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君を四文字で呼ばない  作者: 週休七日
第二部 観察されていたのは誰か

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署名した人

 九日目、旧資料室が閉鎖された。


《資料点検のため、当面の間、利用を停止します》


 共有フォルダも管理審査中になった。

 しずくが借りた冊子には、返却要請が届いた。


 ゆらは自治会室へ来るなり聞いた。


「誰か話したか?」


 玲奈が鞄から封筒を出した。


「私が話したわ」

「何を話しやがった」

「資料の欠落と、公開記録の不整合。私たちが調べていることもね」

「なんでそんなことをしたんだ」

「正規の相談で確かめられると思ったのよ」

「だったら先に言えよ!」


 玲奈は少し黙ってからいった。


「審査が近いから、先に私から説明しておきたかったの」


「……自分の評価のためか?」


「それだけじゃないわ」


「じゃあ、何?」


 玲奈はすぐに答えなかった。


 ゆらが一歩近づいた。


「あんたのこと、そういう奴だと思ってなかった」


 玲奈の指が止まった。


「……ごめんなさい」


「謝ってほしいんじゃない」


 ゆらはそこで言葉を切った。


「いや、違う。謝ってほしいんだけど……」


 続きを探すように口を開いたが、声は出なかった。


 しずくが、抱えていた本を机へ置いた。


「私の名前も、相談しないで出したんだね」


「ええ出したわ」


「……そっか」


 しずくは本から手を離した。


 ひなたは椅子に座ったまま、玲奈を見ていた。


「玲奈。私たちが困るかもしれないって、分かってた?」


「分かってた」


「それでも?」


「……自分の判断が正しいと思いたかったの」


 ゆらが顔を背けた。


「そういうの、いつもは私が怒られる側なのにね」


 誰も笑わなかった。


 ユウの端末が振動した。


《共同活動の評価確認》


 ユウは画面を閉じた。


「玲奈。何を出したか、見せて」


「……分かった」


 玲奈が提出書類を開いた。

 四人の名前。調べた資料。自分の署名。

 相談担当の説明も付いていた。


《自主報告したこと自体を理由とする不利益な扱いは行いません》


 その下には、別の文章があった。


《報告によって確認された行動は、通常の評価対象となります》


「ここ、見てなかった?」


 ユウが聞いた。


「見てた」

「じゃあ、なんで」

「大丈夫だと思いたかった」


 玲奈の声が弱々しかった。

 ゆらは顔を背けた。


「私、今、間に入れない」


 ひなたが言った。


「三十分だけ、一人にして」


 ひなたは息を吐いて、部屋を出ていった。

 ユウは扉を見たが、追わなかった。


 しずくが書類へ目を戻した。


「今、大丈夫って言えない。でも、次に何を出すかは、一緒に見る」

「分かった」

「勝手に代表しないで」

「しない」


 玲奈は、開示請求の書類を一人ずつへ渡した。

 それぞれが読み、それぞれが自分の内容を選んだ。

 ひなたが戻ってからは、彼女にも同じように確かめた。


 ユウだけ、署名者登録のところで先へ進めなかった。

 玲奈が照会を出したが、その場では返事が来なかった。


 夜、玲奈は母へ電話した。

 ユウには、隣にいてほしいと言った。

 彼は、画面には入らない椅子へ座った。


「審査へ影響が出るかもしれない」


 玲奈の説明が終わるまで、母親の声はしなかった。

 やがて、通話の向こうで言った。


「じゃあ、住むところのことも一緒に考えようか」

「そんなに簡単に言わないでよ。すぐ見つかるわけじゃ――」

「すぐ見つかるとは言ってない」


 玲奈が黙った。


「玲奈ちゃん、一人で決めなくていいのよ」


 通話が終わっても、玲奈は端末を伏せなかった。


 少しして、母からメッセージが届いた。


《それで、今日はちゃんと食べた?》


 玲奈は画面を見つめた。


 住む場所の心配ばかりして、昼食を取っていなかったことを思い出した。


《今日は、まだ》


 そう返すと、今度はひなたから通知が届いた。


《パン、いる?》


 ユウが立つと、椅子の脚が小さく鳴った。


「さっきも、その音した」


「電話の途中だったか? ごめん、動かない方がよかった?」


「ううん。私、ずっと母の顔を見てたから」


 玲奈は、ユウが座っていた椅子に目をやった。


「あの音がして、あ、まだいてくれるんだって。ちょっとほっとした」


「……そっか」


「うん。いてくれて、ありがとう」


 玲奈はしばらく画面を見ていた。


《いる》

 送信してから、椅子の背にもたれた。

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