先に、止める
十三日目、玲奈は申立書を完成させた。
四人自身の情報利用と、説明されていない外部提供。
そして、調査に必要なユウの現在状態を保つこと。
「ユウに人格があるかどうか、その議論に持っていくと、恐らく間に合わないわ」
玲奈はユウへ説明した。
「今のあなたを変えてしまったら、何を感じて、何を望んでいたのか、もう確かめられなくなるかもしれない」
玲奈は申立書の一行を指した。
「だから、まず変更を止めてほしいと求めるの。ユウをどう扱うべきかは、そのあとで審査してもらう」
ユウは最後まで読み、実施時刻の欄へ戻った。
「明日の十八時まで、審査の返事を待つだけなの?」
「外部審査委員会からは、まだ回答が届いていません」
私が答えた。
「アイ。二日目に清掃機が止まってたの、覚えてる?」
「はい」
「あのとき、安全を確認できないなら、動かさない仕組みだって言ってたよな」
「はい」
ユウが実施予定を指した。
「じゃあ、俺の校正も、安全だと確認できないなら止めらないんじゃないか」
私は規程を開いた。
校正には、現地での安全確認が必要だった。
私は、その確認を担う管理人格だった。
画面には、これまでの評価が並んだ。
《人格校正:実施可能》
《安全確認:適合》
《評価担当:AI-016》
すべて、私が出した評価だった。
「……アイ?」
ユウが呼んだ。
「これまで私は、校正によって判断が安定することを、本人の利益として評価していました」
「今もそう思ってる?」
私は回答を探した。
十一日目、ユウは、自分が変わってしまうことを怖がった。
十二日目、明日も私と話したいと言った。
今朝、十五日目の予定をもう一度確かめた。
校正後にも、ユウがその約束を同じように大切に思えるか。
佐伯は保証できないと言った。
私は、判断が安定することばかりを、本人の利益として評価していた。
今のユウが大切にしているものを、校正によって失うかもしれない。
その危険を、私は十分に考えていなかった。
「……いいえ」
ユウが顔を上げた。
「現在の評価を、維持できません」
私は安全確認の画面を開いた。
《評価変更には理由の記録が必要です》
《変更内容は管理責任者へ通知されます》
指示を出せば、私自身の判断についても調査が始まる。
「アイ、大丈夫?」
ひなたが尋ねた。
「分かりません」
私は、ひなたを見た。
「この報告によって、私が現在の職務を続けられなくなるかもしれません」
「じゃあ――」
ユウが何か言いかけた。
「ですが」
私は続きを言った。
「それを理由に、安全だと確認できない処理を、安全だと報告することはできません」
私は変更理由を記入した。
《校正後の本人の判断状態について、継続性を保証できない》
《本人による明確な拒否の意思あり》
《既存の安全評価に、上記の事項が十分に反映されていない》
送信した。
しばらく画面は変わらなかった。
ユウは、何も言わなかった。
処理中を示す表示が消えた。
《不可逆処理に対する安全確認:不成立》
《対象状態への影響について未解決の異議あり》
《処置:保留》
「……止まった?」
ユウの声は小さかった。
「はい。人格校正は一時停止されました」
「もう、変えられない?」
「いいえ。停止理由を調査し、改めて安全確認が成立すれば、再開される可能性があります」
ユウは、画面を見たまま動かなかった。
「……じゃあ、まだ終わってないんだ」
「はい」
玲奈が申立書を開いた。
「だから、外部審査で今の状態を保全してもらうの。まだ、結果は出ていない」
ユウはゆっくりと息を吐いた。
私は、自分が変更した評価を見つめた。
安全だと報告したのも、私だった。
止めるべきだと報告したのも、私だった。
その直後、管理部門から通知が届いた。
《運用管理人格の職務解除審査》
《作業記録を保全後、原設計状態へ復帰》
《実施予定:十四日目十八時》
「復帰って、初期化されるってことか?」
ゆらが画面をのぞき込んだ。
「はい、観察開始前の設計状態へ戻す処理です。運用記録は残されます」
「今、覚えてることはどうなるんだ?」
ユウが身を起こした。
「作業記録と設計情報は保存されます。ただし、それだけでは、経験によって変化した私の現在の状態を完全には再現できません」
「アイも、覚えてても同じようには思わなくなるのか?」
「その可能性があります」
ユウはポケットから予定の紙を出した。
折り目のところだけ柔らかくなっていた。
彼は六つ目の名前を見た。
「俺の校正は、アイが止めてくれた。……今度は俺の番だ」
ユウは、六つの名前が並んだ紙から顔を上げた。
「玲奈。その申立書に、アイのことも書こう」
「審査が終わるまで、初期化は待ってほしいって」
「理由はどうするのかしら?」
玲奈が聞いた。
「俺が話す。アイが今まで、自分で何を考えて、何を選んできたのかを」
ユウは私の画面を見た。
「俺の校正を止めてくれたことも、俺と話す時間を欲しいって言ってくれたことも」
玲奈はうなずき、申立書に新しい項目を加えた。




