第10話 街視察
魔界は人間界とは別次元に存在する異世界であるが、時間の流れは同調しているらしく、1日が24時間、1週間が7日、1年が365日となっていた。
加えて、赤の国は日本時間と同時刻。
つまり、日本が朝を迎えてるのなら、赤の国も朝となる。
疲れと睡魔に襲われて眠りについていた颯太だが、目は閉じたままに耳だけ覚醒していたのか、誰かの声が聞こえた。
「颯太様、そろそろお目覚めになった方が宜しいかと。遅くなってしまえば食堂が閉まってしまいます」
誰かに揺さぶられた颯太はまだ引っ付いてたい瞼を渋々開く。
疲れがまだ残っているのか体は重いが、体を覆う掛け布団と共に起き上がる。
寝ぼけた視界で最初に入ったのは、魔王城の使用人であるベルだった。
「……おはようございます、ベルさん。もう、朝ですか……」
「おはようございます颯太様。おっしゃるとおり、既に日が昇っております。昨晩は眠られたでしょうか?」
ベルに起こされた颯太は本格的な覚醒を促すために自身の目を強く擦り、強引に目を覚させてから答える。
「用意して貰ったベットが快適でしたのでぐっすりです。けど……そういえばここ、地下でしたね。全然朝って感じがしませんね……」
颯太が宿泊した場所は魔王城の地下で、陽光が差し込む窓などはない。
常に薄暗い地下のため、昼夜感覚が惑わせるが、ベルが起こしに来てくれたことで朝に起きることができた。
「そこは我慢して頂くしかありません。もう少しの辛抱なので頑張ってください」
「もちろん分かってます。身を守ってもらっている立場ですから文句は言えませんから」
そう言った直後、颯太の腹部から締め付けられた音の様にぎゅるるると鳴る。
これは空腹を知らせる音で、颯太は恥ずかしそうに腹を押した。
「そう言えば……昨日の昼に食べてから何も食べてないんだった……さすがにお腹減ったな」
部屋に案内された直後に眠ってしまったから颯太は何も食べてない状態。
流石に空腹に耐え切れずにお腹を鳴らした颯太にベルは言う。
「もしかしたらお腹を空かせてるのではと思った魔王様からのご命令で起こしに来たのです。早速ご準備ください、私が食堂に案内いたしますので」
「は、はい。すぐに準備します」
颯太は周囲を見渡すと部屋の隅にある机の上に颯太の学校鞄を発見。
真奈が人間界で落としていた鞄を回収して、颯太が寝ている間に置いてくれていたのだろう。服装は今着ているジャージ風の服しかないためこのままで、必要かは分からないが、財布や携帯などの貴重品を鞄から取り出して食堂に出発する。
地下から地上までの螺旋階段を上がる颯太とベル。
やはり階段が長いと憂鬱に思っている間に地上1階へと昇りきる。
地下からの階段の出入り口は城の玄関付近にあり、着いた先は広々とした玄関ホール。薄暗い地下から明るい地上に出て眩しさを感じる颯太。
暫く立って明るさに目が慣れた時だった。
「あ、颯ちゃん。タイミングが一緒だったね。こんにちは。魔界での初めての一晩、快適に過ごせたかな?」
颯太に声をかけて来たのは聞き覚えのある声だが、目深くフードを被る女性。
女性は私に気づくかなとばかりにニシシっと笑うが、直ぐに誰かが分かった。
「真奈ちゃん。うん、快適に眠らせてもらったよ」
「おっと、まさか直ぐに私だって分かるなんてね、やるね颯ちゃん」
フードの女性改め三陸真奈は被るフードを退かして素顔を表す。
彼女は素性を隠せていると思っていたのだろうが、全然隠せてなかった。
しかしバレバレだと言うのは野暮なため、彼女のノリに合わせて誇らしげ顔を浮かばせ。
「一応これでも彼氏だからね。真奈ちゃんもこれから朝食かな?」
魔王という立場上多忙と思われる真奈と朝一に出会えたことを嬉しく思い尋ねる颯太であるが、真奈は首を傾げ。
「朝食? なに言ってるの颯ちゃん。もうお昼過ぎなんだけど」
は?と目を点にする颯太。
真奈も何かを察したようで、判目をベルに向ける。
「そういえば、今日初めて地下から出てきた反応だけど、なんで颯ちゃんがこんな時間に地下から出てきたのかな? ベル。私が貴方に颯ちゃんを起こす様にお願いしたのって、5時間前じゃなかった?」
颯太はその事実に驚嘆してベルに目を向けるがベルの視線は明後日の方角を見ていた。ベルは忘れていたのか、命令を無視していたのかは分からないが、颯太はある不安を訊ねる。
「ねえ、真奈ちゃん……食堂は、僕のご飯は……?」
訊ねると同時に颯太の腹部から虫の音が鳴る。
真奈は懐から取り出した懐中時計で時間を確認すると残念そうな表情となり。
「たった今、昼の部の食堂が閉まったね」
悲愴な事実を告げる。
食事ができないことを突き付けられた颯太の空腹は更に加速する。
「じゃあどうすれば……今が昼ってことは、昨日の昼食の弁当から何も食べてないってことか……色々遭った所為でお腹が」
約一日何も食べてないうえに、様々なトラブルに遭遇したことでカロリーも多く消費されている。思わず蹲りたくなる颯太の肩にベルは手に乗せ。
「立花様、ドンマイ」
「ベルさんのせいですよね!?」
涙目で叫ぶが胃袋を刺激したのか再度腹の虫が鳴る。
怒る気力も沸かない颯太。真奈は小さく溜息を吐き。
「仕方ない。私の方から食事係に連絡して食堂を開けてもらうようにお願いするよ」
「本当に!?…………いや、僕なんかの為に無理に開けてもらうのも申し訳ないから遠慮するよ。仕方ないけど、夜まで待つしかないね」
人に迷惑をかけたくないという変な律儀を発揮する颯太だが、内心提案を受け入れてればと肩を落とす。
颯太の性格を知っている真奈も颯太の意思を尊重して食事係への連絡をやめた。
空腹を紛らわす為か、颯太は真奈に服装の事を訊ねる。
「そういえば真奈ちゃん。昨日みた服装とは違って、なんか正体を隠すみたいな変装をしているけど、今からどこかに行くつもりなのかな?」
颯太が知る魔族としての彼女の姿は威厳ある王衣だったが、今の服装は浮浪者の様な怪しい恰好をしている。
「私は不定期で街を見回りをしているの。城の中からじゃ見えない街の部分を、自らの目で見て、感じて、国民が本当に何を望んでいるのか知るためにね」
「なるほど、そのための変装か。それにしても、王様自らが街の視察なんて殊勝で素晴らしいことだね。さすが、真奈ちゃんだよ」
褒められたことに満更ではない真奈。
真奈の周囲に護衛らしき人物はいないが、颯太が気づいてないだけか、それとも真奈の実力を鑑みて付けていないのか。
「それにしても、魔界の街か。正直、滅茶苦茶気になるな。一度はこの目で見てみたいものだよ……結局は忘れるんだけど」
事件が解決すれば魔界での記憶は消去されるが、それはそれとしてファンタジー好きからすれば未知なる魔界の街を見たいと思うのは仕方ないことだった。
「出来れば連れて行ってあげたいけど、今の颯ちゃんの立場は保護対象。いつどこで襲われるか分からない場所に連れ出すわけにはいかないからね」
「そうだよね……」
反魔王勢力に狙われている可能性がデカい現状で街に出れば狙われる危険性は大きい。脆弱な人間である颯太は大人しく魔王城内に引き籠るしかなかった。
だが、ここで颯太の空腹の張本人であるベルが真奈にお願いする。
「魔王様。私が魔王様からのご命令をめんどくさ………失念した立場で大変恐縮でございますが、颯太様を街へ連れ出して頂けないでしょうか?」
「言い直した部分に対してあとでキッチリ反省文を書かせるとして……。言ったけど、颯ちゃんは敵から狙われている身、おいそれと街に出すなんてできないよ」
仮にも国のトップである真奈に恐れず進言するベルの胆力に驚かされる颯太。
真奈は駄目だと拒否したが、ベルは更に提案を言う。
「街に出れば出店が多数出展されます。どこかの屋台で食事などされてはどうかと思ったのですが」
その魅力的な案に颯太の腹が返事する。
真奈の街視察に同行すれば魔界の街を見たり、屋台で食事したりと颯太の願望が同時に叶う。
腕を組み悩む真奈だが、
「それでもな……」
と、颯太の身の危険と天秤にかけるのだが、チラッと真奈は颯太に目を向ける。
街への好奇心と空腹の複数の感情が入った颯太からの視線に真奈は根負けして。
「分かったよ。部下のミスの尻拭いをするのは上に立つ者の宿命。颯ちゃん。私の街視察への同行を許可するよ」
「やったぁああ!」
喜びを爆発させる颯太に引き気味の真奈だが気を取り直す為に咳払いを入れ。
「ただし! 何度も言ってるけど、颯ちゃんは保護対象。行動には制限させてもらうよ。あと、颯ちゃんが望んだことだし、私も出来る限り颯ちゃんの身を守るように尽力はするけど、万が一の時は、自己責任でお願いね」
「もちろん! 自分の身は自分で守るよ!」
最終通告の様に言ったつもりだが、魔界の街を見れることに興奮してるせいで颯太が本当に理解しているのか、真奈は不安げに溜息を吐くのだった。




