第4話 源頼光 / THE GUARDIAN
[ LOST KEY : 01 ]
[ GUARDIAN CANDIDATE ]
冷徹な青い光を放つディスプレイの文字を、KAITOは幾度も瞬きをして見返した。
MINAMOTO NO YORIMITSU。
源頼光。
名前は知っている。
いや――正確に言えば、歴史のデータベースに刻まれた「記録」として知るのみだ。
平安の都を生き、後世では無数の鬼を葬った武門の英雄。
後世の人間が神格化し、数え切れないほどの物語に塗り重ねたことで、史実と伝説の境界すら溶け落ちた人物。
その男が。
今、この炎に焼かれる平安京の闇のどこかに息づいている。
そして、KAITOの端末は、その人物を――
『LOST KEY』の「守護者候補(GUARDIAN CANDIDATE)」と判定していた。
「頼光って……源頼光のことか?」
並み足で進む綱の背中に問いかける。
「ああ」
「あの、鬼退治で有名な……?」
綱が一瞬だけ、冷徹な視線をKAITOに返す。
「有名、だと?」
「いや……俺たちの生きる千年以上先の世界じゃ、そういう記録になってるんだよ」
「千年後か」
綱はそれ以上、詮索しなかった。
この男は異常だ。
何者にも揺らがない。
未来から迷い込んだ人間。
二十三世紀の超高度テクノロジー。
そして、自分と全く同じ個体情報を持つ「もう一人のKAITO」の存在。
常人であれば、どれか一つだけでも理解を拒絶するはずの異常事態だ。
だが、綱は動じない。
まるで――最初から、こうなることが決まっていたかのように。
二人は燃え盛る大路を抜けた。
崩れ落ちた格子戸。
力なく横たわる衛兵の亡骸。
遥か遠くの闇から響き渡る、人間のものではない獣の咆哮。
冷たい夜の雨は、いつしか激しさを増し、血の匂いを洗い流そうとしていた。
やがて。
一際巨大な、威容を誇る屋敷の前で綱が足を止めた。
周囲の区画が次々と業火に呑まれているというのに、その一角だけは、異様なほどの秩序と厳戒の気配を保っている。
門を固めるのは、重装備の武者たち。
弓を引き絞り、抜き身の刀を構え、長槍を突き立てる男たちの視線は、すべて炎ではなく――その先にある「漆黒の闇」に向けられていた。
綱が歩み寄る。
それだけで、武装した兵たちは一斉に道を開けた。
誰も名を問わない。
この男がこの場所でどれほど絶対的な信頼を背負っているか、それだけで証明されていた。
KAITOもまた、その背を追うように門をくぐる。
屋敷の内側は、外の地獄絵図が嘘のように静まり返っていた。
だが、それは平和の静けさではない。
研ぎ澄まれた刃が何本もすれ違うような、張り詰めた殺気が廊下を支配している。
皆、同じ方向へ向かっていた。
戦場へ。
「ここは?」
「頼光様の御屋敷だ」
「こんな場所に、人が残っているのか」
「今夜は、ここが京の――いや、この世界の防壁になる」
綱が奥の広間へと通じる襖の前に立つ。
重々しい襖が、静かに開いた。
その瞬間。
KAITOの肺腑を衝くように、部屋の空気が変わった。
広間の中央。
一人の男が、ただ静かに座っていた。
年齢は、KAITOが想像していたよりも遥かに若い。
だが、その「目」が違った。
無数の修羅場を抜け、何百という人間の死を見届けてきた者にしか宿らない、底知れぬ静謐と狂気が同居する眼光。
黒と深紅の気高い装束。
その下には、いつでも死線を越えるための実戦用の鎧が覗いている。
声を荒らげているわけでもなく、武器を誇示しているわけでもない。
それでも――
その広間にいるすべての人間、すべての空気が、その男を中心に回っていることだけは一目で分かった。
渡辺綱が、淀みなく片膝をつく。
「――頼光様」
男が、ゆっくりと顔を上げた。
その冷徹な視線が、まっすぐにKAITOをとらえる。
KAITOのこめかみの端末が、けたたましく脈打った。
[ IDENTITY CONFIRMED ]
[ MINAMOTO NO YORIMITSU ]
[ TEMPORAL RECORD MATCH : 97.8% ]
息が詰まる。
KAITOの視界の隅に、データベースから引き出された追加記録が弾き出された。
[ MINAMOTO NO YORIMITSU ]
[ COURT NOBLE / WARRIOR ]
[ PROVINCIAL GOVERNOR ]
[ SEIWA GENJI ]
KAITOは表示を追った。
記録のなかの頼光は、ただ刀を振るうだけの蛮勇の武者ではない。
京の権力の中心で生き、
諸国を治める政治力を持ち、
莫大な富を動かし、
何千という人間を組織し従える「武門の貴族」。
後世の人間が祭り上げた「鬼を斬る英雄」という偶像は、その男が持つ無数の顔の一つに過ぎない。
だが――。
目の前に座る男は、史実と伝説、その両方の怪物性を同時に生きたまま纏っていた。
源頼光。
生きた神話が、今、目の前にいる。
頼光は、KAITOを値踏みするようにじっと見つめていた。
驚愕の色はない。
警戒の身構えもない。
ただ、すべてを計算に入れた上で、目の前の事象を確認している。
まるで――
「現れるはずの人間が、本当にやって来たか」を確かめるように。
やがて、その唇が動いた。
「遅かったな」
KAITOの眉がピクリと跳ねる。
「……何がだ」
「待っていた」
「俺を……か?」
「ああ」
KAITOはすぐ傍らに立つ綱を見る。
だが、綱は彫像のように沈黙を貫いた。
「どうして俺の顔を知っている」
頼光は答えず、KAITOの左こめかみの端末に視線を落とした。
二十三世紀の、未来の遺物。
だが、その未知の機械を前にしても、頼光の瞳の色は微塵も揺らがなかった。
「それも、聞いていた通りだ」
KAITOの背筋に、冷たい氷水をぶっかけられたような悪寒が走った。
まただ。
綱の時と同じだ。
「……誰から聞いた」
頼光は静かに、しかし鮮烈に告げた。
「お前からだ」
KAITOの思考回路が、一瞬で焼き切れた。
「……俺が?」
その時。
端末が、これまでで最大の振動を起こした。
[ MATCHING HUMAN SIGNATURE ]
[ IDENTITY : KAITO ]
[ DISTANCE : 3.1 km ]
――近づいている。
さっきは3.9キロだった。
わずか数分で、さらに八百メートルも距離が縮まっている。
KAITOは頼光を鋭く睨みつけた。
「もう一人の俺を知っているのか」
「ああ」
「会ったのか?」
「ああ」
「いつだ……ッ!」
頼光は、わずかに間を置いた。
「お前が、この京へ落ちてくる前だ」
KAITOは立ち尽くした。
未来から過去へ墜落したはずの自分よりも先に。
もう一人の「KAITO」が、この過去の時代に存在していたというのか。
「何を話した」
「答えない」
「そいつは……いったい何者なんだッ!」
広間に重い沈黙が落ちる。
「未来の俺なのか……?」
頼光の目が、わずかに、冷たく細められた。
「それを決めるのは、私ではない」
苛立ちが爆発寸前までせり上がる。
「じゃあ、誰なんだよ……!」
「――お前だ」
短く、重い言葉が広間に響いた。
その瞬間。
広間の闇から、別の気配が割って入った。
「頼光様」
KAITOが弾かれたように振り返る。
そこには、三人の男が立っていた。
綱に劣らぬ、いや、それ以上に禍々しいまでの戦気を纏った者たち。
一人は常軌を逸した巨躯。
腕の太さだけでも、KAITOの胴回りほどありそうだ。
もう一人は痩身で、感情の読めない冷たい瞳をしている。
そして最後の一人は、ギラギラとした鋭い目で、まるで獲物を品定めするようにKAITOを観察していた。
綱が、その三人の並びに静かに加わる。
四人。
KAITOの端末が、彼らを個体として認識し、次々と名前を浮かび上がらせた。
[ WATANABE NO TSUNA ]
[ SAKATA NO KINTOKI ]
[ USUI SADAMITSU ]
[ URABE NO SUETAKE ]
KAITOの瞳孔が開き切る。
「……四天王」
頼光の視線が、再びKAITOへ戻る。
「未来の世にも、私たちの名が残っているか」
「ああ……」
「ならば、話は早い」
頼光が、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間――部屋の空気が、殺戮のそれに変わった。
綱。
金時。
貞光。
季武。
後世に「頼光四天王」と謳われる修羅たちが、全員、同時に「戦う者の目」になった。
頼光が広間の奥へ歩みを進める。
そこに広げられていたのは、平安京の全域を記した古い絵図だった。
地図の上には、不気味な黒い石がいくつも置かれている。
それは、鬼たちの出現地点を示していた。
KAITOは直感的に理解する。
「これ……増えているのか?」
「ああ」
頼光が低い声で頷く。
「今夜だけで、出現数は三倍に膨れ上がった」
「理由は?」
「わからん」
綱が吐き捨てるように言った。
「だが、奴らはただ暴れているのではない。何かを……探している」
KAITOの胸中で、嫌な予感が激しく波打つ。
「何を……探しているんだ」
頼光は、地図の北西の一点を、太い指で押し潰すように指し示した。
その瞬間。
KAITOの端末が、その場所と完全に同期して激しく鳴り響いた。
[ LOST KEY SIGNAL DETECTED ]
呼吸が止まる。
追撃するように、新しいログが視界を埋め尽くした。
[ SIGNAL STRENGTH : INCREASING ]
[ HUMAN SIGNATURE OVERLAP ]
そして――。
[ IDENTITY : KAITO ]
「……嘘だろ」
『LOST KEY』の反応点。
そして、もう一人の「KAITO」。
その二つのシグネチャが――
全く同じ場所へ向かっている。
頼光が、冷徹に言い放った。
「お前と同じ顔をした男は、三日前にここへ現れた」
「三日前……?」
KAITOは思わず声を荒らげた。
「俺がこの時代に落ちてきたのは、今日だぞ……!」
「ああ」
「じゃあ……あの野郎は一体……?」
時間軸が狂っている。
これは単純な過去へのタイムトラベルなどではない。
TIME GATEは。
時間そのものを――
その「順序」ごと、粉々に破壊して再構築している。
頼光が続けた。
「その男は、私に一つだけ頼み事をしていった」
「何を……頼んだ」
頼光は、逃げ場のない眼差しでKAITOを捉えた。
「――お前が現れたら、こう伝えろと」
轟音。
突如として、屋敷の真上で空気が爆ぜた。
屋敷全体が、根底から大きく揺らぐ。
衛兵たちの叫びが、夜の雨を切り裂いた。
「鬼だ……ッ!」
「北門が突破された!」
「数が多い、防ぎきれん……!」
四天王が一斉に動いた。
綱が愛刀を抜き放ち、金時が規格外の巨腕で異形の武器を掴む。
貞光と季武もすでに臨戦態勢に入っていた。
だが、頼光だけは、KAITOから一瞬たりとも目を逸らさなかった。
「何を……頼まれたんだよ!」
KAITOが叫ぶ。
頼光は、静かに、しかし絶対的な冷酷さを持って告げた。
「――まだ、お前には言うな、とな」
「ふざけるな……ッ!」
その瞬間。
KAITOの左こめかみの端末が、これまでにないほどの激痛を伴う光を放った。
[ WARNING ]
[ MATCHING SIGNATURE DETECTED ]
[ DISTANCE : 2.4 km ]
――近すぎる。
距離が、急速にゼロへ収束していく。
その警告の下に、あり得ない数値がポップアップした。
[ LOST KEY : 01 ]
[ ACTIVATION SEQUENCE : 12% ]
KAITOは、網膜に焼き付くような文字を凝視した。
「起動シーケンス……? 一体何が――」
頼光が、初めて鞘から愛刀を引き抜いた。
その切先が、燃え盛る平安京の北の闇を指し示す。
「来たぞ」
「何が来たんだ……っ!」
頼光は、狂気と神威の入り混じった瞳で、闇の彼方を見据えた。
「もう一人のお前だ」
――第4話 END
次話
第5話 もう一人のKAITO / THE OTHER KAITO
THE GATE IS OPEN.
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