止まってしまう機械
二日目の朝、廊下の清掃機が止まっていた。
床には水が広がり、学生たちが手前で足を止めている。
ひなたは別の道を案内し、職員へ連絡した。
「壊れた?」
ユウが聞くと、壁のアイが答えた。
「監督信号が途絶えたため、停止しました」
「人が通れなくなってるけど」
「安全を確認できないまま動き続けないための機構です」
ゆらが水たまりの手前へしゃがんだ。
「じゃあ、違う監督につなげば?」
「停止理由を確認してから切り替えます。担当を替えるだけで警告を消すことはできません」
「ちゃんとしてるね、床掃除」
廊下の向こうから、職員がモップを持ってきた。
五人は別の道を通った。
講義室の正面には、十六の色に分かれた円が映っていた。
《あなたらしさを、社会の力に。》
壇上の男は佐伯と名乗った。
第十六人格適性研究区画の責任者だという。
「TYPEは、人間の優劣を決めるものではありません」
落ち着いた声だった。
「苦手なことを無理に続け、心身を壊してしまう人がいます。能力があるのに、適切な場所へたどり着けない人もいる。私たちは、そのすれ違いを減らすために支援しています」
画面には、就職後の定着率や生活満足度の推移が表示された。
玲奈は熱心にメモを取っていた。
ゆらは肘をついていたが、目は画面を見ていた。
「推奨と違う仕事を選んでもいいんですか」
ユウが聞いた。
「もちろんです」
「その場合、何が変わりますか」
「支援内容が変わる場合があります。適性奨学金、職業訓練費、居住補助などですね」
「選べるけど、支援が減るということでしょうか」
「限られた資源を、効果が見込める場所へ配分する必要があります」
佐伯は否定しなかった。
「あなたも、得意な人へ仕事を頼むでしょう」
「その人が、やりたいかどうかは聞きます」
教室のどこかで椅子が鳴った。
佐伯はユウを見た。
怒った様子はなかった。
「そのために面談があります。数値だけで決めるわけではありません」
「数値と面談が違ったら?」
「再評価を行います」
「面談した人の答えを変えるんじゃなくて?」
ひなたが、机の下でユウの袖を引いた。
佐伯は少しだけ笑った。
「よい質問です。制度は間違えることがあります。だから、不服申立てと外部審査の仕組みがあります」
次の画面には、相談窓口が並んでいた。
学内相談。
地域調整。
外部審査委員会。
最後の窓口だけ、手続きの説明が長かった。
講義のあと、ひなたが肩を落とした。
「責任者にあんなに質問する人、初めて見た」
「気になったから」
「それは伝わった」
玲奈が口を挟んだ。
「質問自体は妥当だったわ。ただ、佐伯先生の説明にも筋は通っていたわ」
「玲奈は、この制度好きなの?」
「私が今ここで勉強できているのは、適性奨学金のおかげ」
玲奈の声が、少し硬くなった。
「全員が、自分で好きな道の費用を払えるわけじゃないのよ」
ユウは口を閉じた。
しずくが、講義でもらった冊子をめくった。
表紙には《TYPEは自己理解の参考情報です》。
中には補助額と優先順位。
最後には《あなたらしい未来への同意》という署名欄があった。
しずくは署名せず、冊子を鞄へしまった。
午後の共同課題は、六日目に開催される適性交流会の準備だった。
担当表は、すでにできていた。
ひなたは総合進行と参加者支援。
しずくは朗読展示。
玲奈は予算と運営管理。
ゆらは当日の突発対応。
「突発対応って、準備することないじゃん」
ゆらが言うと、担当職員は笑った。
「臨機応変さがあなたの長所だからね」
「便利な長所ですね」
ゆらも笑った。
机から手帳を取り、鞄へしまった。
開いたページには、時刻と作業名が細かく並んでいた。
教室を出ると、清掃機はまだ止まっていた。
職員がモップを片付けていた。床の水はなくなっていた。




