俺が、そう言った?
休憩のあと、ユウは自分の記録を見せてほしいと言った。
画面に観察報告書が開いた。
天井には、六本の照明があった。
最初の一行で、ユウの指が止まった。
ページを送った。
白い部屋。レモネード。食卓。
ベンチ。喫茶店。雨。
「……誰が書いたんだ」
私は答えなかった。
「アイ」
ユウが私を見た。
「これ、誰が書いたかわかる?」
「私です」
「誰が読むために書いたの?」
「外部観察者です」
「俺の行動を選んでた人であってる?」
「はい」
ユウの呼吸が浅くなった。
私はその意味を、すぐに言葉へ変えなかった。
ここまでの文章は、私が当時送った経過記録をもとに、後からまとめ直している。
私の覚書と、本人たちが話してくれたことも加えた。ユウの内心として記した部分も、彼に読んでもらい、言葉を確かめた。
全てを、当時の観察者へ送ったわけではない。
だが、この部屋で彼が読んでいたのは、修正前の記録だった。
感覚情報。施設内の映像と音声。発話。
私はそれを文章にした。
外部観察者へ、仮想の人物の生活として届けた。
回答の集計画面が開いた。
《分析対象:外部観察者》
《回答数:36》
《適用先:SUBJECT-00》
「その人たちは、アイが書いたものを読んで答えていたかしら?」
玲奈が聞いた。
「はい」
「ユウと直接会ったこともないのよね?」
「ありません」
「しかも、回答したのは三十六の場面だけでしょう」
「はい」
玲奈は回答の一覧を指した。
「それだけで、その人がどんな性格なのか分かるものかしら?」
「回答傾向から、人格特性を推定します」
「推定なんでしょ?」
「はい」
「その推定した性格を、今度はユウに当てはめられるの?」
「校正に使用する人格情報として扱っています」
玲奈は画面を見たまま、短く息を吐いた。
ユウが、しずくについての記述を開いた。
《恋愛感情が形成されつつあると推定》
「俺が、そう言った?」
「いいえ」
「心配しただけだって、言ったよな」
「その発言も記録しています」
「なのに、俺が言ったことじゃなくて、アイが推測した方を使ったの?」
ユウは画面の一文を再度指した。
「これを使って、俺としずくが会う予定を調整した?」
私は、彼が誰かへ近づいたことを記した。
そこに好意の可能性があるとも記した。
接触が増えると、それを好意の裏付けとして扱った。
ユウに続きを送らなかった。
「俺が嫌だって言うのは、どう書く?」
私は解釈欄を閉じた。
「あなたが嫌だと言った、と書きます」
「今度は、それでいい」
しばらくして、彼は喫茶店のページを開いた。
「このカップを回したのは覚えてる。好きだったから、こっちに向けたんだと思う」
そこで少し止まった。
「思う、まで記録に残して。今、そう思っただけだから」
「はい」
私は記録を修正した。
《ユウは、青い補修線を自分の方へ向けた理由について、好意があったためだと現在は考えている。ただし、当時の動機は確定していない。》
玲奈が申立書を開いた。
「目的外利用と外部提供に異議があります」
玲奈が言った。
「後から説明を受けたからって、それまでの利用に同意したことにはしません」
玲奈は記載した申立書を四人へ回した。
ひなた、しずく、ゆら。
それぞれが内容を確認し、自分の名前で署名した。
ユウも端末を受け取った。
「俺も、出したい」
名前の欄に《ユウ》と入力した。
けれど、次の画面へ進まなかった。
《申立人登録を確認できません》
「……何で?」
ユウはもう一度、名前を入力した。
同じ表示が出た。
「俺のことを調べる実験なのに、俺は嫌だって言えないの?」
玲奈が端末をのぞき込んだ。
「申立人として登録できないだけよ。あなたの意思まで、なくなるわけじゃない」
岸が顔を上げた。
「面談記録には残せます」
ユウは画面を見た。
「じゃあ、この表示と、俺が嫌だって言ったことを一緒に残しといてください」
岸がうなずいた。
「面談記録へ残します。システムが受け取らなくても、私が受け取ります」
外部配信は停止された。
観察者へは、実験の実態と異議の内容が通知された。届いた返答には、継続を望まないとあった。
すでに適用された判断を、なかったことにはできなかった。
ここから私は、自分を「私」と記す。
配信を終えた後のことは、保全された記録と、掲載を許可された会話をもとに書く。
ユウはベンチの日を開いた。
《管理支援人格との会話あり》
私が分類した一行の下に、書かれた一行があった。
画面を閉じる前に、彼はその文字へ指を置いた。
私は何を感じたのか尋ねなかった。
そこへ、説明を足さなかった。




