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君を四文字で呼ばない  作者: 週休七日
第一部 あなたらしい未来

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10/17

彼女が書かなかった結末

 六日目。


 交流会の会場には、色紙で作られた飾りが吊るされていた。


 机は壁際へ寄せられ、廊下には手書きの案内板が並んでいる。


「学園祭みたいだね」


 ひなたが言った。


 ユウは会場を見渡した。


 普段の教室とは違っていた。

 あちこちから声が聞こえ、誰かが笑うたびに、その周囲でも笑い声が上がった。

 屋台。展示。進路相談。保護者向けの配信画面。

 廊下には、油で揚げた菓子の匂いが流れていた。普段は一定の音量で鳴る案内も、学生の笑い声に途切れた。


 ひなたの《ただ座る席》には、予想以上に人が来た。


 《ただ座る席》

 その手書きの札を見て、一人の生徒が問いかける。


「ここ、本当に何も話さなくていいんですか」


 ひなたがうなずいた。


「うん。座ってるだけでいいよ」


「でも、交流会ですよね?」


「そうだね」


「会話の記録は取られますか?」


「取らないよ」


 生徒は札をもう一度見た。


「……じゃあ、何をする場所なんですか」


「何もしなくていいんだよ」


 生徒は少し迷ってから椅子に腰を下ろした。


 しばらくして、肩の力が抜けた。



 しずくの朗読は午後二時からだった。


「それでは次は、繊細な感受性と豊かな想像力を生かし、文化広報の分野へ進む予定の、水無月しずくさんです」


 司会の紹介を聞いた彼女の手が、原稿の端を強く押さえた。


 その角は折れていなかった。


 ユウは客席の横に立っていた。

 玲奈は配信設備の近く。ゆらは出入口。

 ひなたは後ろの席へ来た。


 朗読が始まった。


 少女は、人とうまく話せなかった。

 診断を受け、自分の傾向を知った。


 マイクを通るしずくの声は、図書館で聞いた声より薄く響いた。

 言葉の切れ目に、紙を持ち直す音が混じった。


 しずくは途中で一度つかえた。

 ページをめくる。

 最後の一枚。


 背後の画面には、まだ読んでいない文章が出ていた。


《私は、ようやく本当の自分に出会えた。》


 司会者が舞台の端で合図を送る。

 設備担当が、締めの音楽へ手を伸ばす。

 しずくの口は動かなかった。


 ユウは唾を飲み込んだ。

 昨日、返す前にもう一度読んだ原稿には、本屋があった。ここに映っている文章には、その店がなかった。


 端末が振動した。


《進行支援の判断を準備中》


 ユウは画面を見なかった。


「しずく!」


 客席の何人かが振り返った。

 自分の声が、思ったより遠くまで響いた。


「昨日の続き、まだ聞いてない」


 しずくはユウを見た。

 それから原稿を見た。


「これは」


 マイクが声を拾った。


「私が書いた最後ではありません」


 担当職員が近づいた。


「制作過程のお話は、後ほど――」

「分かりやすく直してもらいました」


 しずくは続けた。


「だから、読んだ方がいいと思ってました。最後でも、今日は読めません」


 配信画面が別の映像へ切り替わった。

 玲奈が設備担当へ言った。


「進行記録は止めないでください。評価に使うなら、何が起きたか全部残して」


 担当者はためらったあと、記録用の表示を確認した。


 しずくは鞄から、折れた紙を出した。


 家への帰り道。

 小さな本屋。

 一冊の本。


 短い結末を読んだ。


 拍手は、そろわなかった。

 戸惑った人もいた。隣と顔を見合わせた人もいた。

 静かに手を叩き続けた人もいた。


 用意されていた音楽は、流れなかった。

 ユウはようやく息を吐いた。手の中で、消えた端末の画面が汗ばんでいた。


 舞台を下りたしずくは、廊下へ出た。

 ユウが追いつく。


「ごめん。余計なこと言ったかも」

「呼ばれなかったら、たぶん読んでた」

「じゃあ、よかった?」

「まだ分からない。すごく怖い」


 原稿が細かく震えていた。

 ユウは、よかったと言わせようとしなかった。隣に立った。

 さっきまで近かった屋台の匂いが、また廊下の向こうから届いた。


 ひなたたちが来た。


「評価、下がるかな」

「予定への適合は、下がると思う」


 玲奈が答えた。


「玲奈!」

「でも、どの結末を自分の作品として読めるかは、本人が説明した。その記録はある」


 玲奈は端末を差し出した。

 ゆらが原稿をのぞき込む。


「その本屋で手に取った本、何?」

「決めてない」

「そこ、気になるじゃん」


 しずくは少し笑った。

 ユウも笑った。今度は、喉につかえず声が出た。


 夕方、推薦面談は《再調整》になった。

 しずくは通知を読み、折れた紙を丁寧に伸ばした。

 折れ目は消さず、原稿の最後へ戻した。


 ユウは、その手つきを見ていた。

 舞台の拍手よりも、そちらを長く覚えていそうだった。

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