十一日分の思い出
ユウは午後を医務室で過ごした。
窓があった。
椅子があった。
彼は一脚へ座り、包まれたパンを机に置いた。
岸は、身体に急な危険はないと説明した。
「判断の支援と、呼吸や循環は別です。食べることも、眠ることもできます」
「見える色が変になったのはなんでだったんですか?」
「感覚を均一に保つ補正が入っています。経験の中で何を重要だと感じるかによっても、働き方が変わります」
「逆に、前より色がよく見えてたのも?」
「その影響が含まれます。今は負荷がかかって、抑える方が強く出ています」
ユウは窓を見た。
「最初に説明するべきことでした」
岸が言うと、彼は顔を戻した。
「知ってたんですか」
「身体の構造は。説明については別の担当に任せて――」
岸は言い直した。
「いえ、私が確かめませんでした」
ユウは返事をしなかった。
四人が医務室へ来た。ひなたと目が合って、ユウは目を落とした。
「……ひなた。さっき、ごめん」
ひなたが入口で足を止めた。
「先生に怒ってくれたとき、俺、うれしかったんだ。それなのにあんなこと聞いて、言えてなかったから」
「……うん。あれはちょっと、悲しかった」
ユウはうなずいた。ひなたは隣の椅子に手をかけた。
「ねえ、ユウ。ここ、自由席?」
「うん」
「おすすめの席は?」
ユウはそこで、ひなたの顔を見た。
「……隣がいい」
「じゃ、ここにする」
ひなたは椅子を引いた。
しずくが本を膝へ置いた。
「私の結末は、他の人に直されてた。でも、最後に何を読むかは私が変えた」
「俺の言葉は、機械が手伝ってる」
「それを知っても、呼ばれたことはなくならない」
ゆらが私へ向いた。
「通信がなかったときの記録、出せる?」
私は保管領域を開いた。
《OBSERVATION ARCHIVE》
この十一日間の記録だった。
ひなたと一緒に運んだ箱。
しずくを呼び止めた朗読会。
雨の中、ゆらの腕をつかんだ瞬間。
玲奈から分けてもらった煮物の味。
「転びそうな人をつかむのは、反射かもしれないよね」
ゆらが言った。
「はい」
私が答えた。
「じゃあ、ベンチの日は?」
ゆらに言われて、私は中庭の記録を開いた。
《B:一人で休息》
その下に、備考が一行あった。
《管理支援人格との会話あり》
「これ、アイとしゃべったら、いつも付くの?」
「いいえ。あの日は、ユウに、記録を訂正するよう言われました」
ユウはしばらくその一行を見ていた。
「アイ、あのとき、俺が頼んだら座ってくれたろ」
「はい」
「なのに部屋に戻ってみたら、『一人で休息』って。それじゃ、アイがいたこと、どこにも残らないじゃん」
玲奈がユウの隣から画面をのぞいた。
「外から届いた答えは、上のBよね」
「はい」
「私、その一行だけ見てたら、ユウは一人になりたかったんだと思ったわ」
「アイには、いてほしかったよ」
「うん。今、ユウに聞いて分かった」
ユウはもう一度、備考に目をやった。それから記録を送り、ひなたの箱が映ったところで指を止めた。
「覚えてる。箱、重かった。俺も置きたかった」
次は、しずくの舞台だった。
「声が出る前に、喉が詰まった」
雨。手帳。玲奈の電話。
記録を送る指が何度か止まった。
彼はパンを取った。
「この紙の端、開けやすくしてくれた?」
「うん」
「やっぱり」
しずくが答えた。
ユウは折り返しをつまんだ。紙が開いた。
一口かじり、時間をかけて飲み込んだ。
「パンがカピカピだー」
「昨日のだから。飲み物、いる?」
「うん。でも、パンは少し甘い」
水を飲んで、もう一度パンを見た。
「十一日分、あるんだな」
ゆらが手帳を叩いた。
「私の予定なら、三週間先まであるけど」
「俺より長いじゃん」
「追い越せばいいだけじゃん」
ひなたが少し笑った。
ユウはその顔を見た。
「……あの時、髪のふちだけ、少しオレンジ色に光ってた」
「何、急に」
「中庭のベンチ。ひなたがあくびしてたとき。今、思い出した」
ひなたは髪へ手をやり、途中で下ろした。
「そっか」
補正はまだ強く働いていた。
ユウは、見る場所を少しずつ変えた。
カップ。窓。しずくの膝の本。
「同じように見えなくなったら、覚えてなくなったら」
ユウはポケットから予定の紙を出した。六つの名前を指で追い、《海》のところで指を止めた。
「十五日目にさ。俺、この紙を見て、約束したのは覚えてるのに……もう、みんなと行きたいって思わなくなってたら」
少し間が空いた。ユウがもう一度、口を開いた。
「嫌だ」
五人の声が重なった。
ユウは紙から顔を上げた。ひなたも驚いた顔で、隣のしずくを見ていた。
「……俺が言おうとしたのに」
「言ってたよ。ちゃんと聞こえた」
ひなたがそう言うと、ユウはもう一度、紙を広げた。今度は、画面の中の私にも六つの名前が見えるように。
「六人で行こうな」




