返事をしない放課後
面談から戻ったひなたは、いつもより大きな声で挨拶した。
「ちょっと予定を詰めすぎてただけみたい。心配かけてごめんね」
笑顔はいつもと同じだった。
けれど、鞄を下ろすまで、その表情はほとんど変わらなかった。
自治会室の四人は、すぐには返事をしなかった。
「何、この空気?」
「担当は減ったの?」
玲奈が聞いた。
「自己管理の見直しってことで」
「つまり?」
「まだ減ってない」
ゆらは工具を机に置いた。
「仕事は減らさずに、自分で何とかしろってこと?」
「無理な依頼は断ればいいって」
「でも、さっき役割遂行率が下がったって通知が来たんでしょ?」
「……うん」
「断って休んでも評価が下がるなら、簡単に断れないじゃん」
ひなたは口を開きかけた。
ひなたが鞄を置いたところで、端末が鳴った。
ユウがそちらを見ると、机の上の画面に、交流会の担当者の名前が出ていた。
ひなたは手を伸ばした。
けれど、指が画面に触れる直前で止まった。
着信音が鳴り続ける。
ユウは何も言わなかった。
ひなたの手が、ゆっくり膝へ戻った。
やがて、着信音が切れた。
少しして、同じ担当者からメッセージが届いた。
《急ぎじゃないから、あとで折り返してくれれば大丈夫!》
「……大丈夫だった」
ひなたが小さくつぶやいた。
「今すぐ出なくても、よかったんだ」
画面を見たまま、彼女の肩が少し下がった。
ゆらが机へ突っ伏した。
「世界、終わんなかったね」
「大げさ」
ひなたは笑った。
目の周りに小さなしわが寄った。朝には動かなかったところだった。
ユウは、自分も少し息を吐いていることに気づいた。
交流会の企画を見直すことになった。
もともとのひなたの担当は、《積極的な交流を促す休憩スペース》だった。
もともとの担当は、《積極的な交流を促す休憩スペース》だった。
「休憩なのに?」
しずくが首をかしげた。
「そこで何も話さなかったら、休憩に失敗したことになるの?」
ひなたは申請書を机の中央へ寄せた。
ユウも、並んだ項目を上から追った。
利用者数。
会話の回数。
新たな交流相手の人数。
休めたかどうかを尋ねる欄は、どこにも見当たらなかった。
「……ただ座る席にしようか」
ひなたが言った。
話しかけなくてもいい。
理由を説明しなくてもいい。
途中で立ってもいい。
申請は差し戻された。
《成果測定が困難です》
玲奈が返信を書いた。
《休憩設備の成果を交流回数だけで測る理由をご説明ください》
「怖い怖いよ」
「質問だよね」
「質問って怖いんだね」
「ユウを見てれば分かるでしょう」
ゆらとひなたが、聞こえるような、ひそひそ声で言った。
ユウが自分を指さすと、ひなたがまた笑った。
企画は条件付きで通った。
六席。常駐担当なし。見回り方式。
「ひなたも座れる」
ユウが言うと、彼女は少し困った顔をした。
「人といるのは好きなんだよ」
「うん」
「一人になりたいって言ったら、今まで全部、無理してたことにされそうで」
ひなたは申請書を閉じた。
「今日は疲れただけなんだけどね」
放課後、中庭のベンチで彼女を見つけたユウは、少し離れて手を振った。
ひなたは自分の隣を叩いた。
「今日は、いい」
ユウは座った。
日が当たっていた座面は、廊下の椅子より温かかった。
「交換する?」
ひなたが飲み物を持ち上げた。
「今日は、そのままで」
しばらく黙っていた。
ひなたがあくびをして、目の端をぬぐった。
髪の外側に、夕方の光が細く当たっていた。栗色の内側より、そこだけ橙色に近い。
顔を動かすと、その細い色も動いた。
ユウは最初に会ったときの髪を思い出そうとした。
栗色だったことは覚えている。こうして光ったかどうかは、覚えていなかった。
「何?」
「いや。眠そうだなって」
「眠いよ。今日は」
ひなたは隠さず、もう一度あくびをした。
ユウは飲み物を一口飲んだ。
「十五日目、何する?」
「まだ決まってない」
「俺、予定を入れられなかった」
「じゃあ紙に書けば?」
ひなたは、交流会で使う札の裏を一枚ちぎった。
「みんなでどっか行く?」
「アイも?」
「画面を持ってけばいいんでしょ」
ユウはうなずいた。
ひなたは紙へ書いた。
《十五日目、六人でどこかへ》
場所は決まらなかった。
ユウは受け取った紙をすぐにはしまわず、ベンチの上で一度読み返した。




