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君を四文字で呼ばない  作者: 週休七日
第一部 あなたらしい未来

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笑わない天城ひなた

 三日目の朝、ひなたは二つの鞄を持っていた。


 一つは自分のもの。

 もう一つは、足を痛めた学生のものだった。


「これくらい、いいって」


 その学生を送り終える前に、別の呼び声がした。


「受付、十五分だけ代わってもらえない?」

「何時?」

「十二時半」


 ひなたの昼食は十二時十五分からだった。


「……分かった」


 端末が鳴った。

 資料の修正。欠席者への連絡。掲示物の差し替え。


 ひなたは通知を見ると、歩く速度を上げた。人に呼ばれると止まった。

 ユウもそのたび、追いついたり、少し先へ出たりした。


 午前の作業は展示物の運び込みだった。

 通路の設備点検が長引き、箱が廊下に積み上がっていた。

 ひなたは自分の荷物を置き、別の班へ向かった。


「そっち、私が持つよ」


 ユウの端末に白い枠が現れた。


《A:手順を組み直してから再開する》

《B:困っている班から手伝う》


 下で小さな円が回っていた。


 ひなたが箱を持ち上げた。

 指先が滑った。


 箱は落ちなかった。

 ユウの手が、箱を支えていた。


「一回、置こう」

「大丈夫。持てる」

「じゃあ、俺が置きたいから付き合って」


 ひなたは彼を見た。

 二人で箱を下ろした。


 彼女の肩が下がった。

 笑っていた口元も、一度、閉じた。


「天城さん、こっちもお願いできる?」


 別の班から声が飛んだ。

 ひなたは振り向きかけた。


「ごめん、今、休憩してるところだ」


 ユウが言った。

 相手は「あ、ごめん」と答え、自分の作業へ戻った。


 それから、ユウを見た。


「……自分で言えたのに」


「ごめん。勝手に答えて」


「そうじゃなくて。言ってくれて、助かったんだよ」


 ひなたは床に置いた箱へ目を落とした。


「私も、ああ言えたらよかったなって」


 彼女は続けなかった。


 ユウも、その先を急いで聞かなかった。



 ゆらが台車を持ってきた。


「人手の前に車輪を増やそう。文明の力があるんだから」


 玲奈が経路を組み替え、しずくが行き先の札を貼った。

 ひなたが休んでいる間も、箱は運ばれていった。


 昼休み、彼女は食堂へ来なかった。


 講義棟の裏へ回ると、階段に座っていた。

 端末を伏せ、膝に両手を置いている。いつもならユウを見つけると上がる手が、そのままだった。


「隣、座っていい?」

「今日は、ちょっと」


 ユウは足を止めた。


「あ、ユウが嫌なわけじゃなくて」

「うん」

「怒った?」

「怒ってない」

「本当に?」


 ユウは少し考えた。


「一人でいたい人に、ずっと大丈夫って言わせるのも変だな」


 自動販売機で水を買った。


「これは、いる?」


 ひなたは少し迷ってから手を伸ばした。


「いる。ありがとう」


 冷えた容器を渡すと、彼女は両手で包んだ。


 階段から離れたところで呼び止められた。


「さっき、私、笑ってなかった?」

「笑おうとしてた」


 ひなたは自分の頬に触れた。


「そっか」


 午後、彼女には面談を勧める通知が届いた。


《役割遂行率の低下を確認》

《自己管理と適応状態の見直しを推奨します》


「面談、予約しなきゃ」


 ひなたは画面を閉じた。

 ユウの端末には、午前の記録が残っていた。

 Bに付いた印と、その時刻。


 箱を下ろしてから、しばらく経ったあとの時刻だった。

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