喫茶六一四二九
四日目の自由活動で、五人は商店区へ出た。
学園の認証門を通った先には、小さな通りがあった。パン屋、衣料品店、文房具店。どの店にも、利用者のTYPEに合わせた推奨表示が出ている。
ひなたには交流型カフェ。
しずくには静かな個人席。
玲奈には作業効率を高める飲料。
ゆらには期間限定の新商品。
ユウにだけ、何も出なかった。
「うらやましい」
ゆらが言った。
「おすすめが出ないのがうらやましいか?」
「おすすめ全部断るの、意外と疲れるからさ」
通りの端に、小さな喫茶店があった。
看板には《61429》とだけ書かれている。
木の扉の取っ手は、塗装が少し剥げていた。
「何の数字だろう?」
「営業登録番号よ」
玲奈が答えた。
「店名はないの?」
「あるけど、更新申請が面倒でね」
扉の向こうから、男が顔を出した。
「名前で呼ばれたいのは山々なんだが、数字でもコーヒーは淹れられる」
男は小野寺と名乗った。
胸元のTYPEはINTJだった。
ゆらが玲奈を見た。
玲奈はすぐに言った。
「何」
「いや。よくしゃべるINTJもいるんだなって」
「私も必要なことは話す」
「その必要の基準が違うんだよ」
店には、形のそろっていない椅子が並んでいた。
窓側の一脚だけ、背もたれに細い傷がある。
ユウがそこへ座ると、小野寺が聞いた。
「何にする?」
「おすすめはありますか?」
「コーヒー」
「じゃあ、それで」
「苦いぞ」
「……ココアにします」
小野寺は笑った。
「おすすめに従わなかったな?」
「先に苦いって言われたので」
「では、ココアはとっても甘いぞ」
甘いことに変える理由はなかった。
ココアは熱かった。
ユウが息を吹きかけると、湯気が細く崩れた。
味を聞かれ、彼は「甘い」と答えた。
「それは砂糖を入れたからね」
「じゃあ、あったかい」
「それは温めたからね」
「感想、難しいな」
「難しく考えなくていい。もう一度飲みたいかだけ覚えときな」
ユウはもう一口飲んだ。
カップには、青い線が入っていた。
欠けた縁を直した跡だった。
「交換しないんですか」
「まだ使えるから」
しずくが、そこで顔を上げた。
「修理、きれい」
「知り合いに直してもらった。前より好きになったよ」
ひなたの表情が曇った。
「小野寺さん。朝倉さん、最近来てる?」
「まほちゃん? 先週は来たな」
「連絡の返事、なくて」
小野寺はカウンターの中で手を止めた。
「配置の見直しがあるとは言ってた」
朝倉まほは、ひなたと同じ生活支援の研修を受けていたという。
人前ではよく笑い、一人になるとよく黙る子だった。
「疲れてたのかな」
ひなたが小さく言った。
小野寺は、彼女のカップへ水を足した。
「疲れてたかもしれない。忙しかったかもしれない。返事したくなかったかもしれない。それは本人に聞かないと分からないな」
「……うん」
店の奥で、通知音が鳴った。
小野寺は画面を見て、すぐに消した。
ユウには、《運営適合性の再審査》という文字が見えた。
店を出る前、ユウは端末を窓際へ置いた。
「アイ。このカップ、青だよな」
「青色の補修線が確認できます」
「前より、青く見える」
「知覚状態の変化を記録します」
「記録するだけ?」
「ほかに希望する対応はありますか」
ユウは少し考えた。
「きれいだって言ったら、変かな」
「変だと判断する根拠はありません」
「それ、初日も言ってた」
アイはカップを見ていた。
ユウは写真を一枚撮った。
五つのカップ。
机の端の古い本。
傷のある椅子。
画面の中には、窓に反射したアイの顔も、小さく写っていた。




