切り取られたページ
図書館の古い資料は、一番奥にあった。
しずくが取り出した冊子には、十年前の施設名が印刷されていた。
その頃は学園ではなく、適性支援センターだった。
机へ開くと、紙の乾いた匂いがした。
端は茶色く、綴じ目に近い部分だけが薄い色を残している。どのページも同じ白だったのではないのだと、ユウは顔を近づけて確かめた。
修了者の寄稿が並んでいた。
進路。友人。研修中に通った店。
途中に、切り取られたページがあった。
「破れた?」
「刃物」
しずくは綴じ目へ指を近づけた。
「破ったら、こんなにそろわない」
新しい版では、寄稿そのものがなくなっていた。
目次もページ数も、きれいにつながっている。
古い版の隣の記事には、一文が残っていた。
《六一四二九の小野寺さんに、何度も話を聞いてもらった。》
写真には、今より若い小野寺と三人の学生が写っていた。
小野寺の手には、カップがあった。白黒の写真では、青い線があるかどうか分からなかった。
ユウは昨日の自分の写真を横へ置いた。
玲奈とゆらも加わり、名前を調べた。
まほのときと同じ《公開対象外》という表示が出るとは限らなかった。
けれど、現在の居場所や近況につながる公開情報を確認できない人が、ほかにもいた。
十一人。
「全員、何かされたってこと?」
ひなたが聞いた。
「今ある情報だけでは、そこまでは言えないわ」
玲奈は一覧の見出しを直した。
《所在確認が必要な人》
しずくがうなずいた。
ユウは、切り取られたページの端へ指を伸ばした。
「そこ、触らないで」
しずくが言った。
ユウは指を止めた。
「切り残しが取れちゃう。これも、誰かがページを切った証拠だから」
ユウは指を引っ込めた。
紙の細い切り残しが、綴じ糸の間からのぞいていた。写真の中の誰が、どんなことを書いていたのだろう。
新しい版には、その疑問が生まれる隙間もなかった。
机の隅に、別の原稿があった。
《私らしい未来へ》
「明日の朗読?」
「うん」
主人公の少女は、自分が周囲と違うことに悩んでいた。
診断を受け、自分の居場所を見つける。
最後は家族と抱き合って笑う。
赤い修正が、最後のページに集中していた。
「しずくが書いたの?」
「直してもらったところ」
「元は?」
しずくは、折れた一枚の原稿を引き出しから出した。
図書館では、傷んだ本のページを一枚ずつ丁寧に扱っていた。
そのしずくが、今は自分の原稿を折っていたのが気になった。
原稿の少女は進路の書類を鞄へしまい、帰り道の本屋へ寄る。
何も買わずに出るつもりだったのに、一冊だけ手に取る。
そこで終わっていた。
「まだ、何も決まってない」
「そこまで書きたかった」
「こっちだと、うまくいくか分からないな」
「うん」
しずくは、自分の原稿を見た。
「でも、この子のその先を、私はまだ知らないから」
ユウは二つの結末を並べた。
赤い修正の方は、読み終わったところで話が閉じた。
折れた一枚を読むと、その本を手に取った少女が、まだ店の中にいる気がした。
「こっち、返すの、あとでもいい?」
ユウが折れた紙を指すと、しずくが顔を上げた。
「もう一回読む?」
「うん」
彼女は、そのまま置いてくれた。
「しずくは、何になりたい?」
「本を直す人」
「文化広報じゃなくて?」
「物語も好き。でも、直すのも好き」
「希望、出した?」
「出した。趣味の成果と職業適性は別に評価するって」
しずくは、補修した冊子を持ち上げた。
欠けたページは戻っていなかった。
けれど、残っている文章は前より開きやすくなっていた。
「同じ本だよな」
「うん」
「変わってるのに」
しずくは少し考えた。
「変わったから、続きを読めることもある」
ユウはもう一度、本を見た。
しずくの指が支えている場所を避けて、そっと反対側を持った。
乾いた紙の匂いが、また少し近づいた。




