颯太が倒れるまでルーに手を出さない様で、それが颯太の希望であり、絶対に倒れるかと変哲もない根性で耐え抜く。
それから数分の間、颯太は更に腹や心臓を外した胸などの何か所か撃たれるが颯太は倒れなかった。
「ちっ。意外にしぶとい人間だな。そろそろ限界なんじゃないか? さっさと倒れやがれ」
アスタは敢えて急所や足は撃たなかった。
長く苦しませるという残虐心からだろうが、颯太は血を大量に流すも耐え切った。
「まだ……まだ、全然、余裕だ……」
強気な言葉を口にするが、誰から見ても瘦せ我慢なのは一目瞭然。
痛みによるショックや多量出血で颯太の視界は不良だが、その奥には希望という光は灯っていた。
一見して颯太には得がない遊戯であるが、颯太は決して得策もなくただ痛みに耐えているわけではない。
(どれくらい時間が経った……。誰でも良い……この状況を打開するため、早く救援が来てくれ。僕はいいから、ルーちゃんを助けてくれる、誰かが……)
颯太の力では絶望的現状を打開することはできない。
だから颯太は待っている。
ホロウ、キョウ、メアなど、誰でも良い、味方がこの場に現れてくれることを。
一縷の望みだとは分かる。颯太に友好的な魔族がこの街に居るなど颯太は知らないのだから。だが、ルーを助けるにはその望みに賭けるしかない。
そのためには、颯太がこの不利な勝負に耐え続けるしかない。
「あぁ……そろそろ面倒になってきたわ。本当は狙いたくねえが、さっさと倒れて絶望に平伏しやがれ!」
遊戯が長引き苛立ちを見せるアスタは颯太の両太ももを熱線で穿つ。
流石に足を狙われれば膝を折るのは必然だった。
だが、颯太はその必然に抗う。
「うが――――――――うぉおおおお!」
雄たけびをあげ颯太は膝に手を突き極限の根性で立ち続ける。
辛そうに呼吸する颯太。これまでの人生で経験したことがない激痛に関わらず、何故立ち続けるのか。
「嘘だろ……ありえねぇぞ」
アスタの額に一筋の汗が流れる。
アスタの残虐性は昔からであり、今回の様な自身が優勢な際に似たような勝負を持ち掛けたことがあり、その時の相手は中級魔族だったが、その時は数発撃てば泣き叫び、惨めに命乞いをした。
なのに、魔族よりも脆弱な人間が耐え抜くのか、アスタには理解が出来なかった。
「貴様、人間。何故そこまで耐え抜く? このガキを守るためか? 何故だ。こいつは魔族で、貴様は人間。違う種族なんだぞ?!」
人間と魔族という種族の違い。
しかも、颯太とルーは出会ってまだ一刻程度の短い関係。
そんな間柄にも関わらず、颯太は重傷を負いながら、ルーを守るために立ち続けるのか。
「人間とか、魔族とか、知るかよ……。誰かが助けてって……怖いって泣いてるなら、助けたいって思うんだよ。そこに種族の垣根なんかない、僕の……ただの悪癖だ」
颯太の目にはアスタなど映っていない。
颯太がずっと目にしているのは、子供ながら泣き叫ぶのを我慢し、必死に助けを望んでいるルーだった。
昔からそうだった。
颯太は、誰かが泣いているなら泣き止む方法を探し。助けを望むなら手を差し伸べる。それで何回も不利益を被ったが颯太は後悔はしない。
颯太はヒーローになんかなれない、なりたいとも思わない。
もし颯太がなりたいと思うなら、自分が馬鹿を見ても、誰かを笑顔になれるピエロだった。
(それにしても……何も自慢できるものがない僕のたった一つの特徴、変に体が丈夫なところがここで役立つなんてな……。昔、色々無茶して御子斗に泣かれたっけ……)
ここで思い浮かぶは、颯太がお節介を焼いて怪我をした時の幼馴染の泣き顔。
もし今日人生を終えるなら、お別れの挨拶をしたかったと悔やむ颯太。
(もし、これが最後の人助けになるなら、悔いは残したくない。まだ、望みは潰えてない!)
膝に付いた手を離し、股幅を広げ足に踏ん張りを入れ、颯太はアスタを睨む。
「まだ僕の膝は折れてないぞ! まだゲームを続けようか、貴族様!」
精一杯に虚勢を張ることで意識を保つ颯太。
颯太の気迫に圧倒されてか黙り込むアスタ。
アスタが手を止めたことで取り巻きも息を殺す様に黙り込み、ルーがその隙を見つけ、
「いだっ! こら離せガキッ!」
ルーを抱く取り巻きの腕を獣人特有の鋭い牙で咬み、拘束が緩んだ所を暴れて脱出する。
取り巻き立ちは少し上空にいたことでルーは落下するが、子供でも魔族なため、多少の高さからの落下は平気で、着地したルーは颯太へと駆け寄る。
「お兄ちゃん!」
「ルーちゃん……どうしてそんな無茶を」
遊戯が続くなら取り巻き達に拘束されている方が安全だったにも関わらず、無作為に脱出して駆け寄るルーに苦言を口にする颯太だが、ルーが涙目で抱き着き。
「お兄ちゃんの方がむちゃしてるくせに! ルーのことはいいから、お兄ちゃんが逃げてよ!」
「……無理だよルーちゃん。残念だけど、今の僕は立っているのがやっとだ。僕を置いて、ルーちゃん一人で逃げてくれないかな。僕が絶対にあいつらから守るから」
颯太はアスタへと目を向けるが、まるで茶番を見てるように黙っていた。
どんな意図があるかは分からないが、アスタが動かないため取り巻きも止まっている。ルーが強引に拘束を振り払ったことで遊戯も有耶無耶になる可能性がある。
なら、颯太は盾になりルーを逃がすしか手立てはない。
「そ、そんなことできないよ! ルーがお兄ちゃんをおいていくなんて!」
「僕には走れる余力もない。だから、僕がアイツらを食い止める。だから、ルーちぁんは僕に構わず逃げてくれ」
「イヤだよ! なら、ルーがお兄ちゃんをだっこして逃げる!」
颯太の願いを拒否して颯太を背負おうとするルー。
人間よりも膂力がある魔族とはいえ、子供の内はあまり大差ないのか、動かそうとしてもルーでは引き摺るのが関の山だった。
「お願いだルーちゃん。我儘を言わないでくれ。君一人なら、砂粒程度かもだけど可能性はあるんだから」
「イヤだよ!」
ルーは涙を流し颯太に縋りながらに首を横に振った。
「もう……もう、ルーからいなくならないで……おかあさんも、おとうさんも、おにいちゃんも、みんな死んじゃった……。なのに、お兄ちゃんもルーからいなくなるなんて、ルーは耐えきれないよ!」
ルーは戦争で家族全員を失った孤児。
颯太よりも近しい者を失う苦しみを知っている。
ルーの過去を思えばルーの行動はおかしくはない。
だが、それでも颯太はルーには生き残って欲しい。
颯太は引っ張られる腕からルーの手を優しく解き。
「ごめん、ルーちゃん。これは、僕の我儘だ」
そして颯太はルーの頭を再度優しく撫で。
「僕にも我儘で生意気な妹が一人いる。最近、碌に顔を合わせないし、合ったとしても暴言ばかりの反抗期真っただ中。だけど、僕にとっては大切な家族だ」
2つ下の妹とルーの姿が重なる。
「ルーちゃんには家族はいないのかもしれない。なら、僕が代わりにルーちゃんを守る。この命に代えても」
力めば血が噴き出す重症で颯太は一歩足を前に踏み出す。
「イヤ……だよ。やっぱりルー、お兄ちゃんと!」
「我儘を言うな! いいから、行くんだ!」
ルーの言葉を遮り颯太は叫ぶ。
颯太にとっては誰かを怒鳴るなど滅多にない。
ルーが伸ばそうとした手はビクッと止まり、ルーは涙を堪えながら俯き。
「……分かった。お兄ちゃん、ありがとう!」
ルーは幼いながらに葛藤し、最後には我儘を閉じ込め、颯太に感謝を述べて走りだす。一心不乱に颯太へ振り返らず。
ルーが遠ざかるのを耳で捉えながら、颯太はだんまりなアスタへと向き直り。
「意外ですね。どうして攻撃してこなかったんですか」
颯太とルーの会話は1分はあった。
その間、アスタは一切攻撃はせず、遠ざかるルーへの追撃もない。
「あまりの滑稽なやり取りに唖然としていただけだ。本当に、鳥肌が立つ程のつまらない茶番だったな」
アスタの目は汚物を見るような極限に蔑んだ目をしていた。
上空を取り巻きの一人、ルーを拘束していた魔人はアスタへと近づき。
「申し訳ございませんアスタ様。直ぐにあの子供の追跡を――――――――!」
「黙ってろ。役立たずのゴミが」
追跡を進言する取り巻きだったが、言い終わる前にその者の顔半分がアスタの薙ぎ払いにより焼失する。
散らばる肉片、噴き出す血。顔半分を失い絶命し倒れる取り巻き。
目の前で命が散る光景を目の当たりにして絶句する颯太。
「あのガキは捨て置け。そろそろ前座も佳境に入る。どうせこれから放つフィナーレでこの人間諸共ガキは消し炭だからな」
失態を犯した取り巻きの死体を踏みつけるアスタは、他の取り巻き立ちへ告げる。
上からの恐怖で言葉を失う取り巻き立ちはただ聞き入るだけ。
「お前……その人は仲間なはずだろ。なに簡単に殺してるんだ!」
「はっ。なに甘えたことを口にする人間。貴様も鬱陶しい虫は殺したことがあるだろ? 虫が何をしたわけでもないのに、ただ煩わしい、汚らわしいとかって理由でよ」
一瞬言い返せそうになる持論であるが、ズレていることに颯太は気づき。
「……虫と仲間を一緒にするな!」
「一緒だよ、俺にとってはな。俺の役に立たないゴミに価値はねえ。そもそもこいつらは、下級魔族。下級魔族は俺達上級者魔族の為の家畜に過ぎない。なら、生きるも死ぬも俺達の気分次第なんだよ」
颯太はアスタと永遠に分かり合えないと痛感する。
文字通り、生物として同じ土俵には立ててないからだ。
「それにしても貴様の言葉には心底虫唾が奔るものだな。貴様に先代魔王である駄王のエルドラシェルがちらつくぜ」
「先代魔王のエルドラシェルが……駄王、だと?」
先代魔王エルドラシェル。つまりは真奈の父親にあたる人物。
今日出会った魔族で彼に対しての悪口はなく、感謝さえしていた。
そんな民から愛された先代魔王をアスタは心底軽蔑した表情となり。
「現魔王も糞だが、その思考は先代魔王が発端だ。アイツは俺たち赤の国の住人に対して無益な争いを禁じた。魔族は肉を喰らい、血で喉を潤し、悪感情を糧にする、闘争の中で生きて来た魔族本来の在り方に対して、駄王が俺たちから牙を奪いやがったんだ!」
怨恨籠る叫び。
アスタから先代魔王へ向けられた憎悪はヒシヒシ伝わる気配から計り知れない。
「駄王、って。先代の魔王様は、国民が平和に暮らせる国にするため頑張っていたって聞いている。その思想の何処に駄王なんて呼ばれる筋合いがあるって言うんだ!」
「何ムカつく戯言を吐いてやがる! 言ったよな!? 魔族は闘争の中で生きる種族だ! 特に俺たち上流階級の中には戦争で功績を挙げて確固たる地位を築いた家もある! つまり、俺たちから戦いが無くなればどうなる!? 現に過去に幾つかの貴族が生計を立てられなくて離散したところだってあるんだぞ!」
黙って聞いてられず反論する颯太にアスタは逆上する。
感情の高ぶりで呼吸を乱すアスタであるが、くくくっと喉を鳴らして笑い。
「人間、貴様の魂胆は分かっている。俺様と適当な話で時間を稼ぎ、少し前に逃げたガキが逃げる時間稼ぎと、俺様の同胞を鎮圧しているであろう魔王の救援を望んでいるのだろうが、優しい俺様が、期待して待つ貴様に教えてやるよ」
颯太の狙いを見破られ唇を嚙む颯太であるが、気づかれない方が無理があった。
しかし、どの口が言っているのかと言いたくなると言葉により、颯太は絶望する。
「ガキの処遇はこの後行う。だが魔王の救援。俺様がアイツに差し出した刺客の数人が俺と同じ爵位を有する名家の跡取り。俺ほどじゃないが、どいつも千を超す魔族を配下に出来る実力者たち。そいつらに襲撃されて魔王が無事かどうかだな」
ぎゅと颯太の胸が締め付けられる。
真奈が強いと聞いていたとはいえ、実際の実力は知らないうえに、聞く限り多勢に襲われている。多勢に無勢で真奈の安否が心配になる颯太。
そんな颯太にアスタは更に追撃さらなる事実を突きつける。
「仮にアイツらの包囲網を搔い潜り此処に来られてもあんな出来損ないの魔王では、俺様には勝てっこないんだからよ」
「なんで、そんなことが言えるんだ……」
自信満々のアスタへ問う颯太に彼は更に驕った表情を浮かばせ。
「言えるんだよ。なにせ、あの出来損ない魔王は、運よく王族として生まれただけの穢れし血を引く半端者なんだからよ」
「穢れし血を引く、半端者……?」
「あ? 貴様、アイツの血統を知らねえのか? あの女は、魔界でも最高峰の血統である赤の国の創設者であるサタルディーネ家の血を引きながら、残りの半分に、貴様と同じ下等生物である人間の血を引いた混血種なんだよ」
颯太はこれまで以上の衝撃が全身を打つ。
「真奈ちゃんが……魔族と人間の……混血!?」
「そうだ。エルドラシェルは何をトチ狂ったのか、人間の女を妃として娶り、その女との間にガキを儲けた。それが、現魔王にして歴代屈指の魔王に相応しくないあの女の正体なんだよ!」
思えば違和感はあった。
周囲が人間である颯太を見て反応が薄かったのか。
衣服屋の店主であるバールバや孤児院の管理者であるレティも昔人間と出会ったことがある態度を見せていた。
昔、魔界に居たのだ。多くの魔族から認知される人間が。
そして、その人間こそが真奈の母親なのだ。
「まあ、そんな人間の王妃も何年か前に死んだが、数十年程度しか生きられない弱い人間から生まれたのなら、アイツの軟弱さも説明が付くな」
「確かに人間は魔族と比べて力も弱い、魔力を持たない、寿命だって短命だ……。だからって、なにを根拠に真奈ちゃんが弱いって決めつけるんだ!」
「人間。俺は憶測だけで話しているわけじゃない。人間の血を引く時点で落第も良い所だが、それだけじゃないんだよ。アイツが俺よりも格下だと確定している要因は、あいつは――――――――3年前に俺様に手も足も出ずに苦渋に染まりながら地面に平伏したんだからな!」
再び驚愕や絶望などの感情が颯太の全身を巡る。
真奈が過去にアスタに敗北しているなど、颯太には到底受け入れがたい事実。
アスタが嘘を言っている可能性はある。だが、ここまで傲岸不遜な態度を見せる奴が自身の自尊心を陥れる嘘を吐くだろうか。
「だってのに、あの女共も気が狂っている。先代の駄王の死後、魔王の継承権は一旦その血縁者である6人の娘に与えられていた。最も有力候補だったのは長姉たるクロティルドだった。エルドラシェルとは違い、あいつは野心家だったから、俺は少なからずアイツを尊敬していた。なのに、あの女は自ら継承を放棄した、他の姉共もだ! あの半端者以外だったらまだ我慢できた。なのに、最も最悪な候補者なはずのマナルデリシアが魔王へと就任した、それが許されるわけがねえ!」
アスタの感情の起伏に同調して彼から荒ぶる魔力が吹き荒れる。
飛ばされそうになるのを、颯太は血が垂れる体で必死に踏ん張る。
「駄王のエルドラシェルの思想を最も色濃く受け継いたあの女が魔王じゃ、魔族としての闘争本能は削られ、国はいつか他の大国の連中に狙われ滅びるのが目に見えている。そうなる前に現王政を崩壊させ、俺が新たな魔王になる。俺こそが、この国の救世主になるのだ!」
アスタの目的は真奈を殺し、己を魔王に見据えて新王政を築くこと。
動機や手段はどうであれ、アスタなりにこの国の行く末を憂ったことによる行動。
「そのために今回の事件を引き起こしたのか……。僕を襲ったのもそのためのプロセスってわけか……」
「そうだ。国家転覆を少しでも成功率をあげるために、ある筋から貴様のことを知った。貴様を捕え人質に、若しくは殺せば魔王もさぞ動揺するだろうと思ってな。そもそもそんなことせずとも、あの女如き真正面から殺せるが、退屈凌ぎにはなったよ」
退屈凌ぎで命を狙われたことに腹に据える颯太だが、野心を叶えるためには理に適っていた。
如何なる人物にも必ず弱点がある。それが己で無くとも、他者に慈愛を持つなら慈愛の対象を殺せば隙を生む。真奈にとってそれが颯太であった。
颯太を殺せば、真奈も動揺し隙が生まれ、魔王を殺す機会を得られる。
実力ではアスタの方が上でも、達成のために僅かでも可能性をあげるためだろうが、真奈への嫌がらせもあるのだろう。
「何はともあれ、貴様も光栄に思うんだな。古き魔王の王政は滅び、この国は魔族にとっての理想郷に生まれ変わるための礎になるのだからな」
「お前が魔王だと? 変な妄想話にしては面白くない話だ。 国民がお前みたいな非道な奴を王として認めるわけがないだろ」
これまでのアスタの言動に王として民を導いたり、守ったりする意志は微塵も感じられなかった。
颯太の言葉にアスタは心底くだらないとばかりに鼻を鳴らし。
「認める認めないの話じゃないんだよ阿保が、下々の意見など知るか。魔界は創世記から強者が上に立つ世界だ。故に、俺が目指すは魔族としての原点回帰、弱肉強食の世界の理想郷だ。弱者は強者に淘汰され隷属される養分に過ぎないんだよ」
「………お前の言う理想郷に、弱い人たちの気持ちなんて本当に微塵も汲まれてないんだな」
アスタはあ?と不機嫌そうに返すと颯太は今日見て来た、活気に溢れる街と国民たちの笑顔を思い出す。
「お前は知らないだろ。子供たちの笑顔を。街の人々の笑顔を。それは、誰もが大切な人を失わずに暮らせる魔界を造ろうとした先代の意思。まだ道半ばかもしれないけど、真奈ちゃんは理想を受け継ぎ戦ってるんだ。それを、お前みたいな他人の事を微塵も理解しようとしない奴が壊す権利がどこにある!」
「踏み躙られる雑草如き民は魔族としての本能を失った腑抜けなんだよ! そんな奴らは魔族として底辺もいい所だ!」
「魔族全員がお前みたいに争いを望んでるわけがないだろ! 下に降りて目線も合わせようとしない奴が自分勝手な価値観を押し付けるな!」
人間界の長い歴史の中でも、どんな国で完全な一枚岩だったことはない。
必ず反乱因子などの亀裂が存在する。
故に、万人に支持されるのは不可能に近い。
現に、弱い立場の者達を守ろうと戦う王は貴族連中から批判を受けている。
だが、真奈や先代魔王は断腸の思いで決断したのだ。
どんなに貴族たちに恨まれようと、国の歯車たる安寧を憂い、涙を流さないために。
「魔族でもない下の下の劣等種風情である人間が魔族を語るんじゃねえよ!」
痛い所を突かれたと颯太は眉を顰めるが、開き直ったように失笑し。
「たしかにそうだ……。僕は人間だ。魔族の事なんて知らない。本当はお前の方が正しくて、僕や真奈ちゃんの主張が間違っているのかもしれない」
颯太が魔族を知ったのは昨日のことなため、魔族の事など全然知らない。
何が正しいか、何が間違っているのか。
颯太にその答えは出せないし、出す資格なんてない。
「だから僕はお前たちが間違っているなんてもう言うつもりはない。だけど、お前たちから弱い立場の人たちを一人でも悲しませないために頑張る彼女の理想を間違っているなんて僕が言わせない!」
論理に関する正解と間違いは立場や生まれ、育った環境で大きく変化する。
自分が正しい物が他者の視点から間違っていることはざらにある。
だから颯太はアスタの語る優勝劣敗な世界をこれ以上否定することはできない。
「鬱陶しく飛び回る虫の羽音ほど聞くに堪えない物はねえ。貴様がどれだけ喚こうがな、ここで死ぬ貴様が先を見えると思うなよ!」
満身創痍にも関わらず、倒れない体、光を失わぬ眼、折れない心。
そんな颯太の姿を目の当たりにし、更に颯太は否定しないと言うも、己の野心を見くびられたアスタは冷めた目で溜息を吐き、直後烈火の様に魔力を高める。
「俺も焼きが回ってしまったぜ。こんなゴミムシに時間を費やすとはな。ゴミはゴミらしく、後ろを走るガキ諸共灰になりやがれ!」
アスタは掌に膨大な炎を発生させる。
熱量は先ほどまでの火球が玩具に思える程で、周囲の気温が飛躍的に上昇する。
颯太は目線だけを後方に向ける。
颯太の霞む視界ではルーの姿は見えない。
アスタを挑発し続けた目的はルーが逃げる為の時間稼ぎ、どれぐらい稼げたかは分からないが、これからアスタが放つ物の射程圏外に外れていることを祈るしかなかった。
「僕も……ここまでか」
颯太に出来ることはもうない。
ルーを助けると決意してから己の命を捨てていた颯太は遂に膝を折ろうとする。
「……違う。まだだ。まだ僕にやることがある。1分、1秒……1コンマでも、炎が後ろにいかないための盾になるべきだろ」
既に1歩すら踏み出す力も残されてない颯太でも、僅かでも後方に炎が行かないように踏ん張ること、それが最後の役目だと颯太は活眼する。
「尚も膝を折らねえか、忌々しい虫けらが! どれだけ頑張ろうが全ては無駄な努力、水の泡に過ぎねえ! それを俺様の最強にして最恐の爆炎にて思い知るんだな!『爆ぜりし混沌に導くは崩壊の息吹、我が野心を抱いて、目の前の牙城を爆炎へと誘え』! 消え去れ、【爆裂崩撃】!」
大玉サイズの炎の球体は弾け飛び、火球と比較にならない程の爆炎が暴風となり颯太を襲う。
熱風、熱線、熱波、迫り来る爆炎に颯太は動けなかった。
自らに迫る死に颯太は恐怖を感じて震える唇を、必死に噛み締める。
「う、うぉおおおおお!」
そして、最後の力を振り絞り、拳を爆炎へと突き出す。
その拳は無駄だということは分かっている。
だが颯太が突き出す拳は、ルーを守りたい気持ちと人生最後の悪あがきによる虚勢によるものだった。
爆炎が颯太を包むと、皮膚は焼き始める。
自然と痛みは感じなかった。これは大した火力だからではなく、とうに颯太の痛覚は限界を飛び越えて、感じられなくなっていた。
遠のく意識の中で颯太は思う。
(分かってたはずだ。僕は弱い。どう転んでも魔族相手に奮闘なんてできやしない。だから真奈ちゃん。僕が死ぬことに責任を負わなくていい。君にとって僕は、長い人生の中で転がっていた石ころ程度だと思っててほしい)
思う先は颯太の憧れにして初恋の相手である真奈だった。
颯太の死に真奈は何を思うだろうか。
出来ることなら、無謀だと諫められたにも関わらず、忠告を聞かずに首を突っ込んだ颯太の自業自得だと呆れてほしいと願う。
(あぁ……ほんの一時だったけど、楽しかったよ。ありがとう、真奈ちゃん……さよなら)
真奈の守りたい物を一握り、少女一人でも守りたいと懸命に戦った颯太の意識は、漆黒へと包み込まれる。




