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君を四文字で呼ばない  作者: 週休七日
第一部 あなたらしい未来

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2/14

四文字の食卓

 食堂には、座席の推奨表示があった。


《交流を楽しみたい方:中央席》

《静かな時間を大切にしたい方:窓側席》


 それぞれの下に、対応するTYPEが並んでいる。

 さらに小さな文字で、《どの席も自由にご利用いただけます》と書かれていた。


「おすすめじゃない席に座るとどうなるの?」


 ユウが聞くと、ひなたは少し考えた。


「別に怒られたりしないよ」

「じゃあ、何で分けてるの?」

「初めて来た人でも、居心地のいい場所を選びやすいからじゃないかな?」

「なるほど」

「まあ、混雑してると移動をお願いされることはあるけど」

「自由なのに?」

「"お願い"だから」

「断ったら?」

「ユウ、案内係をいじめるタイプ?」

「まだ分からない」

「あ、そうだった」


 ひなたは苦笑した。


 中央の六人掛けには、すでに二人が座っていた。


 一人は黒髪の少女だった。机に端末を二枚並べ、食事をしながら数字を見ていた。

 もう一人は短い赤茶色の髪をした少女で、まだ食事も受け取らず、椅子の背もたれを前にして座っていた。


「椅子の使い方には推奨とかないのか」


 ユウが言うと、赤茶色の髪の少女が振り向いた。


「あるんじゃない? 背もたれを背中に置くとか」

「分かってるんだ」

「理解と実践は別だから」

「その理屈を使う前に、食事を受け取ってきなさい」


 黒髪の少女が、端末から顔を上げずに言った。


「あとで行くって」

「さっきもそう言ってたでしょう」

「私のあとでは、まだ三分しか経ってない」

「あなたの時間の定義は聞いてないわ」


 赤茶色の髪の少女は、肩をすくめた。

 黒髪の少女が、ようやくユウへ顔を向ける。


「黒瀬玲奈。INTJ。自治会で生活申請を担当している」

「俺はユウ。よろしく」

「知ってるわ」


 玲奈はそこで一度止まった。


「……事前資料で、という意味」

「分かった」

「ならいいわ」


 赤茶色の髪の少女が、自分の胸元を指で弾いた。


「星野ゆら。ESTP。食事受け取り担当」

「勝手に担当を作らない」

「今、命じたのそっちじゃん」

「命令と担当の任命は違うわ」

「はいはい。細かいねえ」


 ゆらは笑った。

 ひなたが空いている椅子を引く。


「とりあえず座ろっか。しずくも来るはずだから」


 ユウが腰を下ろしたところで、食堂の入口に小柄な少女が現れた。

 深い青みのある髪を片耳にかけ、古い本を両手で抱えている。


「しずく、こっち!」


 少女はこちらを見つけると、急ぐでもなく歩いてきた。


「水無月しずく。INFP」

「ユウ。よろしく」

「知ってる」

「またか」


 しずくは首をかしげた。


「何が?」

「いや、何でもない」

「そう」


 しずくはそれ以上聞かず、ユウの向かいに座った。

 彼女の本には細い布が巻かれていた。表紙の角だけ、ほかの部分と紙の色が違っている。


「それ、直してるの?」

「うん」

「破れたから?」

「破れたし、綴じ糸も緩んでる」


 しずくは本を少しこちらへ向けた。

 補修された角には、新しい紙が小さく添えられていた。


「きれいだけど、元どおりにはならないんだな」

「ならないよ」


 しずくは継ぎ目へ指先を近づけた。


「元どおりにしようとすると、古い紙まで削ったり、取り替えたりしなきゃいけないこともあるから」

「じゃあ、どこまで直すの?」

「ちゃんと開けて、読めるところまで」


 彼女は本の角をそっと押さえた。


「戻すんじゃなくて、続きを読めるようにする」


 ユウは本を見た。

 新しい紙は、元の紙より少し白い。継ぎ目は残っている。

 しずくが一枚めくると、ページは途中で引っかからずに開いた。


「……なるほど」


 ユウがうなずくと、しずくは少し不思議そうな顔をした。


「何が?」

「直すって、元どおりにすることだと思ってたから」

「そういう直し方もあるよ」


 しずくは本を閉じた。


「私は、こっちの方が好きなだけ」


 それ以上は説明しなかった。


「はい、じゃあ文学談義は一旦終了!」


 ゆらが立ち上がった。


「私、そろそろご飯取ってくる。玲奈にまた怒られる前に」

「もう一度怒るわよ」


 玲奈は端末から顔を上げずに答えた。


「二回目は勘弁して」

「二回目を避けたいなら、最初から行動しなさい」

「ほら、始まった」


 ゆらは笑いながら配膳口へ向かった。

 しずくは本を鞄へしまい、自分の注文画面を開いた。


「あ、そうだ。ユウのご飯、まだ決めてなかったね」


 ひなたが言った。


 ひなたに促され、ユウも注文端末を開いた。


 焼き魚定食。

 ハンバーグ定食。

 野菜カレー。

 日替わり定食。


 料理の名前と写真が並んでいた。

 右前の学生の画面には、《あなたへのおすすめ》という表示が付いている。

 ユウの画面には、それがなかった。


《個別推奨:利用できません》


「ユウ、おすすめが出ないんだ」


 ひなたが画面をのぞき込む。


「TYPEがないから?」

「たぶんね。食事の好みも、登録されてないみたいだし」

「何を選べばいい?」

「何でもいいんだよ」

「何でもいいって、一番難しいな」

「確かに」


 配膳口で料理を待っていたゆらが、こちらを向いた。


「好きなの取ればいいじゃん!」

「好きなのが分からない」

「じゃあ、嫌いなのを避ければ?」

「嫌いなのも分からない」

「新入り、難易度高いな!」


 ひなたはメニューを見比べた。


「じゃあ、とりあえず普通の定食にしてみる? ほかの料理も、みんなで少しずつ分ければいいし」

「私の許可を先に取って」


 玲奈が箸を止めた。

 ひなたはそちらへ向き直る。


「玲奈、ユウに一口分けてもらえる?」

「いいけど」

「いいんだ」

「手順の話よ」


 玲奈はそう言って、また箸を動かした。


「本人に聞かずに決めるのは、違うでしょう」

「それは確かに」


 ひなたはうなずいた。

 注文を終えたしずくが立ち上がった。


「私のも、少しならいいよ」

「ゆらは?」

「一口なら! でも、私の大盛りを半分にするのはなし!」

「誰も半分とは言ってないわ」


 玲奈が言った。

 ひなたは改めてユウへ顔を向けた。


「どうする?」

「じゃあ、日替わり定食にする」

「了解!」


 注文ボタンを押すと、受取番号が表示された。

 ひなたと一緒に配膳口へ向かう。


 トレーには、ご飯と味噌汁、焼いた鶏肉、小鉢が載っていた。

 料理の名前は分かる。ただ、以前食べて好きだったのかは、思い出せない。


 席へ戻ると、玲奈は食事を終えかけていた。

 しずくはスープとパンを選び、ゆらは大盛りの皿を持ってきていた。

 ひなたも自分の定食を置く。


 全員の食事がそろった。


「じゃ、いただきます!」


 ひなたの声に合わせて、ユウも箸を取った。


 鶏肉は柔らかかった。

 味噌汁は少し熱かった。

 ご飯は、噛むと甘くなった。


「どう?」

「おいしいと思う」

「思う?」

「前に食べたのと比べられないから」

「おいしければ、おいしいでいいんじゃない?」

「そうか」


 ユウはもう一口食べた。


「おいしい」

「よろしい!」


 ひなたがうなずいた。

 ゆらは自分の揚げ物を小さく分けた。


「これ、食べてみ」


 口へ入れると、舌に刺激が残った。

 ユウは水を飲んだ。


「……辛い」

「だろ?」

「何でうれしそうなんだよ」

「初見の反応って面白いじゃん」

「性格悪いな」

「ESTPだから?」

「いや、ゆらだから」


 ゆらは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「それは否定できない」


 しずくは取り分け用の器へスープをよそってくれた。

 湯気が上がっている。ユウは少し冷ましてから飲んだ。

 玲奈の煮物は柔らかく、噛むと汁が出た。


「玲奈の、おいしいな」

「でしょうね。栄養と味の評価が安定しているメニューだから」

「そこは普通に、おいしいでよくないか?」


 ゆらが口を挟んだ。


「私が作ったわけじゃないもの」

「じゃあ、玲奈が作ったら褒めていい?」

「……その場合は、味を確認してからにして」


 ひなたが吹き出した。


 そのひなたの小鉢には、薄切りのニンジンが入っていた。

 ほかの料理は減っているのに、それだけが器の端に寄せられていた。


「それ、嫌い?」


 ひなたの箸が止まった。


「別に?」

「ずっと残ってる」

「観察、細かいなあ」

「案内係は、野菜のお手本も見せるのか」

「そんな担当、引き受けてないんだけど」


 ひなたは一枚だけ口へ運び、噛んで飲み込んだ。


「……ほら、食べられる」

「嫌いじゃないの?」

「嫌いってほどじゃないよ」


 そう言って、残りには手を付けなかった。

 ユウも、それ以上聞かなかった。



 食後、玲奈が生活資料を開いた。


「十四日間の滞在中は、宿泊と食事が支給される。生活観察と共同課題に参加して、最終日に進路面談。ここまでは私たちも同じ」

「その先は?」

「推奨先への移動。私は行政設計の研修。ひなたは生活支援。しずくは文化広報。ゆらは現場対応職の訓練」

「それ、みんながやりたい仕事?」


 四人の反応は違った。


 ひなたは「向いてるとは言われる」と笑った。

 しずくは、指先でパンくずを集めた。

 玲奈は「条件はいい」と答えた。

 ゆらは、ストローの袋を細長く折った。


「ユウは何がしたのかしら?」

「何が?」

「将来、何したいか聞いてるの」


 玲奈の問いに、ユウは答えられなかった。

 料理なら、一口食べてみることができた。

 仕事については、まだ名前しか知らないものが多かった。


「何から考えればいいか、分からない」


 玲奈が端末を閉じた。


「今から決めるための十四日間なんでしょう」

「十四日で決まるかな」

「決めるための期間と、決まるかどうかは別よ」

「じゃあ、決まらなかったら?」


 玲奈は口を開きかけ、少し待ってから答えた。


「それも、最終面談で確認することになるでしょうね」


 ひなたが、空いた椅子へ鞄を置き直した。

 六人掛けのテーブルに、五人が座っている。


 向こうの壁面画面には、アイが映っていた。

 椅子の背とひなたの鞄で、顔の下半分が隠れていた。


 ユウは椅子を少し横へ動かした。


「邪魔だった?」

「いや。アイが見えなかったから」


 五人の間から、少女の姿が見えるようになった。


「何かご用ですか」

「今のところ、特に用はない」

「では、待機します」

「そのままでいいよ」


 アイは消えなかった。

 ひなたがユウの視線を追って壁を見る。


「アイも、ご飯の時間はずっといるんだね」

「支援要求に備えて待機しています」

「ご飯、食べられないもんな」


 ゆらが言った。


「摂食機能はありません」

「知ってるって」


 ひなたが笑った。

 ユウは空いた椅子を見た。


 鞄を置けるだけの幅がある。

 その向こうには、画面の中の少女がいる。


 座席表示は、最後まで変わらなかった。


《利用者五名》


 ユウは壁の画面を見た。

 そこには、五人の話を聞いているアイがいた。

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