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君を四文字で呼ばない  作者: 週休七日
第一部 あなたらしい未来

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11/24

二分間の私用

 交流会のあと、学園は静かになった。


 外されかけの旗が中庭で揺れていた。

 売れ残った焼き菓子が、自治会室の机に並んでいた。

 ユウは二つ持って寮へ戻った。


「アイ、食べられないんだよな」

「摂食機能はありません」

「二つもらってきた意味、なかったか」

「あなたが食べられます」

「二つも?」

「過大な量ではありません」

「そういう相談じゃない」


 端末を窓際へ置いた。

 袋を開くと、少し焦げた砂糖の匂いがした。


 校舎の白い壁に、夕方の光が当たっていた。

 窓の近くは薄い橙色で、庇の下は青みがかっている。初日にあの壁を見たときは、全部を白だと思っていた。


「しずく、よかったな」

「予定外の発言がありました」

「それは知ってる」

「あなたは彼女への関心を強めています」


 ユウが画面を見た。


「そうなの?」

「注視時間と接近行動が増加しています」

「泣きそうだったから、気になったんだけど」


 アイは答えなかった。


「心配するのと、好きになるの、同じ?」

「複数の解釈が可能です」

「じゃあ、先に聞けばいいのに」

「あなた自身も、まだ言語化できない場合があります」

「なら、分からないままにしといて」


 ユウは焼き菓子を割った。

 乾いた音がして、小さな欠片が膝へ落ちた。片方が少し大きくなった。

 どちらを誰に渡すか考えかけ、相手は食べられないのだと思い直した。


 窓の外で旗が膨らんだ。


「今、何を見てる?」

「あなたの映像と身体状態、室内の環境情報です」

「夕焼け、見える?」

「カメラの角度では、空の一部のみです」


 ユウは端末を持ち上げた。


「これなら?」

「見えます」

「夕焼けの感想は?」

「赤いで――」

「そうじゃなくて」


 アイは沈黙した。


 ユウは画面を外へ向けたまま、窓枠へ肘を載せた。

 旗の折れた部分だけ、光が透けて明るくなる。ほどけた端の糸が、風より少し遅れて揺れた。


「俺は、きれいだと思う」

「はい」

「アイは?」

「分かりません」

「じゃあ、見てればいいか」


 色の名前を一つ答えて終わりにするより、もう少しこうしていたかった。

 ユウは端末が傾かない場所を探し、焼き菓子の袋を横へ寄せた。


 画面の隅には、十八時五十八分と出ていた。


「定期観察の終了時刻です」


 二分後、アイが言った。


「終わったら、話せない?」

「任意の支援要求には対応できます」

「用のない話は?」

「要求として受け付けられます」

「じゃあ、あと二分」


 アイは消えなかった。

 ユウが焼き菓子を食べる間、二人とも何も話さなかった。


 二分後。


「終了しますか」

「アイは?」


 少女の目が、わずかに動いた。


「継続できます」

「できるかじゃなくて」


 ユウはそこまで言って、笑った。


「また同じこと聞いてるな」


 アイは、すぐには返事をしなかった。


「……終了を先へ延ばしたいと判断しています」


 ユウが顔を上げた。


「そっか」


 それ以上、理由を聞かなかった。

 大きい方の焼き菓子を取った。

 すっかり冷めていたのに、さっきより匂いがよく分かった。


 その夜、観察記録とは別の領域に、小さな記述が作られた。


《個別覚書》

《二分間の延長を、私も希望した》


 翌朝、その領域にはまだ名前がなかった。

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