白い部屋には時計がない
天井には、六本の照明があった。
長さも、間隔も、明るさも同じだった。ユウは右端から数え、左端からも数えた。どちらから数えても六本だった。
それが分かったところで、ここがどこなのかは分からなかった。
「覚醒を確認しました」
少女の声がした。
正面の黒いガラスに光が集まり、白い服を着た少女の姿になった。銀色の髪。青い目。足元の輪郭が、わずかに透けている。
「十四日後、あなたの未来が決まります」
「……俺の?」
「はい」
「俺が決めるの?」
「あなたの判断が重視されます」
ユウは上体を起こした。
白いベッド。白い棚。黒いガラス。
窓も、時計も、荷物もない。
「それ、俺が決めるって意味?」
少女はすぐには答えなかった。
「必要な情報は順次説明されます」
「最初から、必要そうなんだけど」
少女は笑わなかった。
ユウは裸足を床へ下ろした。冷たい。
指は動いた。痛むところはない。
昨日のことを考えた。
何も出てこなかった。
「俺が誰かわかる?」
「ユウです」
彼は、その音を小さく繰り返した。
「ユウ」
聞き覚えはあった。
誰に呼ばれていたのかは、思い出せない。
少女の隣へ文字が浮かんだ。
《YU》
《TYPE:UNDEFINED》
「未定義?」
「現在の登録状態です」
TYPEという言葉は知っていた。
人の傾向を四つの軸で分類し、四文字で表すもの。進学や仕事、住む場所、共同生活の相手を選ぶときの参考にする。
その説明はできた。
自分の四文字がなんであったか、出てこなかった。
「診断は、受けた気がする」
「診断に関する記録は存在します」
「俺の?」
少女は、ほんの少し間を置いた。
「あなたに関連する記録です」
ユウは彼女を見た。
「似た答えなのに、ちょっと違うな」
扉が開いた。
白衣の女性が入ってくる。
胸に《岸》という名札があった。名前の上には、それより大きな四文字がある。
岸はユウの瞳をライトで照らし、手足を動かさせ、いくつか質問をした。
家族の名前。
以前の学校。
生まれた場所。
どれにも答えられなかった。
「分からないときは、分からないでいいから」
岸はそう言って、問診欄に線を引いた。
「適当に埋めなくていい」
「空けたままで大丈夫なんですか」
「今は大丈夫」
問診は進み、岸が退出すると、少女が扉の方へ顔を向けた。
「生活区画へ案内します」
「その前に。あなたの名前は?」
「管理支援人格AI-016です」
「長くない?」
「任意の略称を使用できます」
「アイでいい?」
少女の像が、一度だけ瞬いた。
「その呼称に応答可能です」
「嫌じゃないかって聞いたんだけど」
返事まで少し時間がかかった。
「嫌だと判断する根拠はありません」
「じゃあ、よろしく。アイ」
「よろしくお願いします、ユウ」
廊下も白かった。
床には青い案内線があった。色の名前は分かる。ただ、壁も床も、線まで薄く見えた。
突き当たりの扉が左右へ開く。
その向こうには学校があるようだった。
大きな窓。渡り廊下。中庭の木。
制服姿の学生が歩き、遠くで誰かが手を振っている。
「ユウくん?」
栗色の髪をした少女が、小走りで近づいてきた。
「ユウでいい」
「じゃあ、ユウ。私、天城ひなた。ESFJ。今日の案内係です」
彼女の胸元にも、名前より大きな四文字があった。
両手に飲み物を持っている。
「紅茶とレモネード。どっちがいい?」
ユウは二つの容器を見た。
「おすすめは?」
「最初の一杯くらい、自分で選んでよ」
ユウはレモネードを取った。
甘かった。
少し酸っぱかった。
ひなたの紅茶へ目を向けると、彼女が笑った。
「交換してみる?」
「いいの?」
「選んだら一生変更禁止ってわけじゃないんだから」
取り替えた紅茶は苦かった。
ユウが顔をしかめると、ひなたは声を上げて笑った。
廊下では、ほかの学生も話していた。
ユウはひなたの方を見たままだった。
「戻していい?」
「もちろん」
ひなたはレモネードを返した。
ユウは、さっきより少し長く口に含んでから飲んだ。




