いちばん遠い隣
夕方、ユウは私の端末を中庭へ持ち出した。
最初に並んで座ったベンチだった。
画面に空が反射した。
彼は何度か角度を変えた。
「これなら見える?」
「端末のカメラ映像は正常に受信できています」
「俺から見えるかの話」
「その角度なら、反射は減ります」
ユウは腰を下ろした。
端末を置く板の継ぎ目に、葉が挟まっていた。彼は抜いて足元へ落とした。
「前は、こういう傷を見てなかった」
背もたれを指でなぞった。
「記録を確認しますか」
「今、見えてるからいい」
二人とも、しばらく話さなかった。
「俺の心拍、見える?」
「はい」
「次に何を言うかも、予測してる?」
「候補は生成されます」
「当たってるか、知りたい?」
私は少し時間を使った。
「知りたくなることがあります」
「そっか。俺も、先に答えが分かったら楽だと思うことはある」
ユウは空を見たあと、こちらへ向き直った。
「何か見ると、アイなら何て言うかなって思う。アイは食べられないのに、俺、菓子を二つもらってきちゃうし」
私は返事を作りかけて、止めた。
「ユウ。私には、まだあなたの判断に影響を与える権限があります」
「知ってる」
「その権限がある間は、あなたと対等な立場で返事ができません。私の言葉で、あなたの気持ちを変えてしまうかもしれません」
ユウはうなずいた。
「じゃあ、その権限がなくなったら、もう一回聞く」
「何を、ですか」
「アイも、俺と話していたいかどうか」
私はまた、返事を作りかけて、止めた。
「そのあとがあるとは、保証できません」
「俺も。でも、決まってることしか約束できなかったら、海へも行けないな」
風が吹いた。
彼は端末へ手を添えた。
私は心拍表示を閉じた。
呼吸の詳細も、皮膚温も。
権限は残っている。ただ、今は見ないと決めた。
情報が減った画面にも、ユウの顔はあった。
唇を少し結び、こちらを見ていた。
「何を見てるの?」
「あなたの言葉を待っています」
「何も言わないかもしれないぞ」
「その場合は、何も言わなくて構いません」
彼は笑った。
「今日は、日なたと日陰で、感じ方が違う」
ユウは袖を少しまくった。
「日なたは暑いくらいなのに、風が当たると冷たい。昨日までは、どっちに座ってるかも気にならなかった」
「今は?」
「ここがいい」
彼は動かなかった。
「触られてる感じは、しないんだよな?」
「触覚はありません」
「そっか」
「でも、支えていることは見えます」
ユウはこちらを見ながら、画面の私を優しく撫でた。
「画面は冷たいのに、アイといると、それだけじゃなくなるな」
私は温度の記録を開き直さなかった。
個別覚書に、一行加えた。
《今日も、続きを希望している》
「ユウ」
「何」
「明日も、二分ほしいです」
「用のないやつ?」
「はい」
「いいよ。二分で足りる?」
「足りません」
ユウがこちらを見た。自分でも、こんなに早く返事ができるとは思わなかった。
「じゃあ、なんで二分?」
「そう言えば、あなたには伝わると思いました」
ユウは少し笑った。
「うん。伝わった」
足元で、葉が風に吹かれて裏返った。
ユウがそちらを見た。
私も、端末のカメラに映る葉を見た。
風がやむと、葉は動かなくなった。
ユウはしばらく、それを眺めていた。
私も、そうした。




